赤い稲妻


 ザンマと言う男についてアナは何も知らない。

 何故こちらの事情を、いや正体を把握していたのか。


 考えられることとすれば、ナリヒサの関係であるだろうがそれは考えにくい。

 陽炎であるわけでもないとすれば、他に心当たりはなかった。

 しかし、考える暇など彼女にはない。

 ザンマは異能を発動した。


「っ!?」


 次の瞬間アナはその場を飛びのいた。

 瞬間、先ほどまで立っていた地面に十文字の傷が刻まれる。

 その傷は深く、数センチはあるだろう。

 その身に受ければただでは済まない。

 一目で強力な異能と分かった。


「せっかく十秒以上その場にとどめたのに」


 ザンマはそう漏らす。

 五秒の硬直はそのためか。

 異能の発動条件にそれがあるのなら確かにこれだけの威力を出せるのは納得だ。

 ただ、彼の口から種は割れた。

 さばききることは容易いだろう。


 ただ、動き続けなければならないことが難点だが。


「接近戦かよ」


 アナには飛び道具の類はない。

 故に攻撃は拳に限る。

 理力とその筋肉で接近して一発を入れる。


「───ッ!」

「ぐ」


 腕の振りに集中させた拳の一撃はザンマの腕に防がれる。

 いや、理力の使い手としても実力者だろうザンマですら避けることが叶わずに腕をクロスして耐えることしかできなかったと言った方が適切だ。

 ザンマの身体は吹っ飛ばされる。

 漫画のように何メートルと言ったことはない。

 しかし、確実に足を浮かせた。


 そこに更に追撃を入れる。

 休む暇などない。

 アナの異能は明らかにリソースを喰い過ぎる。

 発動可能時間であっても体力が続かなければ意味がない。


 ただ。


「さっきのを二度も出せねぇ時点で、仕留められねぇよ」


 ザンマはアナの攻撃を見抜いたのかそう言った。

 重い拳をザンマはよける。

 それは同じ攻撃を二度受けないなどと言ったはなしではない。


 明らかに一度目よりも遅く弱かった。

 十分に強い。しかし、ザンマからすれば脅威にはなりえない。

 恐らく時間を空ければ二度打てるのだろうが、連続で出来なければ意味がない。


 攻撃を避けたザンマは蹴りを繰り出す。


「グッ」


 だが、アナもそれを避けて後退した。

 お互いににらみ合う状態になる。

 ただ、先のザンマの発言からタイムリミットが存在するのは確かだ。

 十秒以上は止まっていられない。


 そんな考えをアナが頭に巡らせたとき、不意に悪寒を感じた。

 身体が警鐘を鳴らすがままに先ほどと同じようにその場を飛びのく。

 地面に刻まれるのは十文字。

 そして一瞬の遅れがアナの腕に血を流した。

 かすり傷ではある。しかし、確実にその攻撃を受けた。


「悪い。五秒だ」


 ザンマの言葉はこのためかと遅れて実感する。

 ただ、動いたために体勢を崩した。

 そこを狙うザンマを迎撃する。


 蹴りを避けて、拳を振るう。

 両者の攻撃は外れ、躱される。

 二度目のザンマの蹴りはアナの腕に塞がれる。


 それを死角にしての拳の攻撃をアナは受けようとして、異能の気配を感じ取った。


 炎の龍。

 そう表現するに相応しい、異能が出現した。

 それに焼かれながらも、ギリギリのところで躱した。

 いや、躱しきれていない。

 確実に負傷の跡が目に見えた。


「ナンダ。ソレハ」

「俺も使うのは初めてだ。むずいなこれ」


 会話に返答を返すようで独り言のように話すザンマは自分の手を見た。

 しかし、アナの思うとことは違う。

 何故異能を二つ持っているのかだ。

 奴の異能は十字に切り裂く不可視の刃を頭上から降り注ぐと言ったものだったはずだ。


 彼が憔悴していないことを考えれば、異能発現剤ではないのだろう。

 

「ま、次は当て……」


 余裕のあった顔で「次は当てる」とザンマが言おうとした時、その動きを止めた。

 彼が見るのはアナ、いや、その奥だった。

 何を見たのか。

 アナも自然、振り返った。


 そこにいたのは少女だった。

 一般人のようなたたずまいで、だが、顔を覆う影の異能がそうではないと言っていた。

 

「マジかよ」


 ザンマはそんな声を洩らす。


 ただ、フードを被った少女は彼のことなど気にしないかのようにして、アナに「無異」に腕を向けた。

 

