自供

 その日の夕方、取調室には、私、御厨さん、記録係の警官、そして――松谷洋平さんがいた。


「松谷さん……あなた、事件があった日、広川さんに会いましたね?」


 御厨さんが言うと、松谷さんは顔を強張らせた。


「……どうして、僕が広川さんと会っていたなんて……」

「現場に落ちていた広川さんのバッグの中に、彼女のスマホが入っていたんですけどね。そこに付いていたんですよ。あなたの指紋が」


 御厨さんの言葉に、松谷さんが唇を噛み締めた。

 指紋がいつ付いたのか正確には分からないが、スマホなんて毎日使う事がほとんどだろう。松谷さんの指紋が崩れずにスマホに残っていたという事は、少なくとも事件当日、松谷さんが広川さんのスマホに触ったと思われる。


 私は、捜査資料をチラリと見てから松谷さんに声を掛けた。


「それと、広川さんの殺害現場にお酒のガラス瓶が落ちていたんですが、ガラスの欠片の中に眼鏡のレンズの欠片が混ざっていたんです。……あなたの同僚に聞いたところによると、あなた、最近眼鏡を替えたそうですね。もしかして、殺害現場で眼鏡を割ったから眼鏡を替えたんじゃないですか?」


 松谷さんは、顔に冷や汗を浮かべた後、深い溜息を吐いた。そして、私達の方に視線を向けると、静かに口を開いた。


「……その通りです。広川さんを殺害したのは、僕です」



 それから、松谷さんは殺害の経緯について話してくれた。

 松谷さんは、事件のあった夜、広川さんに呼び出されたらしい。なんでも、成瀬さんの事で大切な話があると言われたとか。


 そして松谷さんが河川敷に行ってみると、広川さんは松谷さんに自分と付き合うよう迫ってきた。更に、自分と付き合わないのなら、成瀬さんのある事無い事を出版社に吹き込んで成瀬さんが漫画家を続けられないようにすると脅してきた。

 そして言い争いから揉み合いに発展し、松谷さんは広川さんを殴り殺してしまったという事だった。


「……今まで黙っていて、申し訳ございませんでした」


 供述が終わった後、松谷さんはそう言って頭を下げた。


        ◆ ◆ ◆


 会議室に戻った後、私は秀一郎さんの方に視線を向けて言った。


「……秀一郎さん、事件はこれで解決なんでしょうか。上手く言えませんけど、私、何か違和感があって……」


 それを聞いた秀一郎さんは、捜査資料に視線を落としながら言った。


「そうだな。……私が見た限り、松谷さんはスマホの指紋を消し忘れるような迂闊な人間とは思えない。確証はないが、この事件の裏にはまだ何かあると思うよ」


 御厨さんと堀江先生も秀一郎さんの考えに賛同し、捜査はもうしばらく続ける事になった。

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