第14話 見慣れた日常
『…アキ…ま…』
声が聞こえる。
『起きる…かんで…よ、チアキさ…』
「ん~…はぁ~い…」
声はどうやら起きる時間を告げているようだ。私は微睡みと闘いながら意識を浮上させる。
起きる時間?あれ…、私ボイス目覚ましなんて設定したっけ?
聞き覚えのある声にふにゃふにゃの思考を巡らせる。
いい声だな〜なんのキャラだっけコレ…いや、起きなきゃ…朝…起きて…仕事…
『仕事』という単語が脳内に出た瞬間、急に意識がハッとクリアになる。
「仕事ー!!」
飛び起きると、そこは見慣れた自分の
「…あれ?アラーム鳴ってない?」
見ると、アラームの時間より3分早い。さっき鳴ったような気がしたんだけど。…夢?
私はとりあえずアラームを解除し、ベットを抜け出した。
手早く身支度をして、メイクもそこそこにダークグレーのスーツに着替える。なぜか久しぶりに袖を通した感覚を覚えて、私は見慣れたはずの戦闘服をしげしげと何度も見た。
「?」
なんだか、つい最近までもっとファンタジーかつフォークロアな服を着ていた様な…?
まさか妄想が捗りすぎて遂に幻覚まで見るようになったのかと、自分の末期さに戦慄する。
「いや、仕事仕事…っと、…あれ?」
ぼーっとしてる間に時間はどんどん過ぎていく。
慌てて玄関に向かったが、忘れ物をした気がしてリビングに引き返した。慣れた動作でテーブルの上の小物入れを覗き込んだが、そこには何もなかった。
「あれ?いつもここに…」
反射的に左手首を見るが、何もない。
「何を探していたんだっけ…?」
そっと左手首に触れてみる。何かを身に着けていた様な気がするけど、思い出せない。
私は妙な違和感を感じながらも、時計に急かされるように部屋を出た。
職場に出勤すると、自分のデスク付近に見慣れた後ろ姿を見つけた。その人はこちらを振り返りパッと表情を明るくする。
「あ~っ、
キャピッという文字を背景に背負ったその人は、ゆるふわウェーブの髪を踊らせ可愛く挨拶した。
「お…おはようございます…?」
なんだ?中野さん、めっちゃ機嫌いいじゃん…
彼女は私の後輩の中野さん。彼女のあざとかわいい女戦略と、立ち回りのうまさは尊敬に値する。幾度となく彼女に良いように使われてきたお陰で、彼女の頭の良さと恐ろしさは身を以て経験済みだ。そしてその経験から導き出される結論として、『テンションの高いやべぇ奴からは距離をとるべし』と言うことだ。
私の脳内では、絶賛大急ぎで回避ルートを計算中だが、それを知ってか知らずか中野さんは私の側に近寄ってくる。ヒィィ、こっち来んな〜!
「はぁ~、運命の人っているんですねぇ!もうこれ、運命ですよね!次会ったら話しかけちゃおうかなぁ〜」
中野さんはわざとらしく嬉しそうに話しかけてきた。話の内容がサッパリわからないけど、話を聞いてほしそうな事はわかる。正直、全く興味ないけど…
「え…っと、何かあったの?」
若干引き気味に尋ねると、中野さんはニンマリと笑ってマスカラバッチリのバッサバサ睫毛を何度も上下させた。
「石動さん…運命の恋って信じます?私、出会っちゃったんですよね〜!運命の人に!」
「はぁ…」
「しかも、めっちゃイケメン!もう…目が合った瞬間に分かっちゃったんですよ、きっとお互いに惹かれ合ってるって!!」
興奮しながらキャーキャー言う中野さんはまるで女子高生の様だ。あいにくと当時も今もエリート喪女の私には縁遠い内容だ。恋なんてしたこともない。…無い…よな?
「…?」
そう思った時、なぜか違和感を感じた。胸の辺りがモヤモヤする。私は無意識に左手首に触れていた。今朝からどうも左手首を気にしてしまう。
…なんでだっけ?
