第25話 エディンシアの海戦

 コールタス王国艦隊の司令官は望遠鏡でエディンシア港の様子を窺う。

 大型の戦列艦の姿が見えないことに内心の喜びと興奮を抑えられなかった。

 艦隊を率いている司令官はバルクトライが恐れるニーメア将軍ではない。

 この作戦は議会筋から出た政治的な思惑の強いものである。

 バルクトライの恐ろしさを身にしみて知るニーメア将軍は作戦に反対して更迭されていた。


 後任のコールタス王国艦隊司令官はしてやったりとほくそ笑む。

 要塞は頑丈ではあるが、大砲の数はコールタス王国艦隊の方が多い。

 移動しながら撃つこともでき、その点でも有利だった。

 エディンシアを落としてしまえばバルクトライは母港を失い補給を受けることが難しくなる。

 艦隊運用に優れるコールタス王国側が小競り合いに終始すればいずれはバルクトライの艦隊は継戦能力を失うはずだった。


 アーケア帝国の虎の子の艦隊を撃破すればあとはコールタス王国の思いのままである。

 食料輸送を締め上げてもいいし、好きな場所に陸軍を送り込むことができた。

 長期間占領するのは難しいにしても、財産を略奪するぐらいのことは容易である。

 アーケア帝国の陸軍はまだ健在だが、船よりも速やかに移動する術がなかった。

 奪った金品はコールタス王国をより豊かにより強固にするだろう。

 そのきっかけとなるエディンシア攻略戦の指揮官として、歴史に名を刻むことになるし、爵位も得られるに違いない。

 これから得られる栄光を夢想して顔が綻んだ。


「面舵いっぱい。追い風を受けて進み左側舷の斉射で要塞を沈黙させる」

 司令官の命令を受けて船員が帆柱に掲げた旗で信号を送る。

 艦隊が進路を変え始めた時だった。

 右舷の見張りが叫び声を上げる。

「南側船尾方向に船影! 大きいです。1、2、……。正確な数は不明。戦列艦です!」


「なんだと?」

 コールタス王国艦隊の司令官は動揺した。

 しかし、すぐに思い直す。

 出港してから思い直して艦隊を二手に分けたのだろう。

 輸送船を救うためには3隻、最低でも2隻は割く必要があるはずだ。

 それに対してこちらは既存の艦隊に新造艦1隻を加えた6隻なので艦数はほぼ互角、あとは練度の差でカバーできる。


「南北方向に戦列を形成する。敵艦隊を迎え撃て!」

 コールタス王国艦隊は操船技術を見せつけるように一直線となった。

 この隊形は側舷に大砲を積んでいるという構造上、最も効率がいい砲撃ができることになる。

 近づいてくるアーケア帝国艦隊はジグザグになっていて辛うじて1本の線と言えなくもない形となっていた。


 想定より多い8隻に驚いたが艦隊運動の拙さに希望を見いだす。

 この状況ではアーケア帝国艦隊はコールタス王国艦隊の南方に向かい90度回頭してすれ違うように砲撃を交わすのが通常の戦術だった。

 それなのにまっすぐにこちらに向かってくる。

「ははっ。アーケア帝国の奴らまともに帆走すらできん。先頭から集中砲火をあびせろ!」

 喜びの声を上げられたのは僅かの間だった。


 ジグザグと見えた艦隊が4隻ずつの2列の縦列を形成する。

 西から吹く風を帆に一杯受けてコールタス王国艦隊に突っ込んできた。

 コールタス王国の各艦は右舷側の大砲を一斉に放つ。

 船は縦に長い形状をしているので船首を向けられると標的の大きさが小さくなる。

 何発かは命中して木片を振りまいたが足止めするには至らなかった。


 バルクトライの率いる艦隊のうちのベルヌーイともう1隻は大型で船殻も分厚い。

 その防御力に優れた2隻を先頭にしていた。

 追い風を背に最大船速でコールタス王国艦隊の2番艦と3番艦の間、4番艦と5番艦の間に割り込んでくる。

 交錯すると船首側から順次両舷の大砲が火を噴いた。

 

 ベルヌーイの右舷はコールタスの2番艦に、左舷は3番艦にどかどかと鉄球を撃ち出す。

 もともと1艦当たりの大砲の数が多いところへもってきて両側を砲撃するので弾数が圧倒的に多い。

 それが4隻分も続くのである。

 多少の操船技術や砲撃精度の差など問題にならなかった。


 うなりを上げて飛んできた砲弾が次々と命中する。

 戦列艦は構造上船尾が弱点だった。

 その船尾に集中弾を食らったコールタスの2番艦と4番艦は舵を破壊されあちこちから浸水が始まる。

 船首方向から砲撃を受けた3番艦と5番艦も酷い有様だった。


 アーケア帝国艦隊は風を受けながら左右に分かれるように急旋回し、コールタス王国の1番艦と6番艦をぐるりと取り囲むように楕円形を描きながら進む。

 船の横腹を晒しながら側舷砲で撃ちあうオーソドックスな海戦が展開された。

 しかし、8対2である。

 勝負にならなかった。


 これだけの一斉砲撃を食らうとさすがに船が大破し航行不能になる。

 コールタス王国の艦隊司令官は最後まで降伏を認めなかった。

 1番艦が沈没を始めると、残りの艦に次々と白旗が上がり始める。

 アーケア帝国海軍の圧勝だった。


 コールタス王国の6隻のうち、3隻が沈没し、1隻が大破して航行不能、残りの2隻も船上構造物をかなり破壊され姿かたちが様変わりしている。

 対するアーケア帝国艦隊は2隻が小破と損害は軽微であった。

 死傷者の数も比べものにならない。


 アーケア帝国艦隊も1番艦、2番艦を中心に死傷者が出たが、コールタス側は乗組員約4千名のうちの6割以上が死傷するという惨憺たる有様だった。

 戦死者のうちの1人には艦隊司令官も含まれている。

 この戦いの結果が報じられたコールタス王国議会では出席した議員の大半が顔面蒼白となった。



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