訊く


 海外からの観光客も年々増えた関係で外国人と言うのもそう珍しくない昨今。

 異能発生時の治安の悪化に伴い、入国審査は厳しくなったと聞きはするがそれでも年々入国者は増えている。


 そんな状況でありながら、俺はその人物をただの通行人とは思えなかった。

 金色の髪に盛り上がった筋肉、彫の深い顔はやはり西洋人的な顔立ちをしている。

 映画に出てくるような軍人然とした男。

 もちろん銃火器の類は身に着けていない。


 四年前に異能が現れてからと言うもの、銃火器が日本にも持ち込まれているという噂は聞くがその程度。

 いかにも軍人のような見た目だからと、そんなものを持っているはずもなかった。


 男を観察してそう思っていた時、身長差故だろうか、声が降って来た。

 元の男の身体でも目の前の大男にとっては子供同然、今の幼女にしか見えない身体では当然のことかもしれなかった。


 たどたどしい日本語で男は言った。


「ツヨイヤツ、シッテルカ?」


 その言葉に俺は首を傾げそうになる。

 強い奴、知ってるか。

 そう訊きたいのは分かる。


 だが、戦国時代でもあるまいし強い奴を求めて旅をしているなんてことはないだろう。

 その図体でストリートファイトをしたいと言われれば冗談に聞こえないことが怖いが。


 さて、どう返したものか。

 正直、自分よりも何倍もでかい相手を目の前にして少し怖いし。

 もし気分を害して暴力を振られたらかなわない。

 そんなことはしないと信じたいが、強い奴とやらを探しているのならば血気盛んであることも事実だろう。


 とかなんとか、思っていると何を思ったのか、男は再度話しかけて来た。


「オマエ、ナマエ、ナンダ?」


 友好であると示してきているのだろうか。

 まずは自己紹介から、そんなところだろうか。

 でも、知らない人に本名を名乗るのはどうなのだろうか。


 男の身体ならいざ知らず、今は幼女なわけだし。

 それに、この男が幼女を狙う誘拐犯でない確証はない。

 始めの言葉から可能性は極めて低いが、自己紹介をして仲良くなったと思わせて連れていかれるみたいな手法だって考えられる。

 でも、名乗らないのも無礼なような……。


 そして、色々考えた結果、やはり名乗ることにした。

 ただし、本名ではない。


「ルカです」


 なんか、緊張で発音が変になった気がする。





 ◆


 西洋風の大男。

 それはここ数日で各組織間の話題に上がる頻度が増えていた。

 六大組織が動くほどではないが、中小組織からすれば対処したい問題だった。


 被害は一つの組織の構成員にとどまらず、この近くを通った者たちはことごとく被害を負っていた。

 西洋人の男は「ツヨイヤツ、シッテルカ」と話しかけるらしい。

 被害にあった皆が一様にそう言い。

 そして、異能を使われるまでもなく殴り倒されるのだと言う。


 その強さはともかくとして、自分たちの島を荒らされては黙ってはいられない。

 六大組織が統括してはいるものの、実効支配するのは自分たち中小組織である。

 だから、そこで喧嘩を売るような真似をされれば、報復をしなければならない。


 ザンマと言う男が所属する組織以外も男を探すために動いていた。

 そして、そんな中、裏路地でその男を見つけたものたちが居た。

 とある組織のとある部隊。

 その実力は折り紙付きであり、中小組織の中では頭一つ抜けた実力を持っている。

 それ故に、先の陽炎と異能倶楽部の抗争の際には、部隊全員が精鋭として選ばれるほどだった。


「ターゲット発見!」

「よし、配置につけ」


 そんな男たちに見つかってしまった西洋人の男も運の尽き、そう思った。

 万全を期すため奇襲の形を男たちは取った。

 奇しくもそれは異能倶楽部のボスにした作戦と状況が似通っていたが、本来失敗するはずの無いものだ。

 よそ者の外国人一人に対しては過剰戦力も良いところだろう。


 そう、ひとりなら。


「なん、で」


 誰かが呟いた。

 それは疑問であり嘆きだ。

 絶望がそこにはいた。


「なぜ、そこにいる。ルカ」


 西洋人の前に佇むのは異能倶楽部のボスであるルカ。

 あの日、なす術もなく敗走を選ぶことしかできなかった相手。

 そんな存在を前にして正気を保てる者はこの場に居なかった。


 丁度、ルカが大男に名前を名乗った時と同じくして、誰一人の例外もなく足は震えまともに立てないでいた。

 恐怖。

 心の奥底へと植え付けられたそれが、脚に力を入れさせない。

 奇襲を仕掛けるが故に、足場は不安定。

 少し気を抜けば、落ちてしまう状況だった。

 いや、もう落ちていた。




 


