第3話 魔女の秘密
「いったい、どう言う事ですか!?」
リーガル辺境伯の居城に帰ると、まるで自分の城のようにくつろぐセオに、ギルフォードは苛立ちをぶつけた。
強さに憧れる騎士であれば、誰もが深いリスペクトを持つ。彼女は、尊敬や称賛を込めて手をさしのべるべき女性だ。
それなのに、晩餐まで同席する魔道士達の態度は気に食わない。とくにこの男、ホロギス王宮魔道士長だ。
「殿下自らこのような辺境な土地へおいでになるとは、思いもしませぬな」
もちろん、王宮魔道士といえ王族より権力があるわけではない。だからか…ホロギスは、あからさまにセオの存在を嫌がっている。
ちなみにシャーロットは、着替えと怪我の治療で晩餐の席にはいない。
「まあ、まずは食べようよ。この城の料理はほんと、美味しいからさぁ」
なぜ、そんなことまで知っているのか…。
「っ。とにかく説明して下さい!」
どうやらセオは、ギルフォードの婚約者と親しいらしい。まるで恋敵を見るようなギルフォードと、牽制を張るホロギス。
右に左にと、二人を交互に見たセオは、にっこりと笑った。
「やだなぁ。婚約者の屋敷で怒鳴るなんて、シャーロット嬢に嫌われちゃうよ?」
「なっ。殿下が、怒鳴らせているんでしょう!? だいたい彼女は…ほんとうにシャーロット嬢なのですか?」
「そうだよ? 美人でびっくりしちゃった?」
とたん赤くなったギルフォード。
「あれぇ〜」
「っ。そうじゃなくて! それならあの姿は…姿変えの魔法ですか?」
「違うよ。正真正銘、彼女の姿」
「じゃあその、なぜ…娘のような姿なんです?」
「魔の森の番人だからでしょ?」
そういえば、魔獣の森は時間軸が違うと聞く。魔獣討伐のため、二十年以上、魔の森を行き来して来た結果があの姿なのだ。
「勇者は知識もあるから、話が早いね。彼女は…」
話途中で、セオが言葉を止めた。
ガタン!と、勢いよく立ち上がったホロギスの椅子が倒れる。
「…それ以上のおしゃべりは、殿下でも許しませぬぞ」
怒りを隠そうとしないホロギスは、もはや皇太子への脅しだ。魔道士達と騎士団の間に緊張が走る。
しかし、当のセオは平然と食事をすすめていた。だが、その手が止まり、スッと目を細めると、ゾクリとする声で命令したのだ。
「魔道士長は帝都へ戻って。僕達は、シャーロット嬢の客人だけど、キミ達は違うでしょ?」
「我等は、伯爵の護衛ですぞ!」
「護衛?監視の間違いじゃないの?」
「っ。殿下になんの権限があるんです!」
「何? 僕が…誰か忘れた?」
「ちっ」
ホロギスの鋭い舌打ち。ギルフォードは聖剣を抜く素振りを見せる。
唇を噛んだホロギスは、ギラついた目で吐き捨てた。
「勇者の影に隠れているだけの第二皇太子が!」
「キミも、初心忘るべからず…にね」
低く、低く響く声色。いつものおちゃらけた皇太子ではない。ホロギスの額にどっと汗が滲み出る。異様な雰囲気を纏ったセオに恐怖した魔道士達とホロギスは、結局屋敷から追い出された。
ホロギスが去った後、何事もなかったように食事を続けたセオは、ギルフォードにワインを傾けながら話出した。
「僕が彼女の存在を知ったのは、帯解きの儀の時だよ」
帯解きの儀とは、男子の七歳の祝いである。
「昔はね、僕の方が小さかったんだ」
「…帝国魔道士は、ずっと彼女の監視を?」
頭のいい男と話をするのは楽でいい…と話すセオは、ホロギスを追い出した時の鋭い爪を隠した、見慣れた姿だ。
「王宮魔道士はね、シャーロット嬢が魔獣討伐から逃げないよう見張っているんだ」
「二十年以上も…。彼女だって人間だ。体調が悪い時だってあるだろう」
「そうだね。でも、魔獣を魔の森から出すわけにはいかないでしょ」
それは正論である。
この男こそ、敵に回すと恐ろしい。
「じゃあ、なぜ彼女一人にやらせるんだ?」
「そりゃあ、彼女が帝国で一番の光魔法の使い手だから」
魔獣は、光魔法を嫌う。
「見たでしょ? 彼女が光魔法で操るフェニックス。彼女の鳥はドラゴンの炎も飲み込むんだ」
「それほどの魔力がありながら、なぜホロギスの言いなりに…」
するとセオは、珍しく目を背けた。
「彼女はね、従属魔法をかけられているんだ」
従属魔法…それは、決して解くことが叶わない禁断の魔法。
「まさか…王宮魔道士長が?」
「うん。それと、僕の父上ね」
「な!」
シャーロットは、十二で『西壁の盾』を継いだと聞く。ならば、帝国の王とホロギスは、十二の娘に禁断の魔法をかけたと言うのか。
彼女でなければ、死んでいただろう。
セオは、まるで祈るよう静かに願う。
「キミと聖剣なら、呪いのような魔法を断ち切り、父上とホロギスに過ちを認めさせる事ができるんじゃないかと思うんだよね」
果たして…ギルフォードにその力があるのだろうか。
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