第22話 女神って?
《百三十五日目》
あたしたちはパーラノアに至る途中の町、セルアラにいた。
ここも避難済みの無人の町。街の真ん中には特徴的な高い塔がある。見張り台だろうか。
夜、兄妹が寝た後、シンとあたしはその塔の上に登り、辺りを眺めていた。
「綺麗な月だね。こうやって静かに月を眺めるなんて、今まで無かったから不思議な感じ。」
東の空にあたしがいた世界のものより小ぶりな三日月が二つ、顔を出している。あたしが塔の欄干に頬杖ついて眺めて感想を言うと、シンも隣で月を眺めながら感慨深げに口を開いた。
「ああ。俺もこの世界の月を見るのは初めてだが美しいな。青と黄色の二つの月のコントラストが素晴らしい。どうやらこの星の自転周期と月の公転周期がほぼ同じ様だ。今までは見られなかったが、これからは暫く見られるぞ。それにしても大きな月だな!」
そう、この星は二つの衛星を抱えており、色違いが綺麗。
(うん? 月が大きい?)
「シン? 月が大きいって、あれが? あたしには小さく見えるけど。」
「いや。大きいだろう。よっぽど軌道が近いのか? 不思議な光景だ。」
その時、あたしの頭には今まで思いもしなかった可能性が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと待って? シンの知ってる月ってどんなもの?」
「うん? 月は月だろ? 惑星の周りを周回する八つの衛星。」
それを聞いて、あたしは今思い当たった可能性が確信に変わるのを感じた。
「・・・シンって、あたしのいた世界の人じゃないんだね。てっきり同じ世界から来たのだと思ってたからびっくりした。」
「うん? どういうことだい?」
「あたしのいた世界の月は、あの月の倍は大きく見えるの。そして一つしかない。」
「まじか! いや、それは衝撃的だ。俺もマシロは同じ世界から来たと思ってたぞ!」
あたしは、まじまじとシンの瞳を覗き込んだ。相変わらずあたしを惹きつける黒曜石の瞳。それが見開かれて驚いている様子が伺える。 その表情を見て思わずその頬に手を伸ばした。優しく撫でてみる。耳を触る。髪の中に手を入れてみる。そしてその頬を引っ張ってみた。
シンもあたしと同じように触れて来た。暫く同じように撫でまわしていたが、あたしはふとおかしくなった。
「ふふっ。同じだね。」
「ははっ。俺たちはどこも変わるところが無いようだ。不思議だな。言ってみればお互いに宇宙人ということになるが。」
「宇宙人て。ふふ。そういう言い方するとあたしのイメージとはかけ離れてるなあ。あたしの宇宙人のイメージって、なんか、こうヒョロっとしていて・・・」
「ああ、そうだな。俺の世界でも宇宙人は異形の者達だ。勿論想像上のものだが。だが俺は宇宙人とファーストコンタクトを果たしたことになるな。」
「いやいや。この世界に召喚されたことで既にファーストコンタクトは果たしているでしょう? けれど、あれ? ちょっと待って。あたしはここがファンタジー世界として何となく受け入れてたけど、別の惑星って受け取り方すると、全然気持ち的に違うんだけど? なんで、あたし生きてるんだろうって話。」
「なるほど。それは確かに異常事態だな。だが、召喚でこの世界に来たのも同じくらいに異常だ。どっちにしてもここは俺たちにとって異世界だ。今まで通りファンタジー世界で馴染んでおいた方が気持ち的にはしっくりくるんじゃないかな。」
