第22話 魔王オスクリータ
会議室の奥に鎮座するオスクリータの視線に晒されながら、俺は言葉を探した。
勢いで割って入ったから、どうやって事情を説明するかなんて考えてない。
とにかくまずは、エルガノフを責めるのをやめさせなければ。
「勇者は単独で倒せるような相手じゃない。任務を果たすには共闘が必要だと俺たち全員で判断した。エルガノフを責めるのは筋違いだ」
「ふむ。ではおぬしに聞こう。勇者のなにがそこまで脅威なのじゃ?言うてみよ」
オスクリータの素早い切り返しに思わず、たじろいでしまう。
だが、質問への答えはすぐ頭に浮かんだ。
あいつがなぜ脅威なのか。それを一言で表すなら。
「『殺意』だ」
「……理解できぬな。殺し合いに殺意はつきものじゃろう。おぬしたちとて持っているものではないか」
「いや。アスレイの殺意は俺たちのものとは明らかに違う」
「ほう?」
「勇者には、『刺し違えてでも俺たちを殺す』意志がある」
一体なぜアスレイが自分の命すら投げうつような戦い方をするのかまでは分からない。
だが、いつも感じていたあの底知れぬ殺意こそが、勇者の異常な強さの根源だという直感があった。
「1人ではあいつの捨て身の戦法には対処できないだろう。俺たち四天王が力を合わせないと勝てない。それだけ危険な相手なんだ」
オスクリータは熱弁する俺の言葉を黙って聞いていた。
ところが、俺が話し終わっても彼女はすぐに口を開かない。
沈黙が俺の身体に重くのしかかる。
たっぷりと間を置いて、オスクリータは溜息交じりに呟いた。
「嘆かわしい」
「なっ?」
「おぬしはその程度の理由で他者の力を頼みにする男だったのか?」
オスクリータの視線が、先ほどよりも冷たさを増したように感じる。
「他の四天王たちをも敵視し、蹴落とさんとする孤高の戦士。おぬしのことはそう評価していたのじゃがな」
「っ……!」
後先考えず思った事ばかり口にしていた俺は、ゼランの言動を模倣するのをすっかり忘れていた。
ヤバイ。
オスクリータに不審がられてしまっては、エルガノフを庇うどころじゃなくなってしまう。
「力を合わせなければ勝てないじゃと?浅はかな。共闘など、おぬしたちの長所を潰す愚行ではないか」
さらに彼女はツッコミを続ける。
「エルガノフの範囲攻撃は味方を巻き込む。ベロニカも真の姿で
聞きながら、俺は頭を抱えそうになる。
オスクリータの言っていることは全部正しい。
「敵の強さに怖気づいて判断を誤るでない。まずは己の力でどう勝つかを考えよ。闘将と呼ばれるおぬしじゃ。理解できぬわけではあるまい?」
このままではオスクリータの言葉に流されて、四天王の共闘ができなくなってしまう。
「まあ、反論したければするがよい。一度ならば聞こう」
魔王はなにも言えずにいる俺を見据えて、喋るよう促した。
ここでオスクリータを納得させる返答ができないと本格的にまずい。
俺はかつてないほど頭脳をフル稼働させた。
ゼランの思考に基づいた論理を必死で組み立てる。
オスクリータは俺の眼を真っすぐ見ている。
俺はゼランになりきり、彼女を睨みつけながら声を張り上げた。
「俺は意見を変えるつもりはない。勇者にはタイマンじゃ勝てない。たとえ魔界のトップであるあんたの力でもな!」
「ゼ、ゼラン……、なに言ってるのよっ」
ベロニカが小声で俺を咎めるように言った。
ベロニカをはじめ、固唾を飲んで見守っていた3人は動揺を隠せていない。
魔王に喧嘩を売ったも同然な俺のセリフを聞いて、戦慄している。
「……おぬし、わらわが勇者と戦えば負けると思っておるのか?」
魔王は俺を威圧するように問いかけてきた。
瞬く間に室内が緊張感で張りつめる。
ビビるな俺!