 ──赤い雷鳴が轟いた。





 ◆


 完全に俺の不注意だった。

 アナがあんなに心配そうにしていたのに見失ってしまった。

 本当にバカだ。


 ただ、責任がどうとか考えるよりも、探すが先決だ。

 そう思ってブランコの奥の方の路地を探っていたのだが、不思議な光景に遭遇した。


 人の気配を感じて、反射的にフードを被ってみたのは、金髪の悪そうな男だった。

 ただ、それよりも俺は別のものに脅威を感じた。


 もう一人そこにいたのだ。

 4月30日、俺が『絶対の三日間登校日』の初日にアナと出会う前に遭遇した西洋風の男。

 明らかに誰にでも喧嘩を売るようなやばそうな男で、手を触れずに建物の上にいた人たちを異能か何かで落とした人物だ。

 

 そして恐らくだが、ドタバタと音を出ていたのを聞いてたから喧嘩でもしていたのだろうか。


 そうして一人、人が血を流して倒れているのを見た。

 正面は向こう側を向いていて分からないけど結構な出血量だろう。

 これは決定的だ。

 金髪の細い男の人の側にいるからやったのは西洋風の男だろうし。


 ただ、構っているわけもいかない。

 アナを探さなければならないのだ。

 だから、金髪の細い男の人が逃げられるようにちょっと手助けだけしてあげようと異能でピカッとやった。

 今回使ったのは赤色に変えたものだ。

 異能倶楽部の皆を呼ぶときとかは黒色だけど、今回の目的は目つぶしをしてその間に逃げる作戦だ。


 でも、本来の光だと俺や男の人の目がつぶれてしまうと思って赤にした。

 目つぶし的な効果は薄れるかもしれないけど、赤い色がピカッとなったら驚くだろうと期待を込めた。


 で、その結果なんだけど。


 消えた。


 金髪の人が仲間の人を連れてではない。

 西洋風の男がだ。


 意味が解らなかった。

 でも、実際その場から消え失せた。


 そして金髪の細身の男の人がこちらを見ている。

 目が合った。いや、彼からすれば異能で顔を隠す俺の目など分からないかもしれないが。






 ◆


 突如現れた少女。

 その正体は六大組織が一つ、異能倶楽部のボスであるルカだろう。


「何故、お前がここにいる。どうやって嗅ぎつけて来た?」


 ザンマからはそんな声が漏れるも、彼女は答えない。

 全く意図をくみ取れていないかのように首を小さく傾けるばかりだ。いや、肩の凝りをほぐすように首を動かす。

 顔を影で隠してのぞき込もうとすれば青い瞳が怪しく光った。

 

