第十八話:水の謀略

 会議室へ戻った後、騎士と女王全員が立ち合いの下でフレインがメラネミアに土下座して罪を悔い改めて許しを乞い、二度と彼女を蔑ろにしないという誓約を交わして仲直りの儀式は無事終了した。ルーテリアが魔法の水晶で記録映像も残しておいてくれたので、今後再び同様の痴話喧嘩が起こったとしてもずっと対処が容易になるはずだ。願わくば金輪際こんな騒動に巻き込まれるのはごめんだと誰もが思っているだろうがね。さて、炎の二人組が盛大に議場を炎上させてくれたおかげで、貴重にして限られた会議時間がことごとく浪費されてしまい、振り回された他のメンバーもすっかり疲弊してしまってもはや会議どころではなくなってしまったため、結局その日はそれでお開きにして解散することに決まった。本会議の進行役である《地の宰相》に話を聞いたところによると、この調子では会期が延長される可能性が高いとのことだ。予定通り明日一日で全てが綺麗に片付くとは俺も思えないから、最低でももう二、三日は必要になるだろうな。だがそれは正直俺にとってはありがたい。またここで全員を国に帰らせたら、次の定例会議まで一同が会する機会は無い。事件捜査も大詰めでほぼ終わりかけているのだから、俺としては今回でケリをつけてしまいたいのだ。一応今日のどたばたで炎の秘め事は明らかになったと思うので、明日は水の謀略について徹底的に追及しよう。そう思っていた矢先、まさかの珍事がまたしても俺の予定を狂わせた。

「ステラさん!ウォーリーを探して!」

翌日の早朝、そう言って血相を変えたフェルが俺の部屋に飛び込んできたのだ。

「ウォーリー?」

言わずと知れた、かくれんぼが異常に得意でいつも赤と白の縞々の服を着ているひょろ長いお兄さん?ホーリレニアにもいるの?あいにく俺は何時間かけても見付けられないくらい苦手なんだけど、急にどうしたんだ?寝ぼけ眼であくびをしながらそう聞き返すと、フェルはちんぷんかんぷんな顔をして首を傾げた。

「誰の話?ウォーリーはいつも青い服しか着てないよ?」

フェルはそう言い終えたところで何かに気が付き、はっとしたように両手で口を押さえた。

「もしかして、ウォルトのことか?」

俺が記憶している限り、ウォルトとフレインとアエルスは誰からも愛称で呼ばれていなかった気がするが、《ウォーリー》と言う響きと服の色の情報から言ってウォルト以外に有り得ない。フェルは観念した様子でこくりと頷くと、この呼び方は二人きりの時しかしない約束だから内緒にしてくれと俺に懇願した。もちろんフェルの頼みなら喜んで他言しないと誓うけど、何か急にこの二人の関係が怪しく思えてきてちょっと複雑だ。

「探して欲しいってことは、姿が見付からないんだよな?いつからだ?」

「昨日の会議の後で話した時、ちょっと変だったの。それで、今日の朝部屋に行ってみたらいなくて……」

ということは、失踪したのは昨晩から今朝の間だな。ちなみに現在時刻は午前六時。会議の開始時刻は午前十時のはずだから、まだ時間がある。用事にしろ散歩にしろ、会議までに戻ってくれば別に問題は無い。そう思ったのでとりあえず一旦様子を見ることにして、フェルには部屋へ戻るように言ったのだが、彼女は更に不安そうな顔をするばかりで立ち去ろうとしない。

「それじゃあ、それとなくアーシス城の周辺を探してみるけど、今はまだ他の人にこの事を話さないでくれ。もし会議の時間になってもウォルトが姿を現さなかったら、その時はみんなにも捜索を手伝ってもらおう。それで良いか?」

