第17話

 期待の大きさが午前中に懐古され、曇りに覆われた静岡の空は工場からの煙と自動車の排気ガスで淀んでいるようだった。なんとなく気持ちが沈みそうになるのは、渋滞とはまた別の道路事情による退屈が感覚を磨耗させ、鮮度のない、どこの国道も同じような日本の道であることを納得させる平凡な信号のリズムに、フランチャイズの大型店舗が道路脇を飾っていたからだろう。坂を上ったり、曲がる道に視点が変わったりすることはなかった。

 天竜川をいつ渡ったのか、それらしい河川はあった。砂丘に海亀の卵のあった台風後の玄界灘でサーフィンした時に通った道筋に似ていた。捨てられた宇宙ステーションのパチンコ屋がはっきりしていた。回帰する情感よりも、バイクを一人走らせる無言があまりに平凡だった。

 地図で確認していたように伊良湖岬を通ることはなくても、浜名湖を通過する時が道程最大の見せ場だと位置付けていた。ところがいよいよ浜松と記された青看板が消えてその土地の汽水湖に来ると、疾走感がまるで足りなかった。思い出は、青空を湖面に反射させていて、海からは台風の残滓が乗り切れない大波を延延と寄せており、バイパスを走る真夏の開放感は好き放題にポイントを選べる光に包まれていた。ところが、確かに湖の上を道路は走っているものの、天国のような波が次次と崩れる海岸線は左手に見えなかった。山のスカイラインとは異なる上空の飛行感は、信号のないバイパスが生み出していたのだ。ストップアンドモーションに定められた低速の下道は、いくら橋を渡るとはいえ、飛んだ情感が乏しかった。車内の音楽と、大麻の高揚感と、後は思いがけない景色との遭遇がなかった。期待値はどうあがいても初体験に勝ることはできない。あっけなく湖を渡りきると、手垢の着いた道路が上書きされて、もう楽しみは訪れない気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る