第31話 罪悪感

 TPOに合わせて、ほぼ強制的に現今の服装を身に着けさせられたモアナは、窮屈そうに手足を屈伸していたが、本人の意に反してハンサムの点数を爆上がりさせたため女性陣にはウケが良かった。

「モアナ、かっけぇな~ そっちの方が全然良いぜ」

 壮星もまたモアナの変貌に魅入られた一人で、両手の親指を立てるとモアナに見せる。すると、初めて見るジェスチャーに興味を示したモアナも同じポーズを壮星に返し、気に入ったのか満面の笑みをおくった。


「愛想のないモアナが笑っとる。プププっ」

 珍しいモノを見たような表情のウルタプに茶化されたモアナは、直ぐにしかめっ面に戻ってしまう。

「ほな行こか?」

「自分はクライストチャーチで落ち合えばいいのか?」

「え? モアナもハンマースプリングに行かないのか?」

 僕の数が増え楽しい旅行になると考えていたカイは、彼等の事情もあると理解しながらも少し寂し気に尋ねると、暫く無言だった結月が後に続いた。

「カイ、旅行の事情も分かったし、私あんな事しちゃったし、私達は帰った方がいいかなって思うんだけど」

 自身の行動でウルタプを危険にさらし、カイへの気持ちも告白してしまった結月は、居場所を失った気分と罪悪感でカイ達に同行することが正しい選択だと思えなくなっていた。

「そうよね。カイ君には凄い使命があるみたいだし、私達の旅行の案内をさせるのは申し訳ないと思う」

「ウルタプ様と離れるのは忍びないですが、凛に賛成です」

 肩を落とした壮星だったが、しぶしぶ挙手した。


「ウルタプは無事だったんだし、月族の仕業だって言ってるんだから、気にしなくていいよ。俺は皆とこのまま旅行を続けたいと思ってる。でもこの先危険な目に合うかもしれないからさ、無理強いはできない」

 自分の運命を知るカイは、ここで結月達と今生の別れになるのは耐え難かったため、彼等を引き留めたい自分と、彼等を危険にさらしたくない気持ちとが葛藤し唇を嚙んだ。

「僕はカイに付いて行く。カイが危険な目に合うかもしれないのに放っておけないよ。僕はカイみたいに強くないから役に立たないかもしれないけど、カイが大変な使命から無事に解放されるのを見届けたいし、一緒にオークランドに帰ろうね」

 レイノルドはきつく拳を握りながら自分の意見を強く主張すると、一つウィンクをして見せる。

「レイ・・・」

「悪いが儂も帰らんぞ」

「私は・・・」

 どうしても罪悪感から自分を解放できない結月は俯いてしまうと、それ以上語らなかった。

 暫く忘れていた波の音が全員を包むと、カイがふと顔を海に向け、寄せては返す水面を見つめた。

「じゃあさぁ、ハンマースプリングとクラストチャーチまでは一緒に行こう。その間に考えよう」

 海の動きを眺めていたカイは、結月に目線を移すと、優しい眼差しでそう告げる。

「カイ・・・」

 ずっと抑えていた感情が溢れ出すと同時に、結月の目から留めなく涙が流れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「姉ちゃん」

「結月」

「結月が居てくれたから俺助かったんだぞ」

「そうだよ。カイが大変な時に僕もアリも爆睡中だったんだから」

 結月の苦しい心の内を知った一同は、結月に優しい言葉を投げかける。

「うちは丈夫や、あれくらい平気や、気にせんでええ。これから先、何が起こるかは分らん。危険やと思う。それは事実や。けど、まぁ、カイが皆と旅行したいっつうのは知ってたから、今更やで」

