極楽極楽。

 極楽極楽。


 ああ、いいな。

 良い。

 ずっとこうしていたい……。


 さっきまでのてんやわんやが嘘のようだ。

 いや、銭湯入店の後にも実はいろいろあったのだ。

 まず赤ちゃんお母さんが自分で自分の服を脱げない問題。年齢考えれば(精神年齢?)当たり前なんだけど、それだって脱衣所の人の目を引くは引く。これは、おばあちゃんがパッと脱がせて連れてってくれたからまだ良かった。

 大衆浴場は湯船に浸かる前に自分の体をきれいにしておかなければならない。これを理解していないのはコミちゃんで、コミちゃんは珍しくおっきな浴場に目を輝かせたかと思うと、ぱっと元気に走り出した。そんなコミちゃんをわたしは止めた(お互い泣き止んでいた。顔は赤掛かったけどね)。これもまだいい。

 問題だ。そもそもだ。

 赤ちゃんお母さん。この人はそもそも自分の体を自分で洗えない。洗うことができない。

 自分の体自分で洗うようになるのって何才頃からだっけ? とにかく。そんな二人を、わたしとお姉さんで洗ってあげる。ちなみにおばあちゃんは自分でやってた。

 コミちゃんはやや甘えている感があったな。


 うーん。

 やっぱり目を引いたけど、なんか変な雰囲気だったと思う。周りの見る目。わたしとコミちゃんはたぶん親子同士のスキンシップに映ったっぽいけど。……しかし成人女性が成人女性の体を洗っている姿はどう見てもそっち系にしか映らないっていうか……。うん。つまりね。エロ方面。

 わたしみたいな年齢の子でも今はネットがあるからね。そういう文化があることは知っている。最近うるさいしね。そういう人たちがいるんだってこともネット見ていれば自然と目に入るの。


「ふふっ、わきゃあ。くすぐっちゃ。あんふふふ。あひゃあ」

「暴れんなよ。コラ。手入りにくいだろ。はーい。手上げてー。次左ー。脚開け。脚開けってコラ。ここもちゃんと洗っとかねえとってか、こういうとここそちゃんと洗っとかねえとな。しっこだのクソだの付いてるかもしれねー体で一緒の湯船浸かられたらやだろ? ほら。ケツあげろ」

「むきゅう~っ!」


 双子がいちゃついてる……。

 傍から見ればそうとしか……。

 クソて。言うなよ。人いんだろ。


「はぁ……」

 いいや。なんかもう。わたしはすいーっと大きなお風呂を、あんまり迷惑にならない程度に静かに泳いでコミちゃんの方へと向かった。

 おばあちゃんは最初から露天に向かった。


「コミちゃん」

「あいちゃん」

 ぼんやりと、長年の染みがこびりついた天井を見上げていたコミちゃんがわたしへと向く。

 うーん。お母さんだ。

 あいちゃんって呼び方は違くて、お母さんはわたしのことあいってふつうに呼んだけれど。

 ちゃん付けされると、なんだか親戚のおばさんみたいな距離を感じる。

「お母さん」

 わたしは言った。わざと。

「お母さんじゃないよ」

 むっとされる。

 そっか。そうだね。そうなんだね。

 ふぅ。溜息をつく。

 改めてコミちゃんの体を見やる。

 どこからどう見ても六才ではない。26才のお母さんだ。お母さんではない。成人女性。

 おっぱいは大きいし、乳首はふくらんでいるし、あばらだって、わたしみたいに浮き上がってなくて、ちゃんとむにっとしたやわらかい女の人っぽい。

 横座りした姿勢はわたしが真似しても様にならなくって、こんな美人でかわいくて綺麗なお母さんがやるからこそ様になるのだって心の声も今は虚しい。

 わたしはお母さんが大好きだった。

「コミちゃんおっぱいおっきいよね」

 男子はどうだか知らないけど、女子同士の会話はいきなり核心に迫るなんてことはしない。なるたけ迂遠に。遠回しに本当に話したい話題にまでもっていく。

 ここまでバタバタしていて聞けなかったけれど……、わたしは改めて問いたい。この人たちが(敢えてこの人たちと他人行儀に呼ぼう)自身の変化をどう捉えているのかを。正体はその後だ。

