第24話

 あれから3日、俺と月子は以前2人で訪れた喫茶店に来ていた。あの家出の日以来だ。背が伸び、髪をひとつにまとめた月子と向かい合う。彼女の前には紅茶が置かれている。


 話をしたいと呼び出されたものの、何から話せばいいのか彼女は迷っているらしかった。月子が話し出すまで、ちびちびとコーヒーをすする。



「うまく、話せないかもしれないけど。とりあえずあの日何があったのかから話すね」



 そう言って、月子は紅茶をひとくち含んだ。小さく息をついて、話し出す。



「あの日、隼也に逃げてって言われた後、お兄ちゃんととにかく家から離れたの。それでしばらくしてから家に戻って、でも隼也がいなくって、しょうがないから家にいたの」



 月子たちは、一度はあの家に帰れたのだ。それだけでホッとする。あの2人に見つかったわけではなかった。



「それで、少ししてからチャイムが鳴って、隼也かなって思って出たら警察の人で。……あとは、お兄ちゃんが対応してたから、私はよくわからないんだけど」



 警察がそのまま家に上がり込んで、家のものを片っ端から持って行ってしまったこと。晴希から、何を聞かれても知らないと言えと命じられたこと。そのまま2人とも別々に警察に連れていかれたことを、月子は苦しそうな表情で語った。



「私たちのしてたことがバレたの。知ってるって言ったら、お兄ちゃんに何かされてしまうかもしれないと思って、何も言わなかったけど……」



 突然警察が家に来て、今までのことを問いただされるなんて、当時の月子にとってどんなに恐ろしかったことだろう。そんな2人の状況も知らずに、のんきに病院のベッドで寝ていた自分が恨めしい。



「警察の人に連れていかれて、いろいろ聞かれて。……次の日の朝に、お母さんが迎えに来たの」



 そのときのことを思い出しているのか、月子の眉間にぐっとしわが寄った。3年前には見たことのない表情だ。



「それからは、元いた家に戻って、お母さんとお父さんと住んでる。2人とも仕事でほとんど家にいないけど。そう、今はね、中学校にも通ってるの」



 俺の顔色を窺ってか、月子は明るい話題を出す。



「よかったです、お嬢様が学校に通えていて」



「もう、お嬢様はやめてってば」



 月子はそう言って照れくさそうな顔をした。それでもやっぱり、お嬢様と呼んでしまう。あの日、そう呼んでと頑なに聞かなかった彼女の顔を覚えているから。



「起きれないのはね、病院に行ってちょっとましになったの。どうしても眠くって、保健室で寝ちゃうときもあるけどね」



 そう言う月子の顔は、本当に嬉しそうだった。学校に普通に通えていたら、とつぶやいた幼い日の彼女の気持ちは、少しでも報われたのだろうか。



「人の心の声が、聞こえるのは……?」



「今はもう、全然。正直、あの日隼也と家出したときから、聞こえなくなっていたんだと思うの。警察の人がいっぱい来た日、お母さんたちと家に帰ってから、そういえば聞こえないって気づいた」



 俺はもう一度安堵のため息をつく。月子を苦しめていた事象は、もうほとんどなくなっているのだ。



「あの日、集会に行ったらそれがバレてたかも」



 遠い過去を思い出すように、月子はそうつぶやく。それがいいこととも悪いこととも言えず、お互いに沈黙した。月子を信仰していたあの人たちは、一体どうなったのだろう。



「晴希さんと、会えてないっていうのは本当ですか」



 ここへ来た時からずっと気になっていたことを、ようやく口に出す。月子は紅茶のカップを両手で持ちながら、こくんとうなずく。



「隼也には、何も連絡とか来てないよね?」



「来てないですし、あれ以来俺も会えてません。あのマンションには何度も行きましたけど……」



「私も、そう」



 月子が息を吐きだす。困り果てた表情で、カップをテーブルに置いた。



「何回聞いてもお母さんもお父さんも何も教えてくれない。警察の人も。私の問題が解決したんだからいいじゃないって、そればっかり。なにも、よくないのに」



 月子が唇を噛む。こんなに暗い怒りをあらわにした彼女を見るのは初めてだった。



「それでね、隼也にお願いがあるの」



 そう言って、月子は俺を見つめる。まだ迷いの残る瞳で。



「お兄ちゃんを、探してほしいの」

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