「そ、そうだね。この世界の人たちもあたしたちと変わんないし。魔法が使えるとことか違うけど・・・あ。あたしたちも使えるか。」
それを聞いて、シンが思案気にして言った。
「その魔法なんだが。どうにも作為的じゃないかと思うんだ。ほら、あのアナウンスさ。転生者の特典みたいだが、誰が俺たちをサポートしてるんだって話だよ。俺は最初から気になってた。もしかしたら神の声が俺たちには聞こえるんじゃないかってね。」
シンのその言葉の意味を考えていたあたしは呟いた。
「そうね・・・あたしは異世界に来たことの衝撃の方が強すぎて、アナウンスのことはあまり気にならなかったなあ。いつの間にかあたりまえな感じになってた。慣れって怖いね。けど・・ 何だろ。大事なことを忘れているような・・・」
あたしは目を閉じてその違和感の元を探ろうとした。
「ああっ! そうだ神様! あ・・」
『ちょっと待ったあああ!』
その頭の中に響く声にあたしは凍り付いた。文字通り身動きが取れない。
『ごめんなさい。白鳥ゆりさん。ちょっとそれ待って? 私、あなたがあの一件、忘れててくれたらな~って思ってたんよ。あ、私はアウラティア。ここでは女神って大そうなものと思われてる存在。ちょっと一方的にお話しするね。今、あなたが想像した通り、スキルとか渡してたのは私なんよ。でもこれは知られちゃいけない禁忌事項。あの時は本当に焦っちゃって。まさか勇者が死んじゃうなんて。どんな状況でも大丈夫なスキルは育ててるって思ってたんよ? 私だってパニックになることあるんよ。あの時はあなたの願いに応えるカタチになっちゃったけど、あなたが私を呼んでくれなかったら危なかった。ずっとあなたたちを視てる訳じゃないからね。ちょっと目を離した隙にあんなことになってて。思わずあなたの言葉に返事しちゃった。当代の聖女と勇者にはすっごい期待してるの。こんなにお互いが支えあっている二人の関係性は本当に稀なんよ。ここまでお話したのは、私のことはヒミツにして欲しいからなんよ。勇者にも黙っててね。私、この世界に直接干渉できないのね。スキルを渡すのは直接じゃないからいいって、変なルールがあるんだけど。この世界の人に話しかけるのは直接的な干渉に当たるからゆりさんだけのヒミツにして? 一人だけならバレないと思うから。本当にね? お願いね。あ、私って、あなたたちの心が読めるわけでは無いから、頼みごとが有ったら声に出して言って? 勿論それが叶えられるとは限らないけど。むしろ叶えてあげられることの方が少ないけど。できるだけ力になるから。それじゃあね。本当にね? 重ねてお願いね・・・』
「・・マシロ! どうした。大丈夫か?」
目の前にシンの心配そうな顔があった。
「え? あたし、ぼーっとしてた? どのくらい?」
「いや。一瞬だったが、急に表情を失ったから驚いた。」
どうやら、今の出来事は一瞬のことだったみたいだ。まさかの女神様の登場だけど、その話を聞いて今考えると全てのことに納得がいく。
「えと。何話してたっけ。」
あたしが訊くと、シンは心配そうな表情はそのままに答えた。
「ああ。俺たちが聞くアナウンスが神の声じゃないかって話。」
「・・そうだね。そんな存在がいてもおかしくはないね・・」
あたしは空に輝く月に目を遣りながら、女神の言う通り、話をうやむやにした。
(それにしても、随分と親しみやすい雰囲気の女神様だったなあ。話しかけたら返事してくれるのかな?)