俺がそう言うと、フェルはようやく少しだけ安心した表情で「ありがとう」と言い、俺の手を握った。


 俺が今日の会議の場で《ウォーターゲート事件》について追及するつもりでいることは、ウォルトも察知しているに違いない。だから、皆の面前で糾弾されることを恐れて逃げ出したとしても何もおかしな点はないと言える。しかし、俺が知る限り、ウォルトは恥を晒して敵前逃亡するような男ではない。背を向けて逃げ出すよりは、知恵を絞って相手を丸め込む策を練りそうなタイプだ。それに、今この場所から逃げたところで、事態はむしろ悪化するだけだ。ウォルトが居なければフェルに話を聞くしかないわけだが、そこでフェルが全ての罪をウォルトに着せて無実を主張したら、真実はどうあれウォルトの立場が断然悪くなる。その上彼はその場に居ないから自己弁護も出来ない。少なくとも、俺ならそんな馬鹿なマネは絶対しない。それなら、彼は一体何処へ消えたのか。実はウォルトとかなり親しい関係らしいフェルがあれだけ取り乱しているのを見ると、どうもただの散歩とは思えない何か不審な点があるのだろう。そんな事をとめどなく考えながらアーシス城の周辺を一回りしつつ、早起きな地元民達にも目撃情報がないか尋ねてみたが、収穫は何も得られなかった。地上を探す俺と並行して空からの捜索を行ってくれたフェルの方も、それらしき人影は発見出来なかったとのことだった。そうこうしている内に会議開始の時間が迫り、俺とフェルは会場にウォルトが姿を見せる事を密かに願いながら会議室へと向かった。

 会議開始の五分前。円滑な進行のためにこの時点で着席して待機してくれているようにと《地の宰相》が念を押して三度も繰り返し言い聞かせたにもかかわらず、その場に集まって待っていたのは参加者全員ではなかった。騒がしい炎の連中が二人揃って仲良く居ないし、寝坊助だというアエルスも見当たらない。しかし、そこには俺達が今朝ずっと探し回っていた人物が涼しい顔で座っていた。彼は唖然として突っ立っている俺とフェルに気が付くと、いつも通り礼儀正しく挨拶をしてくれた。こちらとしては拍子抜けして言葉も出ないのだが、俺達がずっと彼を探していたなんて本人は知る由もないのだろう。

「どこに行ってたの?部屋にいなかったでしょ?」

「そうだぞ、ウォルト。俺とフェルはお前のことを今朝からずっと探してたんだ」

俺とフェルが口々にそう言って詰め寄ると、ウォルトは背後に立って無言で目を光らせている氷結の女主人を一瞬横目に見てから「それはご迷惑をおかけしました」と苦笑いを浮かべた。

「今日の会議が不安でよく眠れなかったので、少し散歩に出掛けていたのです」

まだ状況を完全に理解していないフェルが、すかさず「なにが不安なの?」とウォルトに聞き返したけれど、ウォルトが適当にいなして話をごまかした。やっぱりただの散歩だったのか。それで一件落着になるはずなのに、俺はその時何故か言い知れぬ違和感を覚えた。妙な胸騒ぎがする。フェルも同様のことを感じていたのか、何か腑に落ちない表情で一度俺を振り返ったが、ちょうど遅刻組が時間ギリギリに駆け込んできて空気が乱れたので結局そのまま何も言わずに自分の座席に着いた。


 今回の特別会議の議題は、新女王の選定とカリスペイアの葬儀についてであって、事件捜査とは本来全く無関係なので、俺のせいで一同が会議に集中出来なくなるのを避けるため、《地の宰相》とは会議の本題優先でもし時間が許せば捜査の話をして構わないということで事前に取り決めを交わしていた。《地の宰相》は俺が前回新女王の選定にかこつけて自分の推理を披露し、結果として場を紛糾させたことを快く思ってはいないので、覆轍を踏まされる前に先手を打ったわけである。そういうつもりではなかったんだが、彼の愛娘を新女王に推薦しておいてよかった。さもなければ今頃追放の憂き目に遭っていたかも知れない。

