餌付けされた護衛令嬢は、冷酷侯爵の溺愛に気づかない〜美味しいご飯が専属契約の条件って最高です!〜
海空里和
第1話 出会い
「初めまして。ミリー・ソワイエと申します。王太子殿下の命で参上しました」
アルフィーは目の前で跪くミリーを見て、あ然とした。
ソワイエ伯爵家といえば、代々優秀な騎士を輩出する一家だ。現にミリーの兄二人は、騎士団長、王太子付き近衛とそれぞれを任されている。
(こいつが?)
目の前で綺麗なお辞儀を見せるミリーは、どこからどう見ても、❘ただの《、、、》ご令嬢だ。
自分と同じ16歳だというのに、栗色の瞳はどこかあどけなく、編み込まれた同色の髪が左右にぴょこっと跳ねており、それがなおさら幼く見せていた。
(それなりの格好をさせているようだが、侯爵家との繋がりが目的か?)
アルフィーはミリーの着る騎士服をじっと観察した。彼女のサイズに合わせて作られたであろう騎士服は、この国の正式なもので、白を基調としたジャケットとパンツ、首元には金色のタイが締められている。腰には剣帯が取り付けられており、剣はミリーの横に沿うように床に置かれていた。
(ソワイエ伯爵家の令息たちは妹を溺愛していると聞く。騎士の真似事なんてさせて、何が目的だ)
「侯爵様?」
思考の海へ漕ぎ出していたアルフィーは、ミリーの声で呼び戻される。
なんとも緊張感のないポワポワとした笑顔で見つめてくるミリーに、アルフィーは溜息をついた。
「僕は護衛なんて頼んでいない。しかし、王太子殿下の命では仕方ない。適当に過ごしてから帰れ」
ミリーはアルフィーの言葉にぽかんとした表情を見せた。
(こいつが僕へ近付くために兄に泣きついたのだとしたら、酷いと言って泣き出すだろうか。それとも兄のほうの命ならば縋り付いてくるか……)
またしても考え込むアルフィーに、ミリーがにっこりと笑った。
「侯爵様の瞳、空の色のようで綺麗ですね!」
「は!?」
斜め上のミリーの返答に、アルフィーの口がぱっかりと開く。
「黒い髪も黒曜石のようで……わたし、こんな綺麗な男の人に、初めてお会いしました!」
「な……な!?」
お世辞なんか言ってどういうつもりだとミリーを睨む。しかしミリーの澄んだ栗色の瞳が、その言葉が嘘ではないとアルフィーに訴えかけた。
(うっ……!)
アルフィーは幼い頃から周囲の顔色を注意深く見て育ってきた。だから人の嘘にはことさら敏感だった。
「侯爵様はわたしがお守りしますので、お任せください!」
(なんなんだ、この女は!?)
つんけんと話す自分に怒るでも悲しむでもなく、にこにこと話す。ミリーのぽわほわした空気に、アルフィーはのまれそうになった。
アルフィー・ロカールは、16歳にして侯爵位を継いだばかりだった。彼はアカデミーを飛び級で卒業するほどの天才だ。同じ歳になる王太子の側ですでに公務を手伝い、彼が王位を継ぐそのときには宰相の椅子が約束されている。
しかしその道は順風満帆というわけでもなく、この国は第二王子を王にと推す貴族と王太子派でたびたび争いになっていた。
王太子に一番近いアルフィーが命を狙われることも何度かあり、前侯爵は息子を守るため、表立って手出しができない立場――侯爵位を譲ることにした。
さらに誰のことも信じなくなった息子を心配して、前侯爵が王太子に護衛を融通するよう頼み込んだ結果、ミリーが派遣されてきたわけだが――――。
「守る? お前が?」
ハッとのみこまれそうになった自分を取り戻し、アルフィーは怪訝な表情をして見せた。
「はい。ソワイエ家の名誉にかけて、侯爵様をお守りしてみせます」
さきほどまであどけなかったミリーの栗色の瞳に強い光が宿った。と思えば、すぐにニコーっとした表情に戻る。
「……レイ、部屋に案内してやれ」
「よろしいのですか?」
客間の隅に控えていたレイ・カーダイルはアルフィーの従者で、補佐官も務めている。アルフィーが唯一側に置いている存在だ。四つ年上の彼はアルフィーに従順で、シルバーアッシュの髪と瞳を持つ端正な顔立ちである。丸い眼鏡は彼の真面目さをより引き立てていた。アルフィーと並んで立てば、全てのご令嬢が二人に熱い視線を送ると噂されるほど、綺麗な顔の造りをしている。
「王太子殿下が関わっている以上、無下にはできないだろう」
にこにことこちらを見ているミリーを横目に、二人はひそひそと耳打ちする。
「……ソワイエ家も王太子派の貴族。害はないと存じますが……」
「はっ、俺を殺しに来たんじゃないなら、侯爵家に取り入るために娘を寄越したんだろう。ソワイエもなかなか、したたかじゃないか。脳筋一家だと思っていたのに」
「……ソワイエ伯爵家なら縁を結んでも問題ないのでは?」
「お前はどっちの味方なんだよ!」
* * *
(…………仲がいいなあ。侯爵様は冷酷なお方だと噂されていたけど、今も変わらずお優しい方だわ。あの頃のまま、綺麗な瞳をされていたもの)
ヒソヒソと話し合う二人を見て、ミリーはぽややんと兄たちのことを思い出していた。
二人の兄はミリーを可愛がっており、二番目の兄からは特に溺愛をされている。
王太子より今回の任を賜ったとき、近衛に付いていた二番目の兄が「だめだ、あんな冷酷な奴のもとになんて!」と最後まで反対していたことを思い返す。
王太子と上の兄が何とか宥めたが、まだ納得していない様子だった。
(お腹空いたなあ……)
まだひそひそと話す二人にミリーは意識を戻す。
『ミリーならロカール侯爵と同じ歳だし、きっと打ち解けられるよ』
騎士団長を務める一番上の兄は、優しくて穏やかで強い。ミリーに剣や武術を教えてくれたのは一番上の兄だ。ミリーは尊敬する兄の言葉を反芻しながら目の前を見る。
(お側に置くのはカーダイル様だけ。本当なんだわ)
侯爵位を継いだばかりのアルフィーの屋敷は、周りを取り囲むようにして物々しく私兵が配置されていた。
ミリーは視線だけ動かして、周囲を確認する。
屋敷の周りはあんなにも厳重なのに、中ですれ違った使用人は数えるほど。彼の境遇を思えば、使用人の数を絞るのは当然のように思えた。
『アルフィーのこと頼んだよ、ミリー』
(はい!)
王太子の言葉を思い返し、ミリーは心のなかで元気よく返事をした。
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