事情聴取1

 翌日の昼、私達四人が向かったのは、閑静な住宅街にある一軒家。目的とする家に到着して車を降りると、青い屋根の、特に目立つ所のない建物が目に入る。


 私がインターホンを押すと、「はい」というか細い女性の声が聞こえた。


「警視庁の小川です。先程お電話させて頂きましたが、広川真理香さんについてもう一度お話を伺いたく参りました」


 しばらくして、玄関のドアが開いた。姿を見せたのは、広川さんと同じくらいの年齢の女性。ウェーブがかった黒髪を首の辺りで切り揃えている。大人しそうな女性だ。


「……昨日もいらした刑事さん……どうぞ、お入り下さい」


 そう言って私達を招き入れたのは、広川真理香さんの高校での同級生だった、島崎結奈しまざきゆいなさん。



 リビングに通され私達四人がソファに座ると、島崎さんは五人分の緑茶を淹れてテーブルに置いた。この家は島崎さんの実家で、島崎さんは父親と二人で暮らしている。今彼女の父親は、仕事で家を空けている。


「それで、お話というのは……?」


 おずおずと島崎さんが尋ねるのに、私が答える。


「同期会のお話について、もう一度お聞きしたく」


 私の言葉を聞いた島崎さんは、顔を強張らせた。


 実は、広川さんの遺体が発見された日、私と御厨さんは広川さんの勤めるデパートで彼女の同僚に聞き込みをした。


 その結果、広川さんは事件の三日ほど前、小規模な同期会に参加していた事が分かった。そして、同期会の幹事達に話を聞いたところ、同期会でちょっとしたトラブルがあったらしいのだ。


「同期会であった事をもう一度お話願えませんか?」


 私が聞くと、島崎さんは俯きながら話してくれた。


       ◆ ◆ ◆


 同期会の日の夜、会場となった居酒屋には、二十人程の参加者が集まっていた。幹事の挨拶も終わり、皆が歓談していると、真理香が結奈の方に近付いてくる。


「あら、結奈。今日はコンタクトにしてるのね。いつもは眼鏡なのに」

「う、うん……気分を変えたくて……」

「ふうん。まあ、いいわ。あんた、二次会で歌いなさいよ。カラオケ行くから」

「あの、ごめんなさい。締め切りが近い仕事があるから、二次会には……それに、歌は下手で……」


 結奈は、ルポライターとして仕事をしている。


 真理香は、ムッとした表情をすると、結奈に近付き、耳元で囁いた。


「いいの? 私の言う事に逆らうと、あの事を出版社にバラすわよ?」


 結奈は、ぎくりとして肩を震わせた。


       ◆ ◆ ◆


「……それで、島崎さんは広川さんに脅されていたようだという話を聞いたのですが、どういう事情があったんでしょう?」


 私は、俯いている島崎さんに向かって尋ねた。脅しの内容については、昨日事情聴取した時には島崎さんに打ち明けてもらえなかった。


 島崎さんは、太腿の上に置いた拳をギュッと握って、黙り込んでいる。すると、御厨さんが不意に口を開いた。


「……北口智哉きたぐちともやさん」


 島崎さんが、大きく目を見開いた。


「北口さんは、雑誌の編集者で、あなたと交流があるそうですね。あなたが彼とやけに親し気だったとおっしゃる方もいるのですが、もしかして 彼と関係あるのでは?」


 島崎さんは、唇を噛み締めて言った。


「はい……私は、北口さんとお付き合いをしていました。……でも、別れたんです! お願いです、この事、出版社の方々には秘密にして下さい!」


 島崎さんは独身だが、北口さんは妻帯者だ。島崎さんは、不倫をしていた事になる。


「事件の捜査に関係ない内容であれば、むやみに他人に話す事はありません。安心して頂いて結構ですよ」


 御厨さんは、島崎さんを安心させるような口調で応えた。


 話を聞いたところ、島崎さんは一年程前に仕事を通じて北口さんと出会い、付き合うようになったらしい。しかし、しばらくして北口さんに妻がいる事が判明。島崎さんは、自分に優しく接してくれる北口さんと別れる決断をするのに時間が掛かり、結局今から半年程前に別れたとの事。


 それを何故広川さんが知っているかと言うと、高校卒業後も広川さんと島崎さんには交流があったからだ。社会人になってからも、たまにお互いの家を行ったり来たりしていたらしい。


 ある日、島崎さんの家を訪れた広川さんは、島崎さんが席を外している間に島崎さんのスマホを勝手に見たらしい。そこで島崎さんと北口さんとのやり取りを目にし、島崎さんの不倫に気付いたという。


「……真理香に不倫の事を知られて以来、ランチを奢れだの車の運転をしろだの、色々命令されました。出版社に不倫がバレたら、仕事を貰えなくなるかもしれないから、断れなくて……でも、私は真理香を殺していません!」


 島崎さんは、切実な顔で訴えた。


「……もう一つ確認させて下さい。広川さんが亡くなったと思われる九月二日の午後八時から午後十一時頃、あなたはどこで何をしていましたか?」


 私が聞くと、島崎さんは目を伏せながら応えた。


「昨日も言いましたが、その時間はずっと家で仕事をしていました。父は出張していたので、証人はいません。……でも」


 そう言うと、島崎さんは自身のスマホを取り出した。


「私、事件の日の夜、十時頃から数分間、真理香とSMSでやり取りしていたんです。だから、真理香が亡くなったのは十時過ぎだと思うんです」


 これも、昨日聞いている。しかし、せっかくスマホを差し出してくれたので、SMSの画面を確認しよう。




 二十二時三分 『結奈、ちょっといい?』


 二十二時四分 『なに?』


 二十二時六分 『明日、朝電話して起こしてくれない? 目覚ましが壊れちゃって。スマホのアラームだけで起きられるかどうか心配』


 二十二時七分 『いいよ』


 二十二時七分 『じゃあ、よろしくー』




 絵文字は省略しているが、大体こんな感じである。どうやら、広川さんが島崎さんにモーニングコールを頼んだらしい。


「確かに、こちらを拝見すると、広川さんが十時過ぎに亡くなったように思えますね。事件翌日の朝、広川さんのスマホに、あなたからの不在着信があったのも確認されてますし」


 私は、そう言ってスマホを島崎さんに返した。


 その後も私達は島崎さんに話を聞いたが、やはり新しい情報は得られなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る