 コミちゃんは言う。

「そう?」

 きょとんと。

 コミちゃんは自分の体を見、ぺちゃりと湯から出した左手で自身のおっぱいを触り、首を傾げてからそれからわたしのぺったぺたのちちを見た。

「うん。おっきいね」

「……おっきいよ。ほら」

「ふゅっ、ん」

 乳首つまんでやった。

 コミちゃんは湯船から出していた左手で唇に手をやる。人差し指を噛んで我慢するようにする。なかなかにエロい。

 無論、お母さん相手にこんなことせん。同級生にはあったかな……あったかも……たぶん、まあちゃん辺りには遊びでやっているはず。

 自分で自分の乳首やぱいぱい触ってもなんともない。が、子供じゃない大人な人は乳首が性感帯あることぐらいわたしだって知っている。

 なんか触りゃあ感じるって思ったんだ。だからつまんでやった。

「やめ、て」

「ごめん」

 パッと手を離す。わたしはわざとらしく軽くバンザイポーズ。「はぁはぁ」言うコミちゃんはやや人目を引く。未だ洗いっこしている双子ってかドッペルもどきと瞳を行き来させ、やっぱりこの人たちはそういうアレなの……? って感じで距離を取る連中・近づいてくる連中とに分かれる。無関心勢のが言うまでもなく多いからわたしは気にしない。

 キッとされる。ムッとされる。


 うーん。


 わからんなあ。

 年齢が6才ってことであれば、自身の体の変化に戸惑って『なに、この感覚? これがわたし? これは大人ってことなの?』みたいなのを引き出せるかと思っていたのだが、コミちゃんが示した反応は、悪戯された奴に対するそれでわたしは素直に「ごめんなさい」しておくしかない。


 コミちゃんは「むーん」と唇尖らせる。横座りをやめて膝抱え出した。

 乳首実験はだめだったか。我ながらばかみたいだった。

「コミちゃんはなんで学校行きたいの?」

 やり方を変えた。

 やはりいきなし核心に迫るではなく、過去、短いけどコミちゃんと過ごした中でコミちゃんに対し不思議に思ったことをまず聞くことにする。

 わたしは学校なんて行きたくないし。

 怠いし、家でずっと寝ていたい。

 意外に思われるかもしれないけど、わたしみたいな子供はとにかく朝が眠いのだ。

 まじでやだ。8時始業とか死ねって思う。

 コミちゃんは言う。

「さみしいから」

「さみしい……?」

 コミちゃんの真似して膝を抱えて前を向いていたわたしだが、首だけぐるりと巡らせた。びゃっとお湯が跳ねた。

「え。だって、あいつらいんじゃん」

「あいちゃんいないとさみしい……」

 ……これは喜んでいい場面なのだろうか?

 ううん?

 よくわからんぞ?

 4人いて、犬もいて、猫もいて(今はいないけど)さみしい?

 犬猫はそんな得意には見えなかった。得意ってか関心がないように見えたな。なんだろ? 4人は同一個体だから別人物とカウントされないのだろうか? なんて、タメダが考えそうなことを思い浮かんだ。

「学校で友達に会いたいとかじゃないんだね」

「あいちゃんいないとやだ……」

 これは母親としての記憶の想起? えぇ? わかんなぁい。でもどっちかというと、単なる寂しがりやさんにしかみえない。そう考えると小学生っていうより、園児みたいだなぁ。小学生って1年生でもそんなこと云わないイメージある。わたしの中だけど。

 あ。そういえばお母さんって早生まれだった気がする。3月30日。31だっけ? うん。とにかく。これはなんかキーっぽい。

 あれ?


「あれ? そういえばコミちゃん。怪我は? 包帯……してたよね?」

「邪魔だから取った」

 あっさりとコミちゃんが言った。

 ぐっと持ち上げて見せたのは先程噛んでいた左手、視線で示された肩から肘に掛けてはつんつるてん。

 玉のような雫が何の引っ掛かりもなしに湯船へと落ちる。


「傷は……?」

「治った」

 


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る