あたしは、思わず目の前にいる心配そうな顔をしているシンの胸に顔を埋めて囁いた。
「ふふ。心配してくれるの? ありがとう。」
女神様公認の仲だ。このくらいいいだろう。
シンもあたしの肩に腕を回して言った。
「そろそろ帰ろうか。ちょっと疲れが出たんだろう。ゆっくり休もう。」
「うん・・」
♢ ♢ ♢
《百三十六日目》
あと二日ほどで国境の街、パーラノアに着くだろうか。
相変わらずの森の中の街道をあたしたちはゆっくりと馬を進め、綺麗な湖を見つけたので、休憩を取っていた。
あたしのスキルの強化に伴い、最近は殆ど魔物に遭遇することも無くなっており、気が緩んでいるのは否定できない。
かと言って、本当に危ない事態が想像できなくなっているのも事実だ。
兄妹は水辺の方に遊びに行ってしまった。目の届くところにいるようにとは言っておいたが、クレアがいれば、あたしたち以上に危険察知が上手だし、問題は無いだろう。
シンとあたしは並んで腰を下ろし、あたしは深い青に光る湖の綺麗な景色を堪能していた。目の前は少し開けた土地になっており、湖岸まで続いている。
兄妹は湖岸で何か拾い集めているようだ。時々何かを見せ合いながら楽しそうに笑いあっている。
ふと隣を見ると、シンが中空を見つめながら思案している。
「ふふ。ステータス見てるの? シンって好きよね、それ見るの。」
「ん? ああ、そうだな。何というか自分の成長が数値として表現されるのは楽しいぞ? マシロはそうでもないか?」
「そうだね。アナウンスされたことはあたし全部覚えてるから不便を感じたことないし。それになんかね~、称号見るのがちょっとね。心を見透かされているようなことが載ってるじゃない? 見るのが嫌って訳では無いのだけれど、抵抗があるっていうか。だからずっと見てないなぁ。」
「ははは! なるほど。確かにドキドキするようなことも称号になってたりするな。俺はもう慣れたがな! しかし、マシロは全部覚えてるのか。凄いな。」
「ふふん。あたしは前の世界にいたころから、それこそ子供の頃から物覚えが良くってね。舞台のセリフを覚えるのなんか得意だったのよ。演劇に走った理由の半分くらいはそれかも。周りのみんなはセリフ覚えるのに四苦八苦しているのに自分は簡単にできちゃう優越感みたいなの? 演劇は大好きだったからっていうのは勿論一番の理由だけど、そんな不純な理由もあるんだ。」
「そうなのか? それは羨ましいな。俺はそれこそ物覚えが悪い方でなあ。おまけに貧乏だったから医者になるには結構苦労したのさ。話は逸れたが、こうやっていつでも確認できるステータスボードや検索システムは、俺にとって最早手放せないアイテムだよ。それにしても次の上位スキルってあるのかな?」
シンはステータスを眺めながら、それが気になった様だ。
「あっ、そうだ。思い出した! あたしこの前、このスキルがカンストしたみたいで。そしたら関連するスキルが統合されたのよ。それ以降は何ていうか、統合したスキルは息をするようにスキルを行使できるというか、そんな感じになっちゃったみたい。」
あたしは自分の周りに展開する元〝聖光〟を人差し指を立てながらくるくると示して説明してみた。
「お? そうなのか? このスキルってことは聖女関連のものだな。上位スキルのカンストか。レベルは幾つだった?」
「20だね。下位スキルと一緒。」
「なるほど。上位スキルのカンストか。結構遠いな。上位スキルのレベルアップは遅いからな。だが、これだけスキルが増えると、選択するのも迷うからな。いちいちスキル内容を思い浮かべなくっていいってことなのかい?」
「そうそう! 使う頻度の高いものって無意識に展開することがあるじゃない? 手足を動かすように。それが統合されたスキルたちに行き渡る感じ。そうねぇ、例えばあたしなら危ないと思った瞬間に盾か結界が自動で出せると思う。それも適切な方を。あ。それから久しぶりに転生者特典が出たよ? 技能理解っての。すっかり忘れてた。」
「あは! マシロらしいと言えばそうだが、スキルに興味無さすぎじゃないか?」
「むぅ。そんなことないよ? 取得したのがドタバタの最中だったから単に忘れてただけ。技能理解ってなんだろ。」
あたしは技能理解に意識を向けると、色々な技能に関する情報が流れて来た。それにはスキルも含む。
「技能理解って、魔法理解の詳細版みたいな印象ね。例えばあたしの〝結界〟についても、これまで体で覚えたことが詳細に書かれてる。他にも、ふむふむ。遠隔で設置することもできるみたいね。これは便利かも。スキルの取説かな?」