 これをザンマは知っていた。


 そして今目の前で起こった光景。

 赤い稲妻が「無異」を跡形もなく消し去った。


 ザンマの知るルカの異能の特徴は黒い稲妻であるはずだった。

 だから考えられるのは普段使っている物とは効果の違う類の力なのだろうと言う事。


 黒いモノより威力が強いのか。

 それとも、赤いモノには何か特化した力があるのか。

 いずれにしても、目の前の彼女は脅威だ。


 だが、ザンマはうっすらと笑った。

 彼のターゲットは「無異」であったが、今変わったのだ。


 奴からなら……


 一つの思考が頭をめぐる中、彼は呟く。


「ただ、今は撤退だ」


 準備がなければ勝ち目がない。

 そんなことはとうに悟りザンマは撤退を開始した。






 ◆


「クソが」


 笹嶺は悪態をつく。

 御野間リオを追う道中、上からの通話が入り一瞬ではあるが尾行が中断された。

 本来なら彼が勝手に首を突っ込んでいるだけで、許可された行動ではない。

 それ故に、上からの呼びかけは無下には出来なかった。


「見失ったらどうすんだ」


 そう言葉を吐いてみるも、それとは裏腹に遠くの視界には御野間リオが映っていた。

 ただ、いつの間にか彼女はフードを被っていた。

 そして、彼女を背中越しに見て、更に向こうにいた一人の男に驚愕する。


「無異……どうして」


 彼女が無異とつながっていた可能性を考慮して、それを吟味する前に更に状況は動いた。

 御野間リオは無異に手を翳した。

 異能発動時に、指向性を持たせるためにそう言った動作をするものは多く、彼女もその手合いだろうと推測する。

 ただ、次に起きた現象は全くの想像の範疇を超えていた。


 ──赤い稲妻がほとばしった。


 建物の上から見ていた笹嶺からすれば無異を起点とした赤い雷が立ち上るような光景。

 無異が見えなくなるほどに輝くそれは余程、無傷ではいられないだろうと察することが出来た。


「何者だ」


 不意に口をついて出たのはそんな言葉。

 余程の実力ではない。

 治安維持組織に勧誘される協力者だって攻撃性の異能であそこまでの芸当は出来ない。


 笹嶺は収まった異能の後を見て更に目をむく。


「消えた。いや、消し飛ばした」


 どれだけの出力をもってすればそれを成し得ることが出来るだろう。

 分からない。

 全くの想像がつかない次元だ。


 化け物。


 そうとしか形容できない。

 ただ、笹嶺の頭は同時に彼女の正体についても模索していた。

 そして、彼女の口から洩れた先ほどの言葉が彼の頭の中で反芻する。


『一緒だよ』


 彼女は先ほど確実に笹嶺に気付いていた。

 そしてあの言葉は彼に向けられたものだろう。

 さらに言えば、今の光景は彼に見せると言う意味も含まれているのであれば。


 異能対策治安維持組織の目下の敵である「無異」を対処することによって、自分がこちら側であると認識させた。

 そして、その場に居合わせた別の異能組織の手のものであるだろう細身の男が逃げるように引いたことからも、異能組織とは敵対関係にあると見て良い。

 それに男が「何故、お前がここにいる。どうやって嗅ぎつけて来た?」と言うのなら、彼方に知れ渡るほどの脅威であるのだろう。


 そして彼女が何者かと言う事も、彼は勘づいた。


「まさか、治安維持組織内でも独立した指示系統を持つと言う存在……『異能独立特査』」


 直属の上司は異能対策治安維持組織のトップだけであり、身を隠し独自に行動し任務をこなす。

 治安組織内でも、その詳細は語られず特に強力な力を持つ者に与えられる役職であると言う。

 事実上の階級は最下位でありながら、その力は群を抜く。


「だが、そうだとして何故俺に……いや、そうか」


 考えを巡らせて思い到る。

 協力者だ。

 異能独立特査は単体での運用を前提としている。

 しかし、それ故に部下などはいない。

 そして、横の関係はあるが作戦実行に必要な情報や工作にはもっと適した存在がいる。

 それはこの辺りを管轄として地理を始めとする情報に造詣が深く、更に実力を兼ね備える存在。


「なるほどな」


 敢えて回りくどい方法で協力者を選ぶことで不安要素を無くし、尚且つ……


「俺のように真の意図を読み取る力がなければ、協力者としてはふさわしくないということか」


 敢えて、難解にすることで思考能力のテストも並行して行う。

 流石と言ったところだろう。

 そして、笹嶺を選ぶとは見る目も確かなようだ。


「やってやろうじゃないか」


 そうして一言呟いた。






 ◆


 アナを救ったのはリオと別れる前の少ない会話。


『大丈夫。危険があったら異能でピカッとやるよ。目くらましくらいにはなるだろうしそのうちに逃げよう』


 彼女の作戦はこうだ。

 危険に対面した時には、自分の異能で目くらましをしてその隙に逃げるのだと。

 至極簡単。


 ただ、彼女はもしもの時の処置ではなく、実際に起こりえるためにそう言ったのだろう。

 彼女は一般人に擬態するために、敢えてあんな言い方をした。

 ツムギからあらかたの情報を得ているアナは察することが出来た。


 そして彼の言うとおりに向かった先には、一人の脅威がいた。

 恐らくアナを探している者だろう。

 そのうえこちらの情報も持っている。


 そして、ピンチに陥った時、彼はその異能でアナを覆った。

 まるで外から見ればただでは済まない攻撃を受けているように見えたのだろう。

 ただ、実のところこれには一切の攻撃性はなかった。


 彼女の卓越した技量はまるでただの光を出す異能のようにして結果を引き起こした。

 そしてあらかじめ言われていたようにアナはそれを利用して身を隠した。

 元の身体の状態に戻り、物理的に体を小さくした。

 それだけではない。

 異能発動時の異能の気配が途切れたために、外部の人間はそれをたどって無意識にこちらを探そうとするだろう。


 そうなれば、更にこちらへの注意は向かなくなる。

 脇にあった小さな空間を使ってアナはその場から身を隠すことに成功した。






 ◆


 遭遇した細身の男の人は何かを言って去っていった。

 だが、今はそんなことよりもアナを探すことが先決だ。

 何かがあってからでは遅い。


 そう思ったとき、またも横やりが入った。


「俺は笹嶺だ」


 いきなり目の前に現れた少年は名乗った。

 ただ、こっちも焦っているご丁寧にありがとうなどと言う余裕はない。

 しかし、続ける彼の言葉に耳を貸した。


「協力がいるんだろ」


 こちらの事情を察したのか彼はそう言う。

 確かにもちろんアナを探すために協力がいる。

 俺は頷いた。

 すると、彼は頷いて………………消えた。


 は?


 一瞬で消えたのはどういう理屈か。

 俺の目には一瞬地面を蹴って建物の上にジャンプしたように見えたけど確かではない。

 助けてくれるのではなかったのかと憤りそうになった時に服の端を轢かれた。


「!?……アナ」


 いつの間にかそこにはアナがいた。

 実は近くにいたとか。

 いや、もしかして笹嶺とかいう人が消えたのが関係してるのかな。


 異能で自分と特定人物の配置換えとか。

 わかんないけど。

 でも、ありがとう笹嶺って人。


 まあとにかくここから離れよう。

 アナに声をかけて公園の方へと足を進めた。

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