などと考えていると知らぬ間に誰かが背後に近づいていたらしく、後ろから声がした。
「石動」
振り返ると、上司が眉間にしわをを寄せて怪訝な顔をして立っている。私は数歩後ずさった。上司の顔を見ると、条件反射でたじろいでしまう。
「…おはようございます…」
「おはよう。今度の有給の件だけど」
あっ、これはなんか言われるヤツなんじゃ…
「す、スイマセ…」
「申請は早めに出せよ。」
「…え?いいんですか…?」
私がポカンとして尋ねると上司は更に眉間のシワを深くしてこちらを見た。
「いいもなにも、お前有給溜まってるだろ。使ってもらわないと困るんだよ、遊びに行くのは構わんが、くれぐれも事故には気をつけるんだぞ!」
「あ…は、はぁ」
それだけ言うと彼は私の前を通り過ぎ、中野さんに向かって大声で言った。
「中野!この資料、なんでこんなミスだらけなんだ?!こんなんで使えるわけねーだろ!大至急やり直し!」
「え?!すっ、すいませんっ」
中野さんの机に、勢いよく資料の束が叩きつけられる。すると小さな声で周りの同僚達が囁きだす。
「また中野さんやってるよ…」
「ホント、あの人ポンコツだよな…」
困惑した表情で慌てる彼女の様子に違和感を覚えた。中野さんがポンコツ…?私の記憶の中の彼女はこんなふうに大勢の前で叱責されることなんて無かった筈だけど…むしろ、私の方が…
そこまで考えた瞬間、急激なめまいに襲われる。
「あ…れ…?」
足元がふらついて机にもたれると、近くにいた同僚が声をかけてきた。
「ねぇ、石動さん大丈夫?顔色悪いよ?」
「ホントだ、真っ青じゃん。早退したほうがよくね?」
「や…早退なんて…今来たばっかりだし…」
私が何とか受け答えをしていると、中野さんを注意していた上司がこちらに振り返った。
「おい…本当に顔色悪いな。石動、今日は帰って休め。そんなんじゃ仕事にならんだろ」
上司は、私の顔を覗き込むと眉間にシワをよせて心配そうに言った。
「は…はい……」
えぇ、この人、こんな事言うの?!という衝撃に呆然とした私は、促されるまま回れ右して職場を後にした。
おかしい。なんか、おかしい。
さっき来た道をトボトボと歩きながら、私は朝からずっと小さな違和感を感じている事を思い出した。いつも通りの日常のはずなのに何かが引っかかる。でも、その事を考えようとすると途端に意識が散漫になる。ぼーっとして時が止まる的な。
「…もしかして、本当に体調悪い?」
食料とか買って帰るべきか?等と考えながら歩いていると、突然何かにぶつかってよろけた。
「ぶっ?!」
「すみません!大丈夫ですか…」
よろけた勢いで少しふらついた体を支えるように力強い腕に抱きとめられた。ぶつけた鼻を押さえながら目を開けると、至近距離に光を放つような美しさがあった。
「…へ…?」
艶めく黒髪に均整の取れた身体はスラリとスタイリッシュにスーツを着こなし、天然物と思われる長い睫毛は、まばたきの度に光の粒子を撒き散らすエフェクトが出ていると言っても過言ではない。もちろん顔面も2次元から来ましたと言わんばかりの造形をしており、同じ人類とは思えない。なるほど、これがニュータイプか…と納得し本能的に手を合わせて拝みたくなる程に美しい。
眩しい…!この距離で摂取していい美形濃度ではない、眩しさに焼かれて死んでしまう!
本能的にそう感じた私は両手で眩しさを遮るようにして、蚊の鳴くような声で呟いた。
「ヒェ…お、お助け…」
すると、美形さんは数秒沈黙した後、プッと噴き出して笑った。
「ふっ…ふふっ、お助け…って(笑)」
余程ツボに入ったのか、私を支えている腕にまで笑いの振動が来ている。
私なんぞがひと笑い取れたようで何よりです。それで少し冷静になれた私は、自分の力で体勢を立て直し、彼の腕の中から脱出した。
「すみません、ありがとうございました」
新人類にひとときの笑いを提供出来たというだけで、今日ここまで来た役目は果たしたようなもんだ。コレで胸を張って早退出来る。私は小さく頭を下げると、そそくさと立ち去ろうと鞄を持ち直した。しかし彼に背中を見せた瞬間、ガシッと手を掴まれる。
「あ…あの」
驚いて振り返ると、整った顔の黒い瞳と目が合う。
「…何処かで俺と会ったことありませんか?」
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