プロローグ4 魔神・再誕の儀

 漆黒の閃光に内側から食い破られ、魔法加工も施されていない廃墟は吹き飛んだ。


 遺跡からそのままくり抜いてきた儀式場の壁や天井に染み付いた魔人は諸共空へと旅立ち、続けて白い人影が流星のように追いかけた。


「おーおー。相変わらず派手にやんなぁ」


 その様を観測する者たちがいた。そのうちの片割れ、壮年の男が無精髭をしごきながら呟く。


「透先輩の戦い方って、見てる方も体が動かしたくなるっていうか、ヒーローショー的なワクワク感ありますよね!」


 男の隣で観戦していた若い女も元気よく同意する。


 2人は、本来白崎透が単独で当たる筈の暴力団殲滅任務に、増援として急遽派遣された者達である。


 儀式場突入前には既に配置を完了し、首都アジトの痕跡を逆探知しては、分身を送り込み、逆探知しては分身を投入と、裏でかなり働いていた。


 この二人によって潰された邪教団のアジトの数は二桁を上回るだろう。


「ったく。分身使いだからって100人分働ける訳じゃねえのによぉ」


「いいじゃないですか、どうせ普段はグータラしてるんですから! 偶には社会の役に立ちましょう!」


「……お前、サラッと毒吐くよな………」


 かなり年下の後輩の容赦ない口撃にさしもの一級構成員ゴールドランカークレアス・ビスコもたじろいだ。


「えへへ、先輩にもよく言われます!」


 こういうとこが憎めないのかねぇ、とボヤきつつタバコに指パッチンで火をつける。


 現代の魔導士メイガスであれば誰もが持ちうる生体システム『アスラ・システム』による魔力の熱エネルギーへの変換。


「にしても、最近物騒だよなぁ………」


 溜め息と一緒に吐き出された紫煙は、対して明るくもない月明かりの元で掻き消えた。


 ふと、空を見上げれば穴が開いていた。


「つか、都市結界に穴開いてんだけど」


「………拙くないですか!?」


「アイツ始末書確定だな」











 視界が絶えず入れ替わっている。二転三転と、回転はまだ続く。


 都市部なら標準設置されて当然の都市間結界シティーガードをその身でブチ抜き、雲の高さまで到達して初めて、魔人は自らが吹き飛ばされたのだと理解した。


 途方もない重みの斬撃を受け、身体が染み込んだ建材どころか、地上に建てられた階層もブチ抜いて吹き飛ばされた。


 ついでにイルラシア公国首都を覆うドーム状の大結界も破れた。


 無茶苦茶としか言いようがない暴挙であるが、その判断は正しかったと言わざるを得ない。


 肉体ウーシアを壁や天井に浸透させて難を逃れようとしていたさしもの魔人も、液状体を壁諸共吹き飛ばされるとは思っていなかったからだ。


 故に、今は液状化を強制解除されて飛んでいる。というより、吹っ飛んでいる。


 飛翔中に魔人に追いついた透は、存在拡張エクスパンション、『流功』、『アスラ・システム』による補助、闘気による強化外骨格パワードスーツのギアを全開に、全力で回転蹴りを見舞った。


 音速など当然のように振り切った魔人は、体が千々に引き裂かれるような衝撃をこらえ、荒野に着弾する。隕石落下時のような局所地震と共に、その肉体は再び液状化しその場で爆ぜた。


