第30話

 扉が開かれると、求めていた夢の光景が広がっていた。緩やかなスロープが木材を床に宙に浮いてカーブしており、外からわからなかった中身は夜を消さんばかりの光に満ち溢れ、つい数分前の倉庫の現実を断絶させると、親子やカップルなど観光客がのんびり歩くテーマパークの輝きで幻想した。(本当ニヤッテキタンダ)目が眩むよりも、希望が目玉から漏れ出すように感動が起こった。とうに夜に降りたと思っていた空は遮っていた樹林から抜け出して鮮明に透き通る漆黒前の紫に染まっていた。目の前を小さな列車が客を乗せてゆるやかに通り過ぎている。「近くにうちのワゴンがあるから行こうぜ」血色の悪い男が無感動に喋って指をさした。幼年に味わい損なっていた空想都市は時間をかけて取り戻され、大学生活からの逃げ隠れはこの瞬間の為にあったのだと納得した。実家を出て、関東を抜け出し、初めて社会という世界に踏み込んだ情感は、大人も子供も日常から離れて休日を味わい楽しむ夢の空間に融和していた。明日からか、それとも明後日からか、どちらにしろここが職場になる。アルバイトではない、仮とはいえそれなりの責任を担う、契約を結んだ社員として働くのだ。

 男の意識に消えない光と夜の情景が染み込み、朝からのショットが一連の流れで初めて数珠繋ぎに編集されると、幕開けにこの上ない人生の不可思議な用意に感謝の念が浮かんだ。奔流する感情が勢いよく波打って走り、駆け上るように峠を越え、一本道にまっすぐ音を並べて地上の明かりにかき消されない残照へと昇華された。(必死デ頑張ロウ、逃ゲル為ノ努力ジャナイ、将来ヲ築ク初メテノすてぇぇじダ)男は内から迸る歓喜に静かなこだまを聴いていた。

 土産物とキャラメルポップコーンを売るワゴンのそばに立ち、見据えていた。香ばしい匂いが鼻の奥まで漂い、口の中は初めて味わう甘さで欲をかきたてられ、緑と黄緑のパペット人形達が台の上から定まらない視点を方方に置いているのを視界に入れていた。血色の悪い男がワゴンに立つアルバイトの女と話している。男はいつまでも、この時にいることができると自覚していた。

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つちのしょうウルオイオコル 酒井小言 @moopy3000

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