第41話 現在地

 実況。

『さぁ決勝進出をかけた大一番。絶対王者、更科さらしな学園。対するは唯一ここまで勝ち残った公立高校、仲島翔率いる港工学高等学校。前半3点のビハインドを背負っての後半開始となりました。港工学どう攻める。更科学園のさらなる追加点はあるのか目が離せません――』


『2年前、14年間遠ざかっていた全国への切符を手にしたのは、当時3年のキャプテン率いる伏見でした。惜しくもベスト16で敗退しましたが、その時、伏見選手は言いました――このチームは仲島のチームです。インターハイ地区大会で、敗退し引退を決意した彼を選手権に呼び戻したのは、名門壮佐そうさ学園との練習試合で見せた仲島選手のハットトリックだったそうです。伏見は続けます。彼は恩人だと。仲島は僕の恩人ですと。引退し大学から声が掛からず、支えてくれた家族に恩返ししたいと就職に舵を切ろうとしていた伏見。スパイクを脱ごうとしたストライカー。今では『U-アンダー24』不動のストライカーに成長しています。成長した伏見はこの風景をどこでどう見てるのでしょう』


『後半20分を回りました。再三に渡り港工学が更科さらしな陣内じんないおびやかしますが、更科の守りは硬い。手元の資料では公式戦、更科学園はこの3年間なんと無失点。この硬い守りを港工学は破れるのか』


 後半30分。

『守りを固めていた更科学園のカウンター攻撃。前掛かりになっていた港工学の守備陣。更科俊足しゅんそくフォワード足利に追いつけない! 今日2点をあげてる足利、名手、港工学鬼束と一対一の場面‼ しのいだ! 名手鬼束汚名おめい挽回ばんかいとまでに、完全に一対一の場面でしっかりボールをキャッチ! 港工学にとどめを刺す一撃を防ぎ切りました‼ いや、ここからか! ここから鬼束、間髪かんぱつ入れず、前線にロングフィード! その先には!――仲島! 仲島が飛び出した! オフサイドは……ない! 更科ディフェンスが残った! 仲島と鬼束は中学の先輩後輩。仲島は1年生の時、小柄でCチームのひかえに甘んじていた時期に、この後輩鬼束に相談したそうです。その後輩からの絶妙な超ロングフィードを――しっかり収めた‼ 仲島、柔らかいトラップでディフェンスを置き去りにした――いやさすが更科学園、仲島に食い下がる。しかし仲島果敢かかんにペナルティーエリアに侵入! 利き足の右を振り切れるか――左!? 仲島、ここで利き足じゃない左! 逆を突かれた更科キーパー、反応できない‼ ふわりと浮かしたような軌道のボールが、ゴールネットを揺らす! ゴール‼ ゴールです‼ 港工学、ここにきてようやく執念で1点もぎ取りました! さすが公立高校の星! 素晴らしい! ワンチャンスをものにした港工学。3年間続いた更科学園のクリーンシートに土をつけました! さすが、絶対的エース仲島! やってくれます! しかし驚きました。キーパー鬼束からのパス一本、堅守けんしゅほこる更科学園からゴールを奪いました。まだまだ分かりません、港工学は誰も下を向いていない!』


『1点返したものの、以前2点を追う展開。時間は容赦ようしゃなく流れます。時間は――後半35分を回り、残り後わずか。更科学園無理に攻めません。自陣でボールを回します。常勝軍団と呼ばれる更科学園ですが、仲島を中心とした攻撃陣の激しいプレスに足が残っていません。更科学園には珍しく、足をつる選手が続出してます。しかし、この時間で2点差、非常に厳しくなってきました。しかし港工学。前線からのプレスをやめません。まだ諦めてません。嫌がったディフェンス。一度ボールをキーパーに戻す――ん? これは中途半端! 中途半端な形でのバックパス! インターセプトしたのは、港工学3年フォワード三浦! キーパーと一対一の場面! 大きく足を振り抜く――えっ! 打たない! 三浦打たない! いや、ここでヒールパス? そこに走り込んだ仲島! 頭から突っ込む! ゴール! ゴール! なんという泥臭い、なんと泥臭いプレイ! しかし、それが美しい‼ ひたむきなゴール! 三浦選手、あの場面完全に打てたでしょう。しかし、確実にキーパーを引き出してから、仲島選手に全てをたくした! 素晴らしいゴールです! 仲島との信頼関係がなければ、決して生まれることはなかったゴールです‼』


『タイムアップ! 港工学、あと一歩、あと一歩届きません! 降りしきる雨の中港工学――この国立の地に確かな爪痕つめあとを残しました。赤のユニホーム、港工学8番仲島翔。今年は怪我に悩まされる時期もありました。しかし――しっかりと仕上げてきました。国立は君を忘れない、必ずいつかきっと君はこの地に帰ってくる、その日まで。全てを出し尽くした港工学。うずくまる選手に仲島キャプテン声をかけて回ります。よくやりました。港工学。堅守を誇る更科学園から2ゴール。公立高校期待の星と呼ばれた名前は決して、決して伊達ではなかった! ありがとう、港工学。君たちの夢はまだ終わらない!』


 仲島翔は、降りやむ予感すらしない国立競技場の曇天の空をいつまでも見上げていた。その胸中にはどのような思いがあるのだろうか。もしかしたら翔本人ですらわからないのかも知れない。ただ、雨が降り続いていた。













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