第4話 従属魔法

 魔の森にいたシャーロットは、最後まで蠢いていた魔物を仕留めると、ほっと息を吐いた。


(ああ、やっとこれで帰れる…)


 思っていた以上に時間がかかった。でも仕方がない。どれだけ魔物の数が多くても、どれだけ強い魔獣が現れても、シャーロットはいつも一人。 


 ふらついた身体を誰かに支えられ、驚いて顔をあげると、勇者がいたのだ。


 この地は、シャーロットにとって牢獄のようなものだった。


 だが、帝国民が『西壁の盾』を忘れても、屋敷の者達と領民は、シャーロットを支えてくれた。今も、客人をもてなすために働いてくれているだろう。


(彼等のおかげで、私は自分を保てているけど…)

 

 薬湯に沈めて目を閉じていたシャーロットは、うたた寝していたと気付き、慌てて湯船から上がった。


「シャーロット様、お着替えです」


 気遣い上手な侍女は、ロザンヌ。メイド長の娘で、シャーロットを心底崇拝してくれている。


「殿下と帝国騎士の皆様は?」


「ご安心を。殿下がホロギス様を追い出して下さいましたので、皆様、料理長の料理にご満足頂いておりますわ」


 栗毛の可愛らしい顔立ちは、この城で働く誇らしさが滲み出ている。


「それにしても、殿下自らいらっしゃるとは…思いませんでしたわ」


「…そうね」


「それに、シャーロット様が勇者様に抱きかかえられてお戻りになった時は、本当に驚きました」


「自分で歩くって言ったのよ」


「ふふ。たまには誰かの手を借りて下さいませ。警戒心丸出しの野良猫みたいでしたよ」


「…慣れてないもの。仕方ないでしょ」


 湯船に映るシャーロットの姿は、やっと十代後半。しかし、フッと息を吐き出す仕草は、人生の疲れさえ感じさせている。


「変な感じね。実際は、婚約者よりずっと年上なのに…見た目はずいぶん下に見えるんだもの」


 勇者、ギルフォード=ジャン。彼は自分の姿をどう思っただろう。


 冷たいと噂されるギルフォードの胸はあまりにも温かくて、泣いてしまいそうだった。

 


 *   *   *


 

 シャーロットの家は、代々光魔法に長けた血筋だった。それゆえ帝国の西に位置する『西壁の盾』の役割をになってきたのだ。


 あの悪夢の一日は、シャーロットが十二の誕生日の朝おきた。


 父、ダニエルが死んだ。大型の魔獣ドラゴンが、シャーロットの目の前で、父を殺すという惨劇さんげき


 コウモリのような羽。野太い尾に無数のトゲ。獰猛な鋭い牙と爪に、赤い目のドラゴンだった。

 

 ドラゴンの行く手を拒もうと立ちはだかったダニエルは、最期まで諦めない姿を娘に見せたかったのだろう。


 ダニエルの最期に放った光魔法は目に焼きついている。


 しかし、死んだのだ。

 頭から食われ、ひくつく足がついぞ動かなくなるまでドラゴンはダニエルの身体を離さなかった。


 十二の娘に冷静を求める者などいない。ただ無我夢中で父の意思に従った。 


 気づけば…全てが終わっていたのである。

 目の前には、息絶えて横たわるドラゴン。


「やったの?」


 その場に膝から崩れ、倒れこんだシャーロットを支えたのは父の副官だったホロギスだった。


 ほっとしたのも束の間、シャーロットを支えるホロギスの言葉に眉を寄せる。


「すまない、シャーロット。そなたに永久魔法をかける」


「…ホロギスさま?」


「そなたの光魔法は、ルルシャラ帝国の兵器。お父上亡き今、そなたは国の所有物となり、帝国のために生きていかなければならない」


 霧のように霞む頭を何とか起こして見れば、シャーロットの周りを王宮魔道士達が囲っていた。


「雨の日も雪の日も、いついかなる時も、そなたはこの国を守ることを最優先にその身を捧げよ。ルルシャラの地が魔獣に脅かされぬよう、そなたが防衛線となってこの国を守れ」


 それがどういう意味なのか…分からなくはない。だが、たった十二の娘に呪詛をかけるとは。


「シャーロットよ。その身に従属の魔法を刻む」


「じゅうぞく?」


 大人達の言葉の意味を、どれだけ理解できていただろう…。傷だらけの顔で見上げたシャーロットに、ホロギスの顔が歪む。


「っ。許せ、シャーロット。ダニエル様…どうか、どうかお許しを!」


 ホロギスの謝罪は、降り出した雨にかき消される。何がそんなに辛いのかと手を伸ばすが、疲れた身体では思うようにいかない。


 いっそう激しさをました雨脚が、シャーロットの体力を奪っていく。 


 すると、ふわりとシャーロットの身体が浮いた。ホロギスが鮮やかな手さばきで、あどけなさが残るシャーロットの身体を魔法で包んだのだ。


 あたたかい…そう感じたのはほんの一瞬。次に襲った身体が焼け付くような灼熱。


「きゃあぁぁ!!」


 そのまま、あまりの激痛に意識を失ってしまったのだ。


 

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