第29話 海の大男

 長年秘めていた結月のカイへの想いからうまれた嫉妬という負の感情を、月族によって歪められた結果、ウルタプに危害を侵していまう。ポウナウ石探し旅の真の目的を結月達に告げなかったことが原因だと考えたアリは、真実を話す時が来たのだと考えた。


「カイ、本当の事情って何? やっぱり何か隠してるんだね」

 旅に出たの理由がポウナウ石探しだけではないと疑っていたレイノルドは、目前の霧を一刻も早くはらしたい思いで、強い口調になるとカイに詰め寄ってしまう。

「レイ・・」

 眉を寄せレイノルドには珍しい険しい表情で駆け寄ってきた彼に、思わず目を逸らしてしまったカイの視線の先に立つアリが、首を縦に振ったのを見たカイは、心を決めるとレイノルドだけでなく皆と向き合った。


「皆に黙ってる事がある。そのせいで結月とウルタプを危険な目に合わせた。ごめんなさい」

「カイのせいじゃないよ。私が勝手にカイを・・」

 結月は話の途中で苦しくなった胸を押さえる。

「真実を話さずに旅行に出たから、皆を危険にさらす事になった。皆とニュージーランドを周りたかった俺の我儘です。アリの言う通り、全部話すべきだと思う」

「全部」と告げたカイだったが、生贄に関しては話すつもりのない彼は、また仲間に嘘をつく罪悪感から視線を落とした。

「カイ、ちゃんと話して」

 俯き加減のカイの視線に入り込んできたレイノルドの優しい笑顔に、後ろめたさから胸が痛んだカイだが、レイノルドに応えるためコクリと頷いた。

「うん、皆話を聞いてください」

 顔を上げたカイは一つ深呼吸をした後、旅行について語り出す。

 自身が、マウイ神の器として選ばれ、次の日食までにポウナウ石を四つとそれに伴うマウイ神の僕を見つけ出し、マウイ神を復活させなければいけないと説明した。皆と旅行がしたかったのが何より自分の望だったと、仲間の心の奥に届くように強く伝えた。


「マウイ神の器だなんて、まるで漫画の世界だね」

 想像を絶する内容とカイが背負った重荷を、何一つ支えてあげれていなかったことを知ったレイノルドは、言葉に反して悲しい表情を抑えられずにいた。 

「カイ君自身は大丈夫なの? その、器って身体に支障はないの?」

「マウイ神が復活したら、カイは解放されるんだよな」

「大丈夫。まぁ、身体の痣がさ綺麗なタトゥーに変わったりしたからビックリしたけど、それ以外は平気平気」

「平気じゃないよ、怪物に襲われたりして、カイがどうしてそんな目に」

 ずっと無言だった結月が声を荒げると拳を握り締める。

「結月・・ 心配させてごめんな。でもさ、俺で良かったんだよ」

 カイが吐く重い言葉に、憂慮も励ましも十分でない気がして皆は黙ってしまう。


 カイ達が会話をしている時、事情を全て知るアリが複雑な表情でカイを傍観していると、未だ弱々しいウルタプを抱えた大男が近づいてくる。

「カイは皆に本当の事を言わんつもりやな」

「そのようだな」

 小声で話すウルタプに耳を貸すアリが頷いた。

「と言う事や、あんたも生贄の事は黙っとき」

「ちっ、面倒だな」

 不服そうな面の大男は目を背けた。


「じゃあ、ウルタプ様が言ってたマウイ神の僕だってマジだったんだな」

 壮星は反省するような表情でカイに確認しながらウルタプの姿を探した。

「一番愛されている僕だって言ってたな、ハハハ」

「じゃあ、ウルタプを抱えてるあの大きな人もマウイ神の僕よね?」

「凛、そうだよな、色々あって忘れてた。ポウナウ石を探してたんだったな」

 右手拳を左手の平でポンとしたカイは、TIKIに導かれてここに辿り着いたのを失念していた自分に苦笑する。

「おーい」

 アリの傍で集まっていたマウイ神の僕2人に呼び掛けながら歩寄って行くカイの後に、レイノルド達も続いた。

「ごめん、色々とあって遅くなった。えーと」

 カイは大男と向き合うと、改めて彼を眺めた。

 体格と全身のタ・モコに目を奪われがちだが、彼の首には大きな貝殻の装飾品が掛けられており、その先に深緑に輝く釣り針型のポウナウ石が付いていた。

「それ・・」

 カイの視線の先に気付いた大男は自身のポウナウ石を掴んで見せる。

「さっき強い口調で話してごめん。マウイ神の僕だよね」

「ああ、自分のポウナウは、ヘイマタウ。マウイ様から海を任された。名はモアナ」

 ぶっきらぼうな口調で淡々と自己紹介をしたモアナを一同は不思議な面持ちで暫く見つめてしまう。

「なんだ?」

「あ、いや、ごめん。モアナだね。俺はカイ、よろしくな」

「うちの時とは違って、皆えらい大人しいな」

 未だ何も語らず呆然とモアナを眺める一同にウルタプが怪訝な顔で嫌味を告げた。

「ウルタプ様、あの、その・・・ モアナって女の子では?」

「はぁ? この大男が女の子に見えるんか? どんな目してんねん」

 ウルタプは壮星を鼻で笑うと隣で立つモアナを指差した。

「ウルタプちゃん、私達が知ってるモアナって女の子なの」

「まぁ、知ってるって言っても映画の中だけどね」

 凛と結月は戸惑いながらも、何故自分達がモアナを前に戸惑っているかを語った。

「本当はこんなに逞しい男性だったんだねぇ~ カイを守ってくれそうだし、女の子よりも良かったと思うよ」

 ポジティブな意見でこの場をレイノルドが締めくくる。

「ははは、だなぁ~ 頼りになりそうだ」

「自分の主はマウイ様だけだ」

 モアナは、彼の大きな背を向けると犬のように鼻を大きく鳴らした。

「モアナのモコ、本当に綺麗だな」

「カイの背に現れたマウイ様とは比べ物にもならんわ」

「そうなのか? じゃあ今度また現れたらスマホで撮ってくれよな」

「スマ? 何やそれ? そんな事より腹減った。何か美味しい物を持ってないか?」

 少しだけ自力で立っていたウルタプだったが空腹を訴えると再び地面に尻を着ける。

「俺のポケットに確か・・」

 カイは胸ポケットに手を入れるとミューズリーバーを取り出した。

「ラズベリーとホワイトチョコ!」

 ウルタプはカイからミューズリーバーを受取ると、すぐさま袋を空け喰いついた。

 ミューズリーバーとは、オーツ等の穀物に蜂蜜やチョコレート、ナッツやドライフルーツを加えた手の平サイズの棒状の食べ物で、ヘルシーで手軽な食事やおやつ替わりとして愛されている。


「ウルタプ、お前・・・ はぁー」

 モアナはウルタプの姿を見るなり肩を竦めた。

「モアナも欲しい?」

「要らない。自分達、マウイ様の僕は食う必要がないからな」

「はぁーーーっ!?」

 その場にいた全員が絶句の表情を全面に浮かべると腰を抜かしそうになる。

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