第7話
一体どれくらいの距離があって、高速道路を使わずに一日で辿り着けるかわからなかった。寝袋の用意をしていたとしても、細かくわからない場所へ無計画に向かう事に不安のないことはなかった。それでも暗雲と重荷しかない大学生活の延長を考えれば、自宅を出て、県外に住み込みで働くことを決めたのは解放以外になかった。朝の出発の喜びだけでも選択の正しさは細胞を躍動させ、中退を卒業に色塗る青写真を脳裏にプリントさせた。ところが小田急線のロマンスを代表する調べに乗れば、目的地に到着する前からクライマックスの情感が謳歌され、物心の付く幼稚園から始まった二十年近い学業とようやくおさらばできただけでなく、自分の足で好きに動いて働ける気心が本音で歓声をあげた。どんなに青春の中で遊んでいても、生活は常に学業が幅を占めていた。しかし今こうしてビッグスクーターを走らせて箱根の向こうへ行く実存には、その日、もしくは二三日後に自宅に戻って学校を考えることのない、本当の未知に続く新な体験が産声をあげていた。その感慨はあまりにも強烈な速度を募らせるので、ゴールなく終わっても許してしまうほど命が滾っていた。
青春は思春期と共に終わってはいなかった。薬物を必要としない友人との睦みは高校生の時だけかもしれないが、二十歳を過ぎた社会への船出は負けないほど四十八瀬川の水面に目を輝かせていた。早朝よりも空気は和らいで、菜の花の黄色に山桜のような濃い桃色や紅が移ろい、節くれ立って角度を持つ樹木から黄緑の枝葉も萌え始めている。寒い卒業の後には桜と新しい校舎がやってくる。その段階はもう訪れることはないが、せせらぎと排気音は社会人となる一日を音で飾り、切る風の嬉しさが二度とない門出を耳に囁き続ける。家で母親が作る食事を待つことはない。朝に起こされることも気にしなくていい。自分で一日の三食を選び、目覚まし時計で起きて、嫌嫌を我慢せずに学校をさぼることなく、決めた仕事に率先して向かう。早く働いて、金を得て、自分の持つ能力を腕試ししたい。期限の決まった仕事とはいえ、責任を持つ立場となり、実地の力で金を貯め、その先の海外へと向かうのだ。対向車が過ぎるとその勢いはより増して、自由という無垢の化身に浸る一過性はより西へとバイクを走らせた。
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