「ウルタプ、お前、本当にどうしちまったんだ? それに何故アイツがマウイ神の器の傍にいるのだ」

「ゴホンっ、何や、モアナ、やる気か?」

 少し力を取り戻しつつあるウルタプは、強気な表情で顎を上げモアナに挑発した後に直ぐ、手をパンっと叩いて全員の意識を自分に集中させる。

「うだうだ言うてないで、ハンマースプリングに行くで。そや、モアナ、温泉では海パンにならなアカンで」

「げっ」

「人間って着替えてばっかだよな・・ あははは」

 モアナとウルタプの会話を聞いていたカイは、笑いが込みあげると我慢できずに声を上げた。

「だよなぁ~」

「だねぇ」

 凛と壮星は目を腫らす結月に語り掛けると、笑いを誘う様に顔を覗き込んだ。

「ほな出発」

 掛け声と共に手を上げたウルタプは、洞窟の方へと歩いて行く。

「いつもの様に車ごと移動するんじゃないのか?」

「あー車ならホレ」

 いつの間にか車を肩に乗せたモアナが皆の先頭を歩いていた。

「モアナ、すっげぇ」

 感動した壮星は、砂浜を跳ねながらモアナの傍に早足で駆け寄ると、結月の手を引いた凜も続いた。

「おーい、儂の車だ。大切に頼むぞ~」

「あははは」

 アリの慌てた様子の後ろ姿に、カイはレイノルドと顔を見合わせ吹き出すと、置いて行かれないように小走りで洞窟の中へと消えた。


 クラストチャーチから車で2時間の距離にあるハンマースプリングは、マオリの伝説にも登場する由緒ある温泉地で、「ハンマースプリング・サーマルプール&スパ」は観光客だけでなく、地元民にも人気の大型温泉施設である。硫黄が香る天然温泉は勿論、岩風呂や個室風呂だけでなく、サウナやスライダー付きのプールも備えている。スパではマッサージやトリートメントが受けられ、世代に関係なく楽しめる温泉リゾートである。

 加えて、自然に囲まれたハンマースプリングには温泉施設だけでなく、ハイキングや乗馬、ラフティングなどのアクティビティや、冬場にはスキー場もあり四季を通して多くの人で賑わっている。

 ハンマースプリングから30分程車を走らせた所には、日本風呂を参考に造られたマルイアスプリングがある。川のせせらぎに耳を傾けながら入る露天風呂は美しい岩風呂で、ニュージーランドには珍しく内湯も備えている。


 気が進まずにグループに加わったモアナであったが、ハンマースプリングの温泉施設にあるプールのスライダーに巨体を滑らせ、着地地点で大きな水飛沫を上げて子供達を喜ばせた。アリは旅行の疲れを取るためにマッサージを受けに行き、フェイシャルを体験したいウルタプに凛が付き添うことになった。

「よっ、結月」

 ゴムボートでスライダーを楽し気に滑るモアナと壮星を眺めていた結月にカイが呼び掛けると、結月の隣の椅子に腰を下ろした。

「カイ」

 少し躊躇いながらカイと目を合わせた途端、頬が自然と暖かくなる自分に結月は胸が痛くなった。

「お前の気持ちに気付いてなくて、ごめんな」

「カイ・・ やめて、私達は従姉弟なのに、私がバカなんだから、謝らないで」

「そうだけど・・・」

「黙ってたこと吐き出したら、スッキリした。だからもう大丈夫」

 結月は笑ってみせると右の親指を立てて見せた。

「俺さ、今度いつ日本に帰れるか分からないしさ、俺はギリギリまで結月達と旅行をしたい」

 カイは瞬きもせず正直な気持ちを結月に訴えた。

「カイ・・ いいの? 私達は邪魔じゃない?」

「俺にもさ、これからどうなるか分かんないけど、マウイ神の僕が許してくれる限り皆と一緒にいたい」

 そう告げたカイは、両腕を頭の後ろで交差させると、前屈みになっていた身体を椅子の背もたれに預けた。

「おーい。ここに居たんだ」

 カイの好きなL&Pや水のペットボトルを手に持ったレイノルドがカイと結月に呼びかける。

 先程まで陰気だった結月を取り巻く空気が、循環されている気がしてレイノルドの心が少し軽くなった。

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