「聞き辛いこと訊いてもいい?」

「聞き辛いこと訊いてもいい?」


 って、言ったらまあちゃんはわたしが見たこともないくらいに瞳を大きくさせ、あまつさえ口をあんぐりと開けた。

 から指突っ込んでやった。

「ぶへぇっ!」

「きたね~」

「あんたがっっっっ!!!!」

「あァ?」

「あー、もうっ! ぺっぺ」

 ふへひ。まあちゃんが顔をしわくちゃにしている姿がたいへんに面白い。わたしは指をどうしようか悩み乾くに任せた。うち帰ったら洗おう。

「で?」

「聞き辛いこと訊いてもいい?」

 ようやく整ったまあちゃんが改めて聞いてきたからわたしは改めて訊く。まあちゃんは「だからそれが。うん。それにびっくりして。したの」とちょいちょい言い直しながら喋った。

「それがってどれが?」

「あいちゃんがそんなこと言うなんてって。人のことなんも考えないあいちゃんが。どうでもいいって思ってるあいちゃんが」

「聞き辛かったから」

 まあちゃんが露骨に嫌そうな顔した。

「言い辛いこと言っていい? って言う人って好感度下がるんだって」

「なにそれ。どういう意味?」

「ネットで見たんだ。だったらもうパッと言っちゃった方がいいんだってさ」

 ふうん。

 まあちゃんなりの気遣いだろうか。

 必要ありそうな理屈っぽい部分をぜんぶはしょってるもんだから、話に疑わしさしかないけど。

 身構えてもらった方がいいんじゃないの? っていう。

 まあいいや。じゃあ。

「言い辛いこと言うね」

「そーゆーいじわるやめなっていつも言ってるで――」

「再婚したお母さんってどんな感じ?」

「あー……」

 まあちゃんが「それかー」って顔をした。微しわくちゃ。


 まあちゃんのお父さんとお母さんは離婚している。ごく最近のことだ。そして、ごく最近お父さんは新しいお母さんと再婚したらしい。わたしは会ったことないが、きれいな人だと聞いた。まあちゃんは複雑そうな顔をしていた。前のお母さんはべつに死んだわけじゃなくって生きている。けっこう自由な人だったらしい。離婚の原因はどちらか言うまでもなく前のお母さんにあるのだとか。

 でも、まあちゃんは前のお母さんのが好きだった。

 離婚してから二ヶ月くらい経つ。一度も会ってないらしい。


「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーふつう」


「ふつうって?」

 間髪入れず聞いた。悩ましげなお声は聞いてくるなっていうより、逆に聞いて欲しいからわざわざやったんだって判断。

 予想通りまあちゃんはよく喋った。

「だんだん慣れてきたよ。料理や洗濯やお掃除とか必要なことは全部やってくれるし、それは前のお母さんよりよっぽど良くなったんじゃないのかな。必要以上に気を使って線引してきてる感じがするからそこはなおして欲しいけど。気持ち悪い。でもいきなり距離詰められたらそれはそれで嫌だから、今のままがちょうどいいって思うけど息詰まるっていうかね? だからあたし前のお母さんの人としてダメって方が落ち着くっていうのあるんだ」

 なげえ。

 伝わるけど。

「慣れるもんなの?」

「ずっと家にいれば、それは」

 アレらがずっと家に……考え、わたしはぞっとする。

「なんて呼んでる? お母さん?」

「よっちゃん。むりしなくていいって言われたからそうしてる。お母さんって呼ぶのはやだったから。あたしのお母さんはお母さんだけだし」


 さて。


 本当に聞きたかったことと、本当に聞き辛かったこと。これは聞いたからには、わたしもやらなきゃなって、意識を今日から変えなきゃなって、表れであり決意の表明だ。

 言ったからには・訊くからにはってやつさ。

 よし聞こう。

「よっちゃんのこと、ちゃんと知ろうって思ったりする? やってる?」

 まあちゃんはあっさり言ってのける。

「やってるよ。毎日」

 わたしはたじろぐ。

 そんなわたしの様子を見ようともせず、まあちゃんは腕を頭の後ろに組んで空見上げて呟いている。

「毎日。これからずっといっしょにいるんだもん。ダルいけど」

「どういうふう?」

「お手伝いしたり。そういうときにさりげなく」

「訊く?」

「ううん。そうやってこっちから距離詰めてやったり、時間持て余したりすると、向こうが気まずいのか沈黙嫌ってかなのか喋らなきゃって思うのか勝手に喋り始めるんだ。あたしはてきとーに聞き流してるだけだけど。まあ……」

 まあ、から先は待っていても出てこなかった。


 ダルさ全開なまあちゃん。べつにわたしの影響受けてるとかじゃなくって、まあちゃんは最初からこんなだった。

 わたしが怖がられてるとかこいつは言ってるが、言ってる本人もまあまあ恐怖されてたりする。


「知って良かったって思った?」

「うーん。ちゃんとした人過ぎて人間的に合わないなーって思ってるかも」

「……」

 たぶん、まあちゃんがわたしの親友なのにも相応の理由があるんだろうな。

 相性というものがあるんだろう。

「もいっこ。前のお母さんのことで後悔していることは?」

 まあちゃんは顔をしわくちゃにした。

 ちょっと涙が滲んでる。

 わたしはそっと顔を覗き込み涙を拭ってあげる――

 ……飛び退かれた。

「ばっちぃなぁっ!!!??」

「てめーの涎だ」

 まあちゃんは目尻をぐしぐしした。そうして手の臭いをくんくん嗅ぐ。まだ目尻に涙が滲んでいてしきりにごしごししている姿はわざとらし過ぎる。

 待った。

 やがて言ってくる。


「あたしお母さんのこと何も知らなかったなって。もっとちゃんとお母さんのこと、お話、聞きたかったよ。自分のことばっかりで聞こうともしなかった。だってお母さんってどうしようもなかったんだもん。お酒飲んで寝て食べて。帰りも遅い。そんでもってあたしやお父さんに命令するんだよ? だからあたしね、いっつもいっつも文句垂れてそれで、それで、それで……お母さんはどっか行ったと思ったらそんで離婚でそれでさ……」


 そこから先は言葉にならない。


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