第29話
血色の悪い男が今日の道程をまったく質問しなくても何も思う事はなかった。短い、数日もかからない道のりだった。朝に漫画喫茶に入店して、夕方を過ぎて外に出るのと変わらない時間量だった。それだけで何かが大きく変わるわけではない。新幹線ならどのくらいで到着できただろうか。所詮そんなものだ。そんな捨て台詞をつぶやくことなく、早速会場へと向かう血色の悪い男について肩を並べて歩き、ネットワークビジネスのセミナーがある横浜の関内をスーツ姿で歩いた記憶をダブらせた。急に、勢いでここまでやってきたような気もしたが、新天地にたどり着いた興奮は飽和して後悔を起こさなかった。また失敗の繰り返される終わらない逃避行も予感されたが、それでも大学と親元を離れて、自立心を軸に人生を選択している気概は嘘を呼ばせなかった。仮入場の札を血色の悪い男から手渡されると、金を払わずに万博会場に入ることのできる優遇が一途に上らせた。すでに関係者というレッテルを得たようで、自尊心がビッグスクーターと航海して大物気分を泳がせた。
物覚えの不確かな頃に連れて行ってもらえなかった万博の光は巨大な白いループを囲う有機曲線の膨らみから上空へ放たれていた。関係者のみが通行する出入口で窓口の係員に仮入場の証を見せる時に鼓動はわずかに速く高まったが疑念なく通された。敷地内は巨大な複合施設の裏ゲートのように搬入のトラックや車が行き交うだけでなく黒人も歩いていた。体育館の倉庫のような空気感も漂っており試合に使う電光スコアボードやボールで満載された鉄かごのさりげなさでアフリカの民族らしい彫像や服飾品が置かれていた。テレビ画面に映っていた未来都市のお出迎えよりも想像もしなかった舞台裏の雑然とした仕事環境が通り過ぎた。血色の悪い男はまだ知らぬ職場の内情をこぼすのが止まらず会社の大人達はどいつも要領が悪くて使えないと話し続けていた。せっかく来たばかりなのに早速労働に関する汚穢で濁されるような気分を感じるよりも頼りになる者のいない状況を打破する救いの手として自覚が一層芽生えるようだった。相変わらずの口振りに能受動の関係図を思い起こしているところでエレベーターに乗った。
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