従属魔法をかけられたはずの魔女が、溺愛される理由 〜帝国最強の勇者は囚われの乙女を手懐けたい
高峠美那
第1話 聖剣とソードマスター
ここは、最強の軍事力を誇るルルシャラ帝国。この国には、代々『勇者の剣』と呼ばれる聖剣があった。どんな屈強の男でも、鞘から抜くことが叶わなかった聖剣が、たった五歳の子供が抜くといったい誰が思っただろう。
少年の名は、ギルフォード=ジャン。王家に仕えるジャン公爵家の息子である。
当時、セオ皇太子の友人として式典に参加していた彼は、面倒くさがる幼馴染の付き添いで剣に触れただけであった。しかし、少年が触れた瞬間、聖剣は光りを放ち、数百年抜き身を見せることのなかった蒼き刃を人々の目にさらしたのである。
以来『勇者の剣』は、隣国からの侵略を退け、時折現れる魔物を倒しては帝国の力を確固たるものにしていった。
しかし、ギルフォードが勇者として英雄士される一方、ルルシャラ帝国の『西壁の盾』と呼ばれて、古くより西に位置する魔物の森から帝国を守っていたリーガル辺境伯の存在は、その意義さえ人々の記憶から忘れ去られていったのである。
* * *
時は経ち…五歳の少年がソードマスターになって早二十年。繁栄と栄光を保持し続けているルルシャラ帝国の綺羅びやかな王城の一室。
継承権第二位にあたるセオ皇太子と、ギルフォードは、狡猾な毒説を言い合って…いや、ギルフォードが、上官にあたる殿下に目を吊り上げていた。
「結婚!?」
「うん。そうなんだよ。だってキミ、もう二十五でしょ。いい加減結婚してもいい年だと思うんだけど?」
「…戦争がおこるたびに、何年も俺を戦場に駆り出している張本人が、よく言えたものですね。その図々しさは、心底尊敬しますよ」
「おや、ありがとう!」
嫌味を込めて睨みつけても、この上官は全く応えてくれない。戦場でのギルフォードは、聖剣を振り下ろすたびに、
「う〜ん。僕も帝国の騎士団長としてキミと常に行動を共にしているんだけど?」
「だったら、俺に家庭を築く暇など無いくらい知っているでしょう」
「え? でも、僕は四年前に結婚してるよ?」
「ええ、そうですね。新婚二日の奥方を一人おいて、戦場にくり出す心情はいかがです?」
「ん〜、だってあの時は、急に戦争が始まっちゃったし…僕も四年ぶりに奥さんに会ったからな〜。ただ今、新婚生活を満喫中〜」
「…四年ほっといても新婚って言うのか疑問ですね」
ギルフォードが尊大に溜息をつく。皇太子相手にこの態度はどうかと思うが、二人の中は気安い。
「とにかく、あなたが新婚生活を楽しんでいるならけっこうです。ですが、俺は以前も言いましたが…」
「まって、まって!」
すでに結婚を断られるとわかっていたセオは、ギルフォードの言い訳を遮った。相変わらず余裕の笑みで、いい加減腹が立つ。
「言わんとする事はわかっているよ。誰もが認める国の勇者の手が、豆だらけだって知っているヤツは僕以外にいないし。それに、その身体だって、努力あって鍛えられたものなのに、勲章にしか目がいかない奴らばかりだからねぇ」
血の滲むような努力をソードマスターがしているなんて、誰も考えないものなのだ。
フッと力を抜けば、古くからの友は上官としてでなく、労るよう目を細めた。しかし、すぐにいつものずる賢い顔で笑うと、高らかと言い放ったのである。
「そんなキミの奥さんには、シャーロット=リーガル嬢がお似合いだと思わない?」
(お似合いって…)
脱力しかけて、ふと聞き覚えのある名に思い至りビクリと身体をふるわせた。
「え、リーガル…て、まさか『西壁の盾』と呼ばれるあのリーガル辺境伯!?」
「うん。シャーロット=リーガル嬢は、リーガル辺境伯の現当主なんだよねぇ」
ギルフォードにとって、間延びして聞こえる上官の言葉が、いったいどこまで本気なのか分からない。
その理由は一つ。
十二の娘が『西壁の盾』を継いだのは、ギルフォードが聖剣を抜く数年前だったはす。普通に考えれば、彼女は三十半ばだ。
いや、年上女性を拒む気は更々ない。だが、なぜ今なのかが問題なのだ。
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