「それはいいな! 俺も疑問に思ったことはマシロに相談するよ。」
「いいよ! 何でも調べてあげる。」
あたしは気になったので久しぶりにステータスを開いてみた。
ジョブ・クラス 聖女・40
スキル・レベル 聖光天臨・1(統合スキル11)
捜査・20、探査・8、概要・20、鑑定・5、幻惑・20、静寂・8、記録・16、聖鎧・20、聖壁・3、診療・8、調合・20、錬金・15、収納・20、保管・5、光照・13、剣術・20、剣技・9、生水・18、発火・9、盾術・5、乗馬・18、予感・9、縫製・9、緊縛・11、探知・12、結界・15、経録・2
アビリティ 言語理解・表記理解、魔法理解、地理理解・歴史理解・経済理解・構成理解・数理理解・法典理解・芸術理解・技能理解・ステータスボード
称号 異世界のたらしめ、歌のおねえさん、祓い巫女、伝説の掃除婦、変装の達人、天才マッサージ師、人気異世界料理人、自己治療マスター、天才騎手、白と黒の調教師、絶対防御、引きこもり、運び屋、収納上手、はにかみ女子、癒しの女神、万能治癒師、自動書記人形、映像記録師、綺麗好き、エクソシスト、水先案内人、スキル導師、剣の修行者、防御マスター、結界師、水芸の探究者、火遊び魔、勇者の伴侶、勇者の恋人、勇者の心、勇者大好き、なんでも薬屋、探し物名人、生けるメジャー、勇者キラー、献身ナース、鉄壁、幼女キラー、子供好き、双子の保護者、双子の師匠、ネクロマンサー、魔物処刑人、嘆きの退魔師、世界を浄化する者、緊縛師、審問官、裁定官、怒れる聖女、怖がり聖女、死霊滅殺師、中級聖女
スキルの方は大体記憶通りだが、称号を見て赤面するのが自分でもわかった。どきどきする。
(こ、これって、たぶん女神さまのあたしに対する印象よね? それにしてもあたしって、傍目に見てシンが好きって、そんなあからさまに見えてるのかな?)
ふと振り向くと、そこにあたしの大好きなシンの黒曜石の瞳と目が合った。
「ど、どどどわ!」
あたしは、動揺して思わず両腕で顔を隠す。
「ど、どうした!」
シンが、慌ててあたしの肩に掴みかかる。
「にゃああ!」
あたしは顔を見られまいと、逆にシンの胸に飛び込んで抱き着いた。シンもそのまま固まった。
そのままどのくらい抱き着いていただろう。落ち着いて来たのでシンの胸から顔を上げてはにかみながらあたしは言った。
「ご、ごめんね。いろいろと、その、動揺しちゃって。」
「あ、ああ。俺は構わないが・・・」
シンがチラッと視線を泳がせたので、そちらを見ると、兄妹がいつの間にか戻って来て、こちらを見ている。何となく顔が赤い。
クレアは手のひらで顔を半分に覆い、何だか楽しそうである。
「や、やっぱり、マシロさんとシンさんはとてもお似合いです! 素敵です。結婚式には是非とも呼んで下さいね!」
その言葉にあたしたちは動揺した。
「け、けけけっ!」
「は、早まるな! クレア! 俺たちはその・・」
思わずあたしはシンを見ると、またもや目が合い、反射的にお互い目を背けあった。
そのことはあたしも意識しないではなかった。この世界に飛ばされて、シンに出会って、大好きになって。
だが、この非日常の中にあって、結婚というのが現実味が無いというか。少し思案しているとシンが口を開いた。
「クレア。前に話したが、俺たちは他の世界からやって来た。ましてやマシロはこの世界に来てまだ1年経ってない。慣れて来たとは言え、落ち着くまでにはまだまだかかるだろう。俺は勿論マシロ一筋だ。もし機会があるなら迷わずプロポーズするつもりだよ。 それまでは静かに見守ってくれ。」
その言葉にあたしは両手で顔を覆い、思わずシンの顔を見つめた。
恐らく、顔は真っ赤で、目は潤んでいただろう。
シンもあたしを見つめてニカっと笑った。
思わず再びシンの腕の中に飛び込もうとして、兄妹の目があるのを意識し、ギリギリで抑えた。
今のはプロポーズされたも同然ではないか。なんだか、とても嬉しい。
ここは異世界だが、一気にこの世界が身近になった思いだ。
シンの言葉一つで、世界が変わって見えるなんて。
あたしも言葉を道具に仕事をしていたが、考えてみれば全部借り物の言葉だったな。
この世界を変えるような言葉を伝えられるようになりたい。そんなことをふと思った。
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