第33話 獣

【サリアside】


 訳あって、私はアランという名前に男の子に治癒魔法を教えることになりました。


 アランは私が病気の治療をしているプリシラのお兄ちゃん。昔は悪戯好きな子で、プリシラからも嫌われてしまっていたみたいだけれど……今はとっても素直な良い子だそうです! 最近は診察の際、プリシラが嬉しそうにアランのことをお話ししてくれます。


 それからニナの話によると、メリアとダリアがその才能を見て随分と入れ込んでしまっているそうで、いつも授業ばかりで疲れが溜まっていないか心配なのだとか……。


 ――間違いありません。ここは私の出番ですね!


 *


「すやすや」


 疲労が回復する簡単な治癒魔法をかけてあげると、アランは眠ってしまいました。


 やはり疲れが溜まっていたのでしょう。


「メリアとダリアに邪魔はさせません。たまには……ゆっくりと休んでくださいね」


 私は、寝ているアランに向かってそう囁きかけます。聞こえていないでしょうけれど。


「……ふふ。プリシラによく似た頑張り屋さんです」


 少し汗をかいているみたいでしたので、私は懐から取り出したレースのハンカチーフでそれを拭ってあげました。


 そして、そのハンカチーフを「っんすうううううううううううううううううううっ!!!」






けだものside】


「っんはああああああああああああああっ!!!」


 サリアはハンカチの布越しに空気を深く吸いこんだ後、吐き出した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、っんすううううううううううううう!」


 彼女は自分好みの男の子が日々暮らしているこの部屋の空気そのものを、その子の汗が染み込んだ布ごしに堪能しているのである。


 その行為は、彼女にとって祈りのようなものだった。


 本人が意図しているわけではないのだが、こうした行いが人間に対する愛や理解を深めることに繋がり、結果的に治癒魔法の効力を高めているのである。


「くんくん、くんくんくんくんっ! すーはーすーはーすーはーっ!」


 サリアは生まれながらにけだものだった。


 最初に彼女の愛の犠牲となってしまったのは、他ならぬメリアとダリアである。だから二人はサリアのことを恐れているのだ。


 ……しかし、幼少の頃に施された教育や聖女としての慎ましやかな生活を通して矯正され、普段はその獣を抑え込めるだけの理性が働いている。


 監視の目がなくなった際に、いつもは「お預け」状態にされている彼女の中の獣が目を覚まし暴走を始めるのである。


「はぁっ、はぁっ、~~~~~~~~っ!」


 ひときわ大きく息を吸い込んだ後、全身をぶるぶると震わせて圧倒的な幸福感に包まれるサリア。

 

「…………うふふ、やはり子供の寝顔は可愛いですね」


 とりあえず満足したのか、突然ハンカチから顔を上げ、眠っているアランのことを覗き込みながらそう呟く。


「――私にとっての治癒魔法です」


 厄介なことに、彼女は自分の行いが悪であるとは思っていない。

 

 獣の本能で人目を避けて犯行に及ぶが、もし仮に目撃されたとしても「どうかしましたか?」と微笑むだけである。


 ――従って、彼女の本性に気づいているのは幼少の頃を共に過ごした姉妹であるメリアとダリアのみなのだ。


「……い、いけません。少しほっぺたを触ってみたいな……などと思ってしまいました。――アランと私は、あくまで生徒と教師。距離感を見誤らないようにしなくてはっ!」


 持っていたハンカチで躊躇なく自分の汗を拭った後、それをローブの中にしまい、自身の顔をペチペチと叩くサリア。


 もっと人として見誤っていることがあるのだが、自覚はない。


「……ここに居たら起こしてしまうかもしれませんね」


 小さな声で呟くサリア。

 

 そのままベッドに背を向け立ち去るのかと思われた矢先、今度はアランが使用している勉強机へと近づいていく。


「………………」


 そして、いやらしい手つきで机をひと撫でした後、流れるように椅子へと腰掛けた。


「まだ少し温かいですね。あの小さな身体で、毎日ここに座って勉強を頑張っているのかと思うと……涙が出てしまいそうです……っ!」


 もはや、現在の彼女の行動を理解できる者はどこにもいないだろう。


「ところで……男の子は……ここに何をしまっているのでしょうか?」


 すると今度は、机の引き出しへと魔の手を伸ばし始めた。


 ――だがその時。


「アラン様、サリア様、失礼します」


 部屋の扉がノックされ、ニナが中へと入ってくる。


「……一体何をなさっているのですか、サリア様」


 そして勉強机に座るサリアの姿を発見してすぐ、ニナは呆れた様子で言うのだった。


「うふふ、ごめんなさい。この部屋を見ていたら、少しだけ子どもの頃の気持ちを思い出してしまって」

「まったく。仕方のない先生です」


 口元を綻ばせるニナ。絶望的なことに、サリアは彼女からの信頼も勝ち取っていた。


 当然のごとくニナやプリシラも愛(?)の対象である。


「あまり勝手なことをすると、アラン様から嫌われてしまいますよ?」

「そうですね。……椅子を壊してしまう前に、邪魔者は立ち去るとしましょう」


 サリアはそう言って勉強机から立ち上がった。


「ところで、アラン様は――」

「眠っちゃいました。疲れているみたいですから、起こさないであげてくださいね」


 ニナは、はっとした様子で口元を抑える。


「さてと……私は授業が大好きな妹達の説得をしてきましょうか」

「……あの、いつもありがとうございますサリア様」

「気にしないで下さい。――私はただ、子供が大好きなだけですから」


 けだものは身近に潜んでいるのだ。

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