「それでは、本日は引き続きカリスペイア様の葬儀についてお話を進めて参りたいと思います」

全員が着席しているのを確認し、進行役の老人が恭しく開会の言葉を述べる。

「ところでステラ。結局あのカリスの遺体は本人なの?マミーじゃないの?」

早速会議の流れをぶち壊しにかかるメラネミア。

「ミイラになるほど干からびてないだろ。もし偽物のつもりで言ったならそれは《ダミー》だ。お前は別の意味でそうだがな」

親切に解説したやったつもりだが、あの顔だと俺が今言ったことの半分も理解していないな。だったら背伸びして外来語なんて使うなよ。だがこの話はこれで終わりだ。わざとらしく咳払いをした老人が、射殺さんばかりの鋭く刺々しい眼光で俺を睨んでいるからな。初っ端から話の腰を折ってしまって申し訳ないが、今のは百パーセント俺のせいじゃないぞ。

「ええ……では、改めまして。前回までの議論におきましては、カリスペイア様の葬儀方法につきまして、土葬、鳥葬、混合葬の三案が提案されてございます。どの案もそれぞれ利点があり、一つに決めるのは大変難しい選択になろうと思われますが、今一度皆様がどのようにお考えであるのか、ご意見をうかがいたいと思います」

《地の宰相》は仕切り直してそう述べると、まず北側の席に座っているルーテリアを指名した。彼女は前回同様土葬が最も相応しいと主張し、説得的な口調で簡潔にその根拠を皆に示した。その次はウォルトのはずだったが、黙っていられなくなったメラネミアがまたしてもここで流れを乱して口を挟んだ。土葬はグランビス人グランビアンにとっての慣習ではあるが、女王に適用された例は無いし、土葬だと自分達が具体的に葬儀に関与することが出来ず、ただ黙って見送るだけになるので嫌だというのだ。それはそれで理解出来る考えの一つに聞こえる。しかし、それを聞いたフェルが、それなら《代替わりの大禍》に倣って風でカリスペイアを送るのが妥当だと声を上げた。これもわからなくはない理屈なのだが、《代替わりの大禍》による竜巻で《地の女王》が命を落とすのと、鳥葬で女王を送るのは根本的に別問題だと冷静に指摘するルーテリアの言い分ももっともだ。

「ステラはどう思う?」

メラネミアの高圧的な一言と同時に、一同が一斉に俺の方へ視線を向ける。《地の宰相》が目だけで「土葬を支持しろ」と訴えているが、その圧力に屈して自分の意思は曲げたくないので気付かないふりをしよう。

「そうだな……。俺の個人的な見解としては、女王と騎士全員が何らかの形で役を担えるような形式にするのが一番だと思う。つまり、基本的にはメラネミアの意見に賛成だ。ただし、ルーテリアが主張する土葬の習慣や、フェルが言う風の力も蔑ろにせず、上手く組み込むのが最善だと思う」

要するに、一言で言えばいいとこ取りした折衷案にしろと言いたい。どうせ誰も自分の意見を譲る気はなさそうだから、既出の案のどれかに決めようとすれば絶対に不和が生じる。それなら、お互いの意見を取り入れあって新しい形を提案して妥協するしかない。懸命なルーテリアとウォルトはこの案に賛成してくれるようだし、フェルとアエルスも自分達の意見が反映されるなら文句は無さそうだ。それに、何と言っても一番口うるさい女王様の意見に賛同を示したわけだから、機嫌を良くした彼女が持論を蒸し返して再び炎上するようなマネはするはずがない。これで万事解決だ。《地の宰相》は少し残念そうな顔をしているが、最終的には諦め半分で納得してくれるだろう。

「それでは、混合葬で決まりということで、皆様よろしいですね?そうと決まりましたら、次は具体的な内容と式の段取りについての話し合いに移るとしましょう」

もめにもめた葬式の方法が決まって以降の議論は、それほど難航することなく比較的順調に進んだ。その気になれば本日中に結論をまとめられそうにも見えたのだが、進行役は最難関を無事に突破したことだけでも十分満足したようで、結論を急ごうとはしなかった。それで、大方の段取りまでが決まると、会議を閉会して残りの時間を俺の捜査のために割いてくれた。宰相の粋な計らいに心から感謝して、こちらもやるべきことをやり遂げよう。


