35話 幕開け
遂にこの日がやってきた。
緊張で心臓から口が飛び出そうだ。
憧れていた場所。
仕事で大変だった時に初めて見たのがカラーズの先輩たちのライブ。
あの時に見たのは0期生三人のライブだった。もう見ることはない。だって、先輩たちはそれぞれのユニットに所属しているから。
そのうちの一つが、私たちスパイシーだ。
マオ先輩が作った私たちのユニット。
三人だからこそ届けられる色がある。
スパイシーというユニットだからこそ、一人一人の良さが際立つ。
そう思っていても、震えは止まらないものである。
「やーみっち!震えすぎだよ〜もっとリラックスしてこ!」
ミツ先輩が私の肩にポンっと手を置く。
リラックス、か。
そう言われても、落ち着くことなんてできないんだよなあ。
「振り付けも歌も忘れてしまいそうじゃ……」
「大丈夫さ、あんなに応援したのだから。それとも、魔王様とミツとの濃密な時間を忘れたと言うのかい?悲しいねぇ」
泣き真似をしながらマオ先輩は言う。
私を落ち着かせようとしているのだ。もうすでに魔王様モードということは自分自身はバッチリ準備ができているのだろう。こういうところで、敵わないと実感させられる。
けれど、私だって今日は横に立って歌うんだ。生身の姿ではなく、常夜やみの姿で。
そう、私じゃないんだ。何も上手くいかなくて、やっとのことで入った会社でも上手くいかなくてやめて……何もないって思ってた私じゃない。
今の自分は、カラーズのVtuberでスパイシーのメンバーの常夜やみ。
我は、みんなから応援される吸血鬼じゃ。そう思えばこのステージにだって胸を張って立つことができる。
「マオ先輩、ミツ先輩。おかげで震えは止まった。今宵は皆を精一杯楽しませようぞ」
「おっ、やみっちも気合入ってますなー頑張ろうね!あおちゃんたちも見るって言ってたし!」
「やみの同期も見学に来ているはずだよ。その子たちにも魔王様たちの全力を見せつけようじゃないか」
震えが治った我を見て、マオ先輩とミツ先輩がニッコリと笑っている。震えが止まったから安心したのだと思う。
それより、レミちゃんたちも見てくれるなら本当に全力で頑張らせてもらおう。同期にも練習を手伝ってもらったのだからね。
「よし、いこうか。そろそろ時間だ」
「あれ、もうそんなになったんだ〜始まる前に緊張解けて良かったね!」
「緊張していたのは我だけのようだったけれどな」
二人とも全然緊張してそうには見えなかったし、多分緊張とかないのだろう。
だが、返ってきた答えは想像していたものとは違った。
「えー緊張してたよ?でもね、楽しいが勝つんだ私の中で。やっと三人で立てるんだから楽しまなきゃ損だよ」
「ミツらしいねぇ。魔王様は緊張なんか味方につけてやるという気持ちでやることにしているからね。大丈夫なのだよ」
「さすがじゃな……」
味方につけるとは難しいことだと思うのだが、それをやってのけたのだ。
我も、いつか楽しいという気持ちが勝つ日がくるかもしれないな。
それより、この幕が上がった今の景色を目に焼き付けるとしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます