フランスの古都パリの美術館で起きた一枚の絵画、『夷酋列像』の盗難事件。それは遠く離れた北海道で静かに暮らす研究者、野村誠を国際的な陰謀の中心へと否応なく引きずり込んでいきます。アイヌ民族の血を引き、その歴史と文化に深い造詣を持つ野村の持つ知識が、列像に秘められた壮大な謎――アイヌ民族に伝わる「黄金」の伝説と、歴史の闇に葬られたはずの「ある約束」を解き明かす鍵となるのです。物語の舞台は現代の札幌、そしてロシアが実効支配する国後島へと広がり、さらに時を超えて江戸時代の日本、女帝エカテリーナ2世が君臨したロシア帝国へと遡ります。現代と過去が複雑に絡み合い、壮大なスケールの歴史絵巻が繰り広げられていく様は、ただ圧巻の一言です。
野村誠は次々と襲いくる危機に対峙する中で、自身のルーツと向き合いながら現実社会の中の生き方を模索します。彼を支え、時に厳しく導くのは、幼馴染であり自衛隊の特殊部隊を指揮する中西健二。冷静沈着な中西との間には過去のわだかまりも横たわりますが、巨大な陰謀を前に二人は再び手を取り合います。物語の鍵を握る謎多きフランス人学芸員、レネ・デュボアの存在が、事態をさらに複雑で予測不可能なものへと変えていきます。各国情報機関のエージェントたちが暗躍し、北海道はさながら国際諜報戦の最前線と化します。誰が味方で誰が敵か。息をもつかせぬスリリングな展開が待ち受けます。
現代で繰り広げられる情報戦や駆け引きと並行して、本作では過去の歴史が非常に丹念に描かれます。江戸時代の政治家たちの思惑、蝦夷地を巡る利権争い、そして大国の狭間で翻弄されながらも誇りを失わなかったアイヌ民族の姿。歴史上の出来事や人物たちが、現代の事件と深く結びつき、物語に奥行きを与えています。特にアイヌ民族が経験してきた苦難の歴史と、彼らが抱き続けたであろう悲願が、現代を生きる野村の葛藤と重なる描写は必見です。歴史は決して過去のものではなく、現代に生きる私たちに、確かに語りかけてきます。
歴史の真実、民族の誇り。そして現実世界をも動かし、真実にすら成り代わる壮大な虚構(フィクション)の力。ラストまで緻密に練り上げられた構成と、現代社会への鋭い警鐘に満ちたこの物語は、私たちに未来への問いを残してくれることでしょう。