遺留品
事情聴取を終えた私達四人は、一旦警視庁に戻り、鑑識課に顔を出した。亡くなった糸村さんが所持していた遺留品を再度検める為だ。
まずは、鑑識さんが提出した糸村さんのスマホについての報告書を読む。スマホのメッセージアプリには、仕事についてのやり取りや織絵さんとのやり取りが記録されていた。「ねえ、今度の週末、休み取れそう?」「うーん、どうかな。休みが取れたら映画を見に行こう」などという微笑ましいやり取りが残されている。
そして、メッセージアプリにはいくつか西村さんからのメッセージも残されていた。通話もしていたらしい。恐らく、グリーンクローバーの再結成に関する内容だろう。
「あ、事件当日の十一時頃、糸村さん、織絵さんにメッセージを送ってますよ!」
私が手に取った報告書を見て叫ぶと、御厨さんが報告書を覗き込む。
「本当だ。十一時九分にメッセージを送ってるな。相手は織絵夫人か。『今日も仕事で遅くなるから、ごはんは作らなくていいよ』」
九時頃には、所属タレントに向けて「先程、『今日のあさごはん!』への出演が決まりました! 頑張って下さい!!」といったメッセージも送っている。
これを信じるなら、糸村さんが殺害されたのは昨日の午前十一時九分以降という事になる。死亡推定時刻が絞られそうだ。
そして、私達はいくつかのビニール袋に分けられた糸村さんの財布の中身に注目する。
現金、クレジットカード、そしていくつかのクーポン券やポイントカードが入っていたようだ。
その中の一つ、ピザ専門店のポイントカードを手に取った御厨さんが、口角を上げた後言った。
「おい、見てみろよ、小川。このポイントカードの最後のスタンプ、昨日の日付になってるぞ」
「え!?」
昨日と言ったら、事件の起きた日じゃないか。私は、勢い込んでポイントカードを覗き込んだ。
「本当ですね、昨日の日付になってます。……時間までは分かりませんね。御厨さん、このピザ屋さんに聞き込みに行ってみましょう」
私の言葉に、御厨さんは無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、私達四人は、現場の近くにあるピザ専門店に来ていた。デリバリーもしているけれどイートインがメインの店で、店内は広い。若い男性店員に、昨日こういう客を見なかったかと御厨さんが聞く。御厨さんの手には糸村さんの写真。店員さんは、腕を組んで答えた。
「いやあ、分かりませんねえ。昨日は平日なのに朝から混んでいて、一人一人のお客様の顔なんて覚えていられませんでしたから……」
「そうですか……」
どうやら、糸村さんがここに来た時刻を割り出すのは難しそうだ。
その後、私達は再び織絵さんの自宅へと向かった。織絵さんは、嫌な顔せず私達四人を迎え入れてくれる。
「ピザ……ですか?」
ポイントカードの話を聞いた織絵さんは、首を傾げる。
「はい、ご主人は普通に出勤していたとの事ですが、昼食を誰と取るとか、何か言っていませんでしたか?」
私の質問に、織絵さんは首を横に振って答える。
「いえ、そんな話、何も聞いていません……」
「……一人で昼食を取った可能性もあるな」
そんな御厨さんの呟きを、織絵さんは否定する。
「いえ、あの人は一人ではあの店に行かないはずです。あの店はおしゃれで女性向きですから。普段から『織絵が一緒じゃないとあの店には入りにくいな』と言ってました」
「そうですか……」
御厨さんが何か考え込むような顔で相槌を打った。
織絵さんの自宅を辞した後、私達は事件関係者のアリバイを確認すべくあちこち聞き込みに回った。
織絵さんの友人に話を聞いた所、本当に喫茶店でお茶をしたり映画を見ていたとの事。友人は映画館で購入した映画のパンフレットも見せてくれたが、織絵さんが映画館にいたという確かな証拠にはならない。
「本当です、本当に織絵は事件現場にいなかったんです!」と切実に訴える織絵さんの友人を見て、私は胸が苦しくなった。
南さんについては、スポーツジムのスタッフが南さんの来店を覚えていた。まあ、南さんは現役の芸能人だから覚えていても不思議はない。スポーツジムの客達が、チラチラとトレーニングをする南さんを盗み見ていたという話を聞けた。
テレビ局でも話を聞いたが、確かに南さんは午前十一時頃からバラエティー番組の収録をしていたようだ。
東山さんの職場にも話を聞きに行った。責任者らしい中年女性が、「東山さんがいなかったら仕事が進まなかった……本当に助かった……」と遠い目をして呟いていた。東山さんの職場でのアリバイは本物だろう。
西村さんの会社にも話を聞きに行った。西村さんの部下数人が、確かに十時頃から西村さんが出社していたと証言した。西村さんのアリバイも本物だろう。
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