 会議の後で一度休憩を挟んだ後、俺は再び女王と騎士の全員と同じ場所で顔を合わせた。

「昨日は炎の二人組から色々聞きそびれていた話を聞いたので、今日は水の二人から話を聞いてみたいと思う」

俺は開始の言葉でそう言って本日の調査対象者達を発表すると、ルーテリアに視線を送った。残念ながら今日彼女が皆に打ち明けねばならない真実はとても不名誉で、批判必至の後ろ暗い告発になるだろうが、不正を許さない高潔な彼女の覚悟はそれでも揺らぐことはないと見える。そんな頼もしく立派な女王陛下は何の心配も無いのだが、不安なのは少々気弱な彼女の騎士の方だ。彼こそがこの陰謀の主犯なのだから、しっかり全てを自白して罪と向き合ってもらわねばならない。きっと不安と恐怖で青ざめているに違いないと思って彼の方を見てみると、意外にも平気な顔をしている。ちょっと期待外れだが、肝を据えて証言してくれるというのならそれに越したことはない。

「ステラさんの聴取に先立ち、わたくしから皆様に、QWに関する不正が行われていた疑いのある事実が確認されたということをお伝えしておかなければなりません」

ルーテリアが透き通った声でそう告げると、一同の間に衝撃が走ってその場は一気に騒然となった。そんな周囲の様子をうかがうふりをしてそれとなくフェルの表情を盗み見てみると、彼女は少し緊張した様子で口を真一文字に結んでいる。隣に居るアエルスはただただうろたえているが、核心を突かれて動揺しているというより、初耳の事実に度を失って狼狽していると言った感じだ。彼はフェルとウォルトの密会は知っていても、仲間には入れてもらえていないような口ぶりだったから、本当に何も知らないのかも知れない。それに対してフェルの方は、一心に誰かを見つめている。その視線の先に居るのは、不自然なくらい泰然と構えている《水の騎士》だ。

「ルーテリアが今証言してくれた通り、事件捜査の一環でQWについて調べていた時に、偶然不正談合の痕跡を発見した。当初は事件と直接関係がないと判断して非公表とするつもりだったが、知っての通りあらゆる可能性を考慮して事件を調査し直すことに決めたので、この件についても例外なく追及させてもらうことにする」

前置きを挟んで皆の注目を惹きつけつつ、もう一度だけウォルトを瞥視する。やはり動じる気配がまるでない。これは奇妙だ。

「んで、その不正ダンゴってのは一体何なんだ?」

フレインが尋ねる。俺が思うに、馬鹿な奴ほど考えなしだから気が短い。我ながらこれは真理だと思うが、今はこんなことで悦に入っている場合ではない。ウォルトの澄まし切った顔が気掛かりだが、彼が何を考えているのかは話を進めればいずれ明らかになるはずなので、今はとにかく話を続けよう。

「俺が今回追及しようと考えているのは、ウォルトとフェルによる談合についてだ。俺の捜査協力者の一人でもあるルーテリアがこの件を《ウォーターゲート事件》と名付けて秘密裏に捜査してくれていた。それによると、ウォルトは公務を装って度々フェルの元を訪問し、QWの戦略について密談を交わしていた。QW内では敵国同士の彼らだが、その実現実では仲良く結託していたというわけだ。それで、二人は長らく膠着状態になっていたQWの戦局を一変させるため、グランビスへの侵攻を計画したんだ。だがこの計画は、カリスペイアが倒れて強制的に休戦となったおかげで頓挫した」

俺が言い終えるや否や、メラネミアとフレインが異口同音にウォルトを罵り始めた。フェルは口を噤んだまま俯き、アエルスが心配そうに顔を覗き込んでいる。とりあえずみんなウォルトのせいにして彼を槍玉に挙げているが、本人は批判も罵声もどこ吹く風だ。

