第11話 枇々木俊樹目線 試合後

 枇々木ひびき俊樹目線


「お疲れさま。1点決めたね」

 体育館脇の手洗い場。

 顔を洗ってると声をかけられた。聞き覚えのある声。

 濡れた視界のすみから見えたのは石澤いしざわさん。石澤凪沙なぎささんだった。

 ベリーショートの髪を傾け、こぼれんばかりの笑顔を浮かべてくれる。僕は曖昧あいまいな返事をした。その声が引っ掛かったのだろう。


「ごめん。きのうの今日で空気読めないよね。彼女さん来てるのに、また怒られちゃうね。顔れてるけど大丈夫かなぁって、心配でつい……」


 この顔は幼馴染で彼女の佳世奈かよなに、きのう膝蹴ひざげりを入れられた。

 護身ごしん目的で始めたはずの空手。

 見た目によらず、相当な腕前のようだ。これは仕方ない。彼女の唯一無二の親友の瀬戸せと悠子ゆうこに対して、僕は行き過ぎた言動を取ったから。

 瀬戸とも小学校から一緒で、昔からなんか合わない。


 ただ、石澤さんに曖昧な返事をしたのは、佳世奈や瀬戸の顔色を見たからじゃない。

 昨日のことも瀬戸に言い過ぎたとは思うが、それはお互い様。反省なんてしてない。かけるの、親友の仲島翔の置かれている状況に、少なからずショックを受けたからだ。

 あんな孤立した翔を見たのは初めてだった。


 試合は僕が1点を決めたけど大量失点で負けた。

 もう何点取られたかわからないくらいだ。こっちは全学年で、向こうはうまい1年が抜けたCチーム。まるで勝負にすらならない。

 港工みなこーからしたら、練習にもならないんじゃないだろうかってくらいだ。


 港工の試合終わりの反省会の輪。

 聞こえてくるのは、翔に対する監督の叱責の言葉。アレだけ攻撃に選手を割かないで、フォワードの翔にどうしろって言うんだ? 

 相方のフォワードなんて、パスも出さずに潰されてばかりだけど、そこにはまったく触れない。


 何か言ってやろうかと我慢してるところに瀬戸が「頭冷やしてきて」と言う。

 普段なら反発するものの、瀬戸の目の淵に浮かんだ涙に、言葉を飲み込んだ。悔しいのは僕だけじゃない。

 その感情のまま、石澤さんに声を掛けられたから、言葉がうまく見つけられなかった。


 黙ってるのも何だし、きのうのことで反省した感も出したくない。だからって言葉を探せないけど、ポツリポツリ言葉を並べてみた。


「中学の時の親友がいて」

「うん」

「相手チーム港工みなこーで出てた」

「そうなんだ。何番?」

「85」

「85ってゴール決めてたのに、めっちゃ怒られてた子だよね。ちっちゃくて真っ黒に日焼けしたー」


「そう。あんな言われ方されないといけないヤツじゃない。中学の時よりうまくなってたし、速くなってた」


「そうなんだね。だからか」

「だから?」

「いや、枇々木ひびき君、なんか怒ってるみたいだったから、昨日のことなら謝りたいって」

「昨日のことなら……別にって感じ」


「別になんだ。ふぅ〜ん。じゃあ『85』の彼がかける君って子なんだ」

 昨日瀬戸との喧嘩の時翔の名前が出た。それにしてもよく覚えている。


「私は翔君って子のこと知らないけど『85』のこと知ってて話すなら――」

「うん」

「期待されてると思うよ、たぶん格段に」


「あんなに言われて? 悪い冗談だ」

「冗談じゃないよ、私もね、よく怒られるの『お前はデブだから飛べないんだ』って(笑)」


「それって……」

「時代的にはアウト(笑)でもウチもさぁ」

「うん」

「強豪? 古豪って言うのかなぁ。強いの。だから言葉も選んでくれない。どこの学校もってわけじゃないけど。ただ――」


「ただ?」

「まぁ、ウチの監督は最後に『期待してるから、ここまで言ってんだ』って言ってくれる」

だまされてない?」

「あるいは(笑)でもね、こんなしんどいこと、騙されないと続けられないよ、私はだけど(笑)」


 石澤さんの笑顔は、本心からそう思っているように見えた。

 だけど、考えた。

 彼女にはそうやってアメとムチというか、上手にフォローしてくれる監督がいる。それだけでも、頑張れるもんだ。でも翔の場合は怒られっぱなし。


 この差は小さくない。

 うちのサッカー部は強豪でもなければ練習もゆるい。僕が心配しても、この感情は本当の意味では翔には届かないし、今のこの感情も、もしかしたら表面的な物かも知れない。


 石澤さんと話せて少し冷静になれた。

 これは翔が選んだ道で、望んだことなんだ。傍からやいのやいの言っても、翔の感情にうことなんて出来ないだけじゃなく、雑音になってしまう。

 そっと見守るのも、親友の仕事かも知れない。そんな事考えながら、ふと気付く。


「石澤さんはいいの、こんなにしゃべってて。監督に怒られない? だからデブは! とか(笑)」

「デブ〜〜!?(笑) いきなりデブイジりですか(笑)豊満と呼んでほしい! あと、石澤でいいよ」

 豊満。確かに胸がその……おっきい。太ももも立派だ。すると僕の視線にすぐに気付いたらしい。


「そんな目で見てたら、彼女さんにヒザ蹴りされるよ? あっとね、ウチも今日は練習試合で、今は自主練。ちなみにランニングを絶賛サボり中(笑)」


 僕は会話が途切れたことを境にチームに戻った。

 翔と少し話す機会があった。話せばいつもの翔だった。よく笑うし冗談も言う。駅前で出会った中学の時のクラスメイトの話で盛り上がったり、またクレーンゲームに行こうと約束した。


 翔はクレーンゲームが好きだ。

 下手くそだけど、捕れなくて悔しがる翔が僕らの仲間内で愛されていた。大丈夫、きっと今の環境でも、翔のよさに気づいてくれる仲間が出来る。翔の笑顔に僕は変な安心感と信頼感で満たされた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る