堂々と言ってやるんだ。
「ああ。最悪のシナリオはこうだ。俺たちが個人戦を挑んで全滅し、勇者は伝説の装備をすべて揃える。万全の状態になった勇者には、いくらあんたでも勝ち目はないだろう」
オスクリータは俺の言葉を真剣に聞いている。
俺は彼女の顔から眼を逸らさず、訴えるように言葉を続ける。
「だが、今ならまだ間に合う。俺たち四天王全員が力を合わせれば、倒せる」
すると、オスクリータは微かに笑みを浮かべた。
「面白いことを言う。しかし、さっきも言ったが共闘してはおぬしたちの本領は発揮できぬ。ただの付け焼刃が役に立つとは思えんな」
「想像で語るなんてあんたらしくもない。俺たちは共闘で確実に以前より力をつけてる。勇者と戦って生き延びているのが証拠だ」
オスクリータは無言で品定めするかのように俺の顔を見ている。
もう一押しだ。
このまま無理を通して、共闘することを認めさせてやる。
「次こそは俺たち全員で勇者を始末する。絶対に」
「……。おぬし、本当にゼランなのか?」
突然痛いところをつかれてギョッとする。
まさか、俺の正体がバレた?
うっかり否定の言葉が出そうになるのをグッと堪える。
ここは迂闊に喋らない方がいい。
俺は黙ってオスクリータの言葉を待った。
「わらわの知るゼランは、己が死ぬことになっても孤軍奮闘することを諦めない。戦いにおいてはひたすらに愚直で誇り高い男だと思っていたのじゃがな」
オスクリータはそう言って、首を傾げた。
ゼランに対する解像度が高いからか、彼女は俺の発言の不自然さにしっかり気づいている。
だが、さっきまでの発言を撤回などできない。
慎重にゼランっぽい返答を考え出して、俺は言葉を返す。
「誤解しないで欲しいな。俺だって勝つためなら頭ぐらい使う。無駄死なんかしたくないからな」
すると、オスクリータの表情がふっと柔らかくなった。
「そうか。まあよい。実に愉快な演説じゃった」
「え?」
つい変な声が出てしまった。
オスクリータは薄く微笑んで、俺の顔をまじまじと見た。
「勇者がいずれわらわをも殺し得る力を手に入れる。確かに避けねばならぬ事態じゃ。ゆえに、どんな手を使ってでも勇者を倒すと言うか。よい心意気じゃな」
オスクリータは立ち上がって俺たち全員の顔を見回した。
「よかろう。おぬしたちが結束により強くなったというのならその力、見事勇者を討ち取り示して見せよ」
一瞬、なにが起きたのか分からずポカンとしてしまった。
だが、魔王の言葉の意味を理解して、俺はすぐさま立ち上がった。
「はっ!承知致しました」
エルガノフが四天王を代表して返答した。
俺たちは一斉に胸へと手を当て、
「うむ。手段にはもう口出しせぬ。自由にやるがよい」
オスクリータは俺の方を見ながらそう言うと、満足げな微笑を浮かべて会議室の扉へと向かった。
「よい報告を待っておるぞ。ではな」
最後に一言残して、魔王は颯爽と部屋を出て行った。
付き人の吸血鬼が一礼して扉を閉め、室内に静寂が訪れる。
終わった、のか。
身体から力が抜け、俺はがっくりと席に腰を下ろした。
他の3人も同様に疲れ切った様子で席に座った。
「ゼランよ。正直、助かった。あのままでは共闘が認められなかったかもしれぬ。感謝する」
口を開いたのはエルガノフだった。
「礼はいらねえよ。俺は言いたいことを言っただけだ」
「でも、聞いてて冷や冷やしたわよ。なんとかなったから良かったけど……」
「本当に、よく説得できたよね。大したものだよ」
ベロニカとソウマも口々に思いを吐露した。
「とにかく、オスクリータ様の許可も下りた。これで心置きなく、作戦を実行できる。では、話の続きだ」
「そういえば、秘策の話がまだ途中だったね」
エルガノフが会議を仕切り直し、ソウマが思い出したように呟いた。
「たしか、強くなる方法を聞こうとしてたんだったな」
議論が白熱しすぎて、すっかり失念していた。
「忘れてたわ。早く教えなさいよ!」
ベロニカが俺と同じ感想を述べながら、興味津々と言った感じでエルガノフに催促する。
「そう急くな。まずはこれを見るのだ」
エルガノフはベロニカを制しながら、円卓の上に資料を広げた。
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