74 懐かしみ失言


「ああぁぁあああぁ……」


 客観的に見てもかなり情けない声をあげながらソファーに体を埋めていく。


 ここ最近はどう考えてもおかしかった。



 そんな生活も一旦は一区切りがつくと思っていたのだが、そんなことはなく今日も今日とて明らかにやばいタイプの人に絡まれた。



 昔だってこのくらいの、というかこれ以上の異常事態が連続することだって珍しくなかったが、あの時はそのほとんどが帆鳥ほとり先輩と一緒にいた。


 それに比べて最近は俺一人で動いている時に起こるせいで、そのすべてを俺が処理しなければいけないせいもあると思う。



 いや、別にいいんだよ。

 俺が単独行動できているという事はそれだけ俺の能力が上がって信用されているという証拠なわけだし、別に文句を言う気はない。

 その分帆鳥先輩にかかる負担が減っているのはいいことだ。


 ただ、どうしても昔からの慣れというものは恐ろしく、帆鳥先輩がいない状況で対処しなければいけないというだけ五倍くらいしんどく感じてしまう。


 実際にかかる労力が五倍になってるとかの話ではなく――いや、なってるかもしれないが、それ以上になにより精神的な安定感が足りてないのだ。



 つまるところ、帆鳥先輩が足りない……



「お疲れのようですね。白斗はくとさん」


 そんな風にソファーにうずもれる俺に後ろからいたわるような声をかけてきたのは、色々な事の管理を任せている頼れる大人な鵜飼うかいさんだ。


「いや、聞いてくださいよ……

 今日協会のロビーに出た瞬間に弟子にしてくれって人が出てきて……それも理由が俺のことが好きだから、とかなかなかぶっ飛んでると思いません?」


「ハッハッハ、やはりモテられるんですねぇ。

 男としてはうれしいことじゃないですか」


 そう言いながら鵜飼さんは目の前のローテーブルに何かを置く。


 この香りはハーブティーか何かだろう。

 多分心労に効くとかそういう系のやつだ。

 

 何も言っていないが察して出してくれたのだろう。本当に気が利く人である。


 ソファーから身体を起こしてカップを手に取る。


「いや、あれはそういうのじゃないですよ。

 いつものよくいる様な子なら別に構わないんですが……あれはやばいですね」


 カップに口をつけ香りを楽しみながら今日会ったあの女性——シロの事を思い出す。



 自分で言うのもなんだが、『伏野白斗』という存在はモテる。


 いや、モテるというよりも男女問わず高い人気を誇る。


 だからこそ、ああいった突然の告白のようなことも受けた経験はあったが……シロは別だ。



 色々な意味で一般的な人間ではない。


 何より彼女と話していた時にふと感じたあの違和感が気になる。



 そんな思考の海に浸かって記憶から振り返りを行っていると、横から楽しそうな鵜飼さんの声が聞こえてくる。


「それほど熱烈なアプローチだったんですか?」


 その姿を視界の端に捉えているが、先ほどからウッキウキだ。



 この人、仕事できるし、気配りもできるし、家の中じゃ執事のコスプレまでして完璧になり切ってるけど、素は人の恋路を見て楽しむタイプのおじさんなんだよなぁ……



 そんな姿を晒す鵜飼さんを見ていると少し気が楽になり同時にため息もでる。


「そういう意味じゃないですよ……

 そうじゃなくて……なーんかやばい感じだったんですよ。

 そのへん含めて鵜飼さんに頼もうと思うくらいには変なやつでしたね……」


「ほう……」


 俺の口調からまじめさを感じたのかおちゃらけ出歯亀モードから瞬時に仕事モードの鵜飼さんへと切り替わる。



「名前は白羽透しろはねとおる

 若めの女性で、特徴的なのは白髪と蒼眼。

 巻き込まれ事故とはいえ単独で領外地帯アドバンスド・エリアを攻略できるほどの実力の持ち主。

 普通にそんな実力者なら俺が名前か顔くらい知っててもおかしくないはずなのに見覚えなし。

 そんでもって話をしたときに感じた違和感。これは俺の勘的なものですが……彼女は多分訳アリでしょう。


 この人物についての調査をお願いできますか?」


「かしこまりました」



 鵜飼さんは恭しく頭を下げて了承の意を示すとすぐに立ち去っていく。


 さっそく仕事をしてくれるようでこちらこそ頭を下げたいくらいである。


 それにしても、ホントあの人こういうロールプレイ好きだよなぁ……


 仕事はしっかりこなすし、慣れれば特に支障もないので今ではスルー出来るが、最初のころはだいぶ戸惑ったのを覚えている。



 あの時はまだ俺にできることなんて全然なくて、迷宮へは帆鳥先輩が一人で行って俺と鵜飼さんはそんな先輩をサポートする日々だった。


 その後は俺が英雄の皮を被りメディアへの露出をし始めたあたりで、なぜか鵜飼さんもついでとばかりに執事キャラを始めるようになり、一時は帆鳥先輩のことを『お嬢様』呼びし始め、そして先輩に口を利かれなくなってやめたのだった。



 懐かしい記憶だ。


 別にあの頃の方が良かったというわけでは無い。

 総合的に見ればあの時の方がつらいことが多かった。


 いや、『お嬢様』呼びをされ始めた当初の先輩が恥ずかしがっていた様子だけは明確にあの時の方が良かったと言えるだろう。



 あの時の先輩はどこへ行ってしまったのか……


 別に今も先輩は存在してはいるがあの時の先輩はもう拝めない。プライスレス先輩なのだろう。



 そんなことを考えながらゆっくりとハーブティーを飲み干しソファーから立ちあがる。


 今日はもうすでに心労的な意味では疲れているが、肉体的な意味では万全な状態だ。

 まだまだ弱い俺はトレーニングを欠かす事は出来ない。


「うしっ!」


 喝を入れてトレーニングルームのある方に向けて歩き出す。


 そうして廊下に続く扉を開けようとしたところで、反対側から逆に扉が開く。


「あ、お嬢様、お疲れ様です」


 そこにいたのは汗を流した姿の帆鳥先輩であった。


「ナニ、言ってるの……?」



 挨拶をしただけなのになぜかドン引きされたような目を向けられる。


 先輩こそ逆に何を言っているのかと思ったが、自分の発言を振り返り一瞬で原因にまでたどり着いた。



「あ、や、違うんですよ。さっきまで鵜飼さんと話してて……それで……」


 しどろもどろになりながら言い訳をする俺に対して先輩の視線の温度はどんどん下がっていってしまっている。



 うん、もう今日は寝ようかな。

 頭が疲れ切ってしまっているんだ、きっと。



 ただ今すぐに現実逃避してお布団に逃げ込みたい俺をよそに、先輩は思い出したように告げる。


「トレーニングルームにアリアが来てるよ。

 良かったらちゃんと話し合ってあげな」


 そう言って先輩はキッチンの方に歩いて行ってしまう。



 どうやらお休みは許されないようである……






――――――――――――――――――――――――――――――

鵜飼さん:元コンビニ店長。迷宮発生以降は白斗と共に命の恩人である帆鳥のサポートをしている。今現在は普段は執事になり切っている。本性は愉快なおじさん。

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偽物英雄は今日も嘘をつく 阿黒あぐり @Aguri-Aguro

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