第2話 ソードマスターと西壁の魔女

 ギルフォードの婚約は、あっという間に 帝国中に広まった。涙を流す女は数知れず…。しかし、すぐ婚約破棄するのではないかとの噂も広まっていた。


 それから数日後、ギルフォードと帝国軍は、過熱する噂から逃れるよう西の森に向かった。表向きは、帝国内の魔獣討伐である。


 きっかけは、殿下の一言。


「二十年以上、たった一人で帝国を守り続ける女性に、スキルと戦法を学びに行くよー」


 上官命令で即座に従うセオの騎士団は、勇者のギルフォード以外も皆、正義感の強い精鋭揃い。

 

 だが、その正義感が変な方向に向いたのか…。


「戦争は暫くはおきないだろうし、まずはシャーロット嬢に会いに行こうよ。僕が王族の力で勝手に二人を婚約させちゃったけど、案外、勇者なんて嫌だって…彼女から婚約破棄されちゃうかもしれないしねぇ」


 セオからそう聞いた騎士団の仲間達は『ギルフォードに幸せな結婚を!』と、俄然いきり立っていたのだ。


「まったく…。他人の結婚なんてほっとけばいいのに」


 勇者らしからぬ顔でギルフォードが溜息をつけば、セオは笑いながら背中を叩く。


「その顔、御令嬢達には見せれないね。式典に参列している時のキミは、感情が読めない蒼の勇者なんて呼ばれてるよ。冷たそうってね。ま、それがいいんだろうけどさ。実はけっこう短気なんだけどねぇ」


(褒められてるのか、貶されてるのか)


 王族の第二皇太子で、華やかな顔立ちと帝国騎士団の師団長の肩書を持つセオに、外見を褒められても嬉しくはない。むしろ、彼の方が全てにおいて恵まれている。


「…殿下の美しさには、かないませんよ」


「あ、それはもちろん当然でしょ」


 しゃあしゃあと笑うセオが、金髪の髪をかきあげ流し目する。この場にはいない令嬢たちの悲鳴が聞こえてきそうだ。


 しかし、そんな和やかな雰囲気があったのは西の森につくまで。西壁から魔獣の森に入ると…彼女は大型の魔獣を討ち果たした所だった。


 魔獣の大きさ。

 一人で討ち果たした光魔法。

 攻撃魔法、防御シールド。

 何もかもが桁違い。

  

 それに、輝くあの鳥は…。


「まさか…フェニックス!」 


 孔雀のように見えるが、大きな翼で滑降し、彼女の頭上で光に消える。彼女が生み出した光魔法なのだ。


 間違いなく彼女の魔力は帝国一。国への貢献は、勇者ギルフォードに並び讃えられるもの。しかし、森外れの安全圏でただ黙って見ていただけの王宮魔道士からは、たった一人で魔獣を倒した彼女に手をかすわけでもなく、蔑視すら感じられた。


(…おかしい。彼女は『西壁の盾』ではないのか?)


 誰もが、そう思うのは無理もない。『西壁の盾』であるシャーロットは、ギルフォードよりも、セオ皇太子よりもずっと年上のはず。

 しかし、鮮やかな緋色の髪をなびかせて森にたたずむ彼女は、まるで自身が聖獣せいじゅうのように美しかったのだ。

 誰よりも若く、社交界の着飾ったどんな令嬢達よりも瑞々しく、まさに十代の若さを持つ乙女。


 幾多の戦場を渡り歩いて来た騎士と、ギルフォードが呆然と見つめる中、相変わらずのほほんとしたセオだけは、何時いつもと変わらぬ足取りで手を振った。

 

「やあ、シャーロット嬢、久しぶり。キミが王城に訪ねて来ないから、僕の方から来ちゃった」

 

 極限まで高めていた光魔法で、体力を奪われていたのだろう。ようやくセオ達に気がついた彼女は、弾かれたように振り向いた。


 その顔は…身体のあちこち傷だらけ。立っていることさえやっとに見える細い身体。


(この少女のような彼女が、婚約者?)


 驚きと…理由の分からない怒りがふつふつと湧き上がる。だが、彼女の身体がふらりと崩れた時には、礼儀もわきまえず腰に腕を回していた。


「っ。たった一人で…あなたは、どれだけ命知らずなんです!?」


 いきなりの罵声に驚いて顔をあげたシャーロット。そこには『西壁の壁』と呼ばれる勇ましさより、まるで孤独に耐える野良猫のようだ。しかし、初めて会う婚約者との至近距離で、思わず息をのむ。


 致命傷ではなくても、痛ましいまでの傷だらけ。しかし、朝焼けと同じオレンジ色の瞳は輝きを失っていない。


(…きれいだ)


 ギルフォードの心に温かな暁光が照らされる。

 

「始めまして。俺はギルフォード。あなたの婚約者です」




 

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