証拠

「お久しぶりです、秀一郎しゅういちろうさん」


 私は、笑顔で秀一郎さんに挨拶をした。解離性同一性障害――俗に言う多重人格者である花音さんは、大学教授の瀬尾せのお秀一郎という人格に変わる事がある。そして、秀一郎さんは、類まれなる推理力を発揮するのだ。


「……それで、早速ですが、事件について何か気付いた事はありませんか? 秀一郎さん」


 御厨さんが尋ねると、秀一郎さんは考え込むような顔で答えた。


「ああ……取り敢えず、犯人は一人に絞り込んだ。……しかし、決定的な証拠がない。状況証拠でもいいから、何かもう一つ証拠が欲しいな」


 私は目を見開いた。一人に絞り込んだ? この段階で?


 どうやって絞り込んだんだろうと私が考えていると、堀江先生が口を開いた。


「証拠ですか……。そもそも、糸村さんと犯人はどういった経緯で現場の公園に行ったんでしょう? 糸村さんが一人でピザの専門店に行くとは考えにくいとの事なので、犯人と一緒にピザを食べたんだと思うんですけど……」


 確かに。前もって待ち合わせをしてピザ店に行ったのか、偶然街で犯人と会って一緒に食事をする事になったのかすら分からない。


「糸村さんは事件当日も出勤していたとの事だが、彼は営業で外回りでもしていたのかね? 好きな時間にピザ店に立ち寄れたのかが知りたい」


 秀一郎さんの質問に、御厨さんが答える。


「はい。糸村さんは事件当日の朝、出社してすぐ営業に出かけたそうです。彼はあまり売れていないタレントに付いていたようで、テレビ局やイベント会社をはしごする予定だったと同僚が証言しました」


 はしごしていたと言っても、そんなにミチミチとスケジュールが詰まっていたわけではないので、ピザ店に寄る余裕はあっただろう。


「そのはしごしていたとかいうテレビ局やイベント会社に、糸村さんが訪れた記録があったりとかはしないんですか?」


 堀江先生の質問に、私が答える。


「それが、糸村さんが向かった会社はほとんどが忙しかったようで、名刺の管理もきちんと出来ていなかったそうなんです。糸村さんは前もってアポを取っていたみたいなんですけど、時間通り糸村さんが来たのか来ていないのか、分からないそうです」


 糸村さんが八時五十分くらいにテレビ局を訪れた事はテレビ局の記録で分かった。しかし、その後の糸村さんの動きが全く分からない。

 勝手ながら、来客予定の管理くらいしっかりしてほしいと思ってしまう。


「成程……糸村さんがピザ店を訪れた時間は絞り込めないわけですね。しかし、やはり犯人はグリーンクローバーの元メンバーの中にいるんでしょうか? ピザ店は女性向けの店で、女性と一緒でないと糸村さんは入り辛かったみたいですから……」


 堀江先生の言葉に、私は頷く。


「その可能性が高いと考えて良さそうですね……。そう言えば、現場となった公園も、女性……特に、小さい子を持つママに人気なんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。えーと、ほら」


 私は、スマホで件の公園を検索すると、あるサイトを堀江先生に見せた。


「あの公園には、子供が遊べる面白いデザインの遊具がある上に、花壇には海外から輸入した珍しい花を植えてあるんですよ」


 私が見せたのは、公園を紹介するサイト。そこには、ウサギやパンダをモチーフとした遊具の画像が載っている。他にも、花壇の画像や花の原産地の説明が掲載されていた。投稿内容を見ると、四日ほど前に花を植え替えたそうだ。


 何気なく私のスマホを覗き込んだ秀一郎さんが、目を見開く。そして、口角を上げた後私に向かって言った。


「お手柄だ、小川君」


 私は、訳も分からずポカンと秀一郎さんを見つめていた。

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