 ◆


「ルカです」


 目の前の少女がそう言って口を開いたとき、西洋風の男はその言葉を頭の中で反芻した。

 それは自身が日本語に不自由であることに起因しており、それは無意識にでた呟きにも表れていた。


『ルカ……デス。ですは日本語における敬体だったはず。なら、名前はルカか』


 ルカ。

 それがこの目の前にいる少女の名前。

 そう断定しようとした時、もう一つの可能性に気付く。

 もしこれが日本語ではなく、英語を操る自身へと向けられた言葉である可能性。


『ルカ、デス……るっく、あ、でぃす……「look at thisこれを見ろ」!?でも何を』


 首を傾げるその前に答えは向こうからやって来た。

 鈍い音を立ててビルの上から何かが落ちた。

 そしてそれが何なのかは目を凝らすまでもなく判断がついた。


 人間だ。

 日本人の男数名が、一斉に地に伏していた。


『これが答え』


 男は初めに、少女に対して強いか訊いた。

 その答えがそこにあった。

 身動き一つとることなく周囲から奇襲でも仕掛けようとしていたであろう者たちを無力化した。


 正真正銘、「ツヨイヤツ」と言う事だろう。







 ◆


「じ、実は!リオちゃんと仲良くなりたいの!」


 何が飛び出すか。

 そう思い身構えていたツムギに対して掛けられたのはそんな言葉だった。


 言葉を発した主はリオが内心ギャルの人と呼ぶ篠塚という金髪の似合う女子生徒。

 事あるごとに周りなど気にする様子もなく彼に触ろうとする彼女がそう言った。


「あ!いきなりこんなこと言ってもわからないよね」


 ツムギが言葉の意味を咀嚼するのに時間が掛かっていたからか、篠塚は申し訳ないとばかりに頭をかいた。

 その度に、着崩した制服と一緒に胸が揺れた。

 それをツムギが睨むが、篠塚は気付いていないようだった。


「ほら、私って、結構リオちゃんに話しかけてるじゃん」

「もっと減らした方が良いかもね」

「それでね」


 ツムギの嫌みに触れることなく彼女は続ける。

 あえて触れないと言うより、なんとも思っていない様子だ。


「話しかけても、リオちゃん、あんまり反応してくれなくて。どうやったら、仲良くなれるかなって」


 率直に言われるとなかなか否定も出来ない。

 なんて返そうかと考えている間に篠塚は続ける。


「もしかして、私嫌われてるのかな?」

「よくそんなこと思ってるのに、スキンシップとれるね」

「可愛くてつい……」


「まあ、それには同意するけど」とツムギはついボソリ呟く。

 そして考える。何というべきか。

 本来なら、先ほど本人が嫌われているのかなと言った瞬間、風を切る勢いで首を縦に振りたいところではあったのだが、それを何とか我慢していた。

 それはリオのことを少しばかり思ってのことではあった。

 リオの意思を曲解して伝えたくはない。彼の意思に沿わないことをしたくはない。

 ツムギの根底にあるその理念をなんとか引っ張り出してきて適応したのだ。


「それで、ツムギさん。リオちゃんと仲いいでしょ。どうしたら仲良くなれるかわからない?」


 ツムギは色々考えて、諦めたようにして息を吐いた。


「リオ君が、反応薄いのは緊張してるからだと思う」

「?」


 せっかく教えてあげたのに、首を傾げた目の前の女にツムギは顔をむすっとさせる。

 そして気を取り直したように言葉を続ける。


「リオ君、あんまキラキラした人得意じゃないから」


 キラキラ、リオが言う陽キャ、そしてギャル。

 そんなところが該当する言葉。

 それになんとなくわかったような分からないような顔をした篠塚は自分の髪を触った。


「じゃあ、どうすればいいと思う?」

「多分、今のままでも……と言うか、今のままが一番いいんじゃないかな」

「そうなの?」


 ツムギの言葉に不思議そうに篠塚は聞き返した。


「うん。なんだか、リオ君、篠塚さんに話しかけられた後嬉しそうだし」


「私の時はあそこまでデレデレしないのに」と続けた言葉は届かなかった。

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