「お言葉ですが、ステラさん。僕がフェルと談合してグランビス侵攻を画策したという確たる証拠はありますか?」

何を言い出すかと思えばそういうことか。俺の調査は基本的に聞き込みだけだから、立証するのが不可能だと踏んで容疑を否認する魂胆だったのか。確かにそれが上手くいって皆の前で無実を証明出来れば、もう誰も彼を疑わないだろう。だがそう簡単にはいかないぞ。そもそもQWでのグランビス侵攻計画を暴露したのはお前だし、その証拠もちゃんとQWの履歴に残っているとの話だったじゃないか。

「それじゃあ、QWを調べてみてくれ。フェルがグランビスへ宣戦布告した事実と、ウォルトの軍が宣戦布告以前にグランビスへ進軍した事実が確認出来るはずだ」

そう言うと、メラネミアが確認しようにもデバイスが無いと言って騒ぎ出したが、用意の良いルーテリアが自分の物を持参してあると言って机の上に置き、駄々っ子を一瞬で黙らせた。さすが、ルーテリア様。見事なお手際。ところで、オンラインゲームだとは聞いていたので何となく想像はしていたが、本当に予想通りのノートパソコンみたいなの持ち出してこられると世界観が崩壊するな。みんな一斉にルーテリアのパソコン(本当の名称は不明だが、便宜上こう呼ぶ)の前に集まって何やら真剣に画面を見つめているので、俺もひょっこり横から覗き込んだらメラネミアに弾き出された。もう国家機密じゃ無いんだからいいじゃないかと言ったんだが、それでもメンバー以外は閲覧禁止だそうな。ちぇっ。

「ちょっと、ステラ!」

再び怒声が俺を呼ぶので何かと思って顔を上げると、メラネミアは苛ついた顔で俺を睨みつけ、

「あんたが今言ったこと、全部デタラメじゃない!」

不信感丸出しに俺を怒鳴りつけた。いや、そんなはずはない!だって仮に談合の話自体が全部嘘なら何のためにウォルトはそんな話をでっち上げたって言うんだ?そう思いながら縋るようにルーテリアに視線を送ったが、どうやらメラネミアの言う通り証拠は何も見付からないらしい。

「まさか……記録を改竄したんじゃないだろうな?それでお前は朝からしばらく行方不明だったんじゃないのか?」

「そんなはずないでしょう。ステラさんが何か勘違いをしていただけではありませんか?」

しれっととぼけているところを見ると、ますます怪しい。こうなったらルーテリアに説得してもらうしかないかと彼女を見るも、ルーテリアは少々乗り気でなさそうだ。勇気を持って自分の騎士の不正を告発したはずが、証拠隠滅を計ってしらばっくれたのだから無理も無い。これ以上騎士の品位を貶められるくらいなら、不問にして水に流したいのだろう。彼女の立場からすればその方がいいのは明白だが、俺はどんな小さな不正でも決して見逃す気は毛頭無い。QWが偽装工作済みなら、何とかして自白させるなどして別の方法で罪を証明するまでだ。