 先程と違う点を挙げるとすればそれは魔人の意思の有無だろう。『須臾に頂く禍辻』の全力に等しい蹴撃を受け、ソレは固形化した状態を暫しの間維持出来なくなった。


「ここまで来れば大丈夫かナ」


 禍辻が舞い降りる。魔人とは打って変わって優雅に、音も立てずに荒れた大地に降り立ち、クレーターの中心に溜まった赤青のスライムを睥睨する。


「さて、肉体ウーシアと呪力、悪魔が融合したお前は早々に始末しないといけなイ。愉しかったけど、そろそろ終わりにしようカ」


 少しだけ残念そうな声音で、そう一方的に宣告した。


 その場で魔力を高める。魔人はまだ形状崩壊したまま。急激に高まる魔力と存在圧を内包する肉体ウーシアに、大気が軋む。大気だけではない。空間が、世界が震えていた。


 これから一つの星の上で生まれる存在に恐怖を抱き、震えているような。どこか荘厳な気配で白崎透はそっと呟いた。


神格化アポテオシス———」


 透の影が立ち上がる。三次元世界に顕現したそれは両の腕を大きく広げ、主を腹の内に収めてみせた。


 暗黒一色に染まった人型の影が変形する。大気中の微細な魔力を引き摺り込みながら螺旋回転を始め、禍々しい繭となる。


 白骨化した外骨格が繭を補強し、ここに再誕の儀が執り行われる。


 魔人は故知れぬ恐怖を抱いた。既に機構のような存在に変質したのに抱いてしまった根源的恐怖。自己を脅かされるという極めて純粋で悪辣な精神のうねりが魔人を突き動かす。


 クレーターから飛び出した魔人が、繭に目掛けて猛然と殴打を浴びせる。一度崩れて再生したからか、六本に増えたいびつな剛腕を存分に発揮し、時折り霞ませながら拳を突き立て続けた。


 罅が入った。小さな罅だ。暗黒の織物に、青紫に輝く正六角形の罅が入った。


 内側から裂けようとしているのか、外側から砕かれようとしているのか。そのどちらにも感じられる不吉の結実は、内部に蠢く混沌を捏ね回す。


 魔人の猛攻は更に苛烈さを増した。


 音速を優に超え、一撃で山など崩せる拳を何度も何度も浴びせ、その身を汚泥に変え腐らせようと試みる。


 そして遂に、魔人の決死の猛攻の果てに、絶望を孕んだ繭はその形を崩してしまった。



『煩い目覚ましだなァ、オイ』



 魔人の悪鬼のような形相を、魔神の凶手が鷲掴みにする。


 どこか歪んでいるように聞こえる言葉は、彼が既に人の身を超え、神の域へと至った証左でもある。巨大すぎる力を持つあまり、物理法則ではその存在を許容しきれないのだ。


 殻の最小単位、正六角形の片鱗を中から破砕しながら現れ出たのは、存在位階を人から神へと昇華させた真正の怪物。


 全身を漆黒に包まれ、白骨化した外骨格を本来ある骨の延長的に纏い、背後に深淵の光輪を戴く竜殺しの英傑。


 硬質な漆黒一色に染まった表皮には規則正しく並んだ正六角形の模様が浮かび上がり、その髪は燃え立つ蒼焔の如き長髪に、その貌は髑髏の仮面に覆われ、落ち窪んだ眼窩には鬼火と赫い魔眼が覗く。


 胸の中央には一際大きな六角形が欠けており、その中を覗くと無窮の宇宙のような光景が広がっている。


 青紫紺ヴァイオレットブルーなハニカム構造の連なりは、オドから供給される魔力が可視化されたような挙動を見せ、魔の神に等しい存在へと至った禍辻の一挙手一投足に呼応して、浮かんでは沈みを繰り返す。


 膨大な魔力との融和。一見すると六角形の無数の鱗で形成されたように思える特徴的な。光・影・空間という複合魔法では実現し得ない属性の併用。


 かつてブラド・アンドリューだった男の記憶と、魔人がたった今目撃した超常現象が合致する。



『この姿になるのはかなりしんどいンだ。さっさと終わらせたイ』



 魔人が再び上空に舞う。神格化アポテオシスを経た事による、基礎能力の極限化。常軌を逸した腕力による投擲。


 先程荒野に局所地震を起こした蹴撃を遥かに上回るパワーで上空へと舞った魔人は、あっという間に成層圏を突き抜け、宇宙空間に身を投じられた。


 長時間の戦闘は惑星そのものに影響しかねない規格外の存在。


 腕を振るだけで天変地異を引き起こし、荒野を余波だけで破壊し尽くす。まさに魔の神と称するべき力を可能な限り制御して、魔人の後を追いかける。


 大気圏外に出た虚空の魔神は、その身を二つに分けた。鏡写しのような二柱の魔神。


 更なる分け身。上下が逆さまな魔神がまたもや鏡写しのように。宛ら万華鏡の如く、その身を指数関数的に増殖させていく虚空の魔神。


 これまでにこの魔神の分身術を前にして生き残った者は1人もいない。



『ッ———VOOOOAAAAAAAAA!!!!』



 遂には赤青しゃくじょうが融合し、紫天へと至った魔人。否、新たなる魔神も、その身に纏う邪悪な法衣を翻し、無数の腕や顎や眼球を浮かべる。


 遥かな天上。星々が浮かぶ虚無の海にて二柱の魔神が対峙する。

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