「ねぇ、ステラさん。ぼくがグランビスに宣戦布告した話は誰から聞いたの?」

ここで、今まで沈黙を守ってきたフェルが小さな声で俺に尋ねた。

「ウォルトだよ。最初は捜査に協力的なんだと思ってたのに、最後の最後でこれじゃあ、何か裏切られた気分だ」

フェルは「そっか」と言って目を伏せると、続けて俺にこう言った。

「この事件とカリスの事件が関係ないって証明してくれるなら、ぼくがステラさんを助けてあげる」

唐突にそんな条件を切り出してきたフェルの目は、俺がよく知る無邪気で無垢な瞳ではなかった。


 率直に言って、俺は《ウォーターゲート事件》とカリスペイア暗殺事件に密接な繋がりがあるとは今の所考えていない。前者の事件はウォルトとフェルが共謀して計画したQW内でのグランビス侵攻についてであって、現実のグランビスとは全く関係がないからだ。ただし、ウォルトがカリスペイアに密談を持ちかけて共犯者の一人にしてしまっているので、その点に対するカリスペイアの対応如何によっては暗殺事件との因果関係を否定出来なくなる可能性もある。例えば、ウォルトから話を持ちかけられたカリスペイアがジェネスにも相談し、真面目な彼がそれは明らかな不正だと憤って他の女王と騎士にも周知しようと動いたりしたとすれば、保身のためにウォルトが口封じを考えたとしても不思議はない。現に彼はQWの履歴をいじって自分が過去に証言した内容の証拠を消去すると言う暴挙に及んでいるので、殺さなかったとしても無力化するくらいの策は講じるだろう。ウォルトは水と氷を操る魔法が使えるはずなので、何ならカリスペイアを氷漬けにしたのかも知れない。それなら彼女が現時点ではまだ生きているとする仮説も説明がつくではないか。ジェネスをどうしたのかはよくわからないが、あのナイトはクイーンを人質にとれば簡単に落ちそうだからどうにでも思い通りに操縦出来るだろう。このようにQWが暗殺事件と相関関係を持ち得ることを噛み砕いてフェルに説明すると、彼女はしばらく難しい顔で悩んだ挙句にこう言った。

「でも、カリスとジェニーはルールーと仲良かったよね?ウォルトからジェニーの悪口も聞いたことないから、ウォルトはジェニーとも仲悪くなかったと思うよ」

ふむ。それなら少なくとも殺意は否定出来るか。どの道今俺が考えた仮説だとジェネスの所在が不明になるし、そもそもカリスペイアを凍らせてQW自体を休止に持ち込んでも彼にはメリットが何も無いよな。

「それなら、何でウォルトは今になってデータを改竄したりしたんだ?彼がQW内で不正を働いたのは紛れも無い事実だからそこは言い逃れ出来ないだろうし、そうして真実が明るみに出れば非難されるのは避けられないだろうが、この件はウォルトだけの問題じゃないだろ?」

あえてフェルの名は出さなかったが、彼女も責任は感じているらしく、ばつが悪そうに視線を落とした。まあ、心配しなくても満場一致でウォルトだけが断罪されるだろう。フェルはみんなから愛されているからね。哀れ、ウォルト。

「もし……ウォーリーがそうしたのが、自分のためじゃなかったら……?」

囁くように小さな声でそんな意味深な一言を告げると、フェルは再び顔を上げて俺の目を見た。ウォルトには大変申し訳ないが、その考えは全く俺の頭に浮かばなかった。でも、そうか。ウォルトが有罪になればフェルも道連れになるし、そんな騎士を野放しにしていたルーテリアの面目にも傷がつく。その上 《ウォーターゲート事件》そのものが暗殺事件と関係ないのなら、余計な詮索で関係者が周囲の信頼を失うだけだ。たかがオンラインゲームでの些細なチートをそんな大事にされるくらいなら、いっそなかったことにしようと思ったのか。

「何にせよ、俺が今持っている情報だけでは二つの事件が関係しているとは断定出来ない。だが、いずれにせよ、俺はこの不正疑惑も正しく裁かれなければならないと思っている。だから、俺に協力してくれないか?」

フェルは一度ウォルトの方を見つめた後、「わかった」と言って頷いた。俺達がこうして話している間、他のメンバーはルーテリアのパソコンで何かをしていたらしかったが、それにもいい加減飽きたのか折りよく話が済んだ俺達の方へ視線を向けた。

「悪いが今日の聴取は打ち切りだ。続きは明日の会議の後にする」

解散宣言を聞いた一同はがっかりしたり不平を漏らしたりしながらぞろぞろ部屋を退室していき、室内には俺とフェルとルーテリアだけが残った。

「それでは、ステラさん。今後はどうなさるのか、もうお考えですか?」

不安そうな口ぶりのルーテリアに、俺は自信を持って深く頷いた。

「フェルに協力してもらう」

まるで最終手段みたいな言い方でフェルを紹介してしまったものの、俺は実際に彼女がどれだけの可能性を秘めているのかなんて、この時は全く考えてもいなかった。

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