第8話 『魔の森』
意気揚々と宿を出発した私達は『魔の森』を訪れていた。
一度目はカウント外として、二度目の時よりも森の深くへと歩みを進める。目的地である『ガァラ』は地図の通り『魔の森』の向こう側にある。その為、森を突っ切った方が早いのだ。もちろん、迂回路もあるが『ウィト』からだと倍以上かかるのでお勧めしない、とギルド職員さんも言っていた。
森を進むにつれて、隙間無く茂った木々が日光を遮っていて昼間なのに薄暗い感じになってきた。草も伸び放題で、かろうじて道らしきものはあるが、このままならいずれ分からなくなりそうだ。長らく人の手が入っていない事がわかる。
前回よりも奥…とは言え、まだそこまで進んでいないのにこの鬱蒼とした感じは、もっと奥に進んだら今は夜なのか昼なのか分からなくなるのでは…?とちょっと不安になる。
周りをキョロキョロと見回して歩いていたせいで足元の石に躓いてしまった。
「ぅわっ?!」
急にグラリと傾いた体はバランスを失って前に倒れ込む。
「おっと…チアキ様、大丈夫ですか?」
地面にダイブする前にリオが受け止めてくれたらしく、事なきを得たようだった。
「あ…ありがと」
「いえいえ、お怪我が無くて何よりです。…立てますか?」
「うん」
リオは微笑みながら私を元の体勢に戻す。見た目細いのに抱きとめた腕にちゃんと逞しさを感じて、私は一人で赤面してしまう。
前にもいったが、圧倒的にそーゆーことに対して経験が不足している。だって『女の子扱い』が自分の身に起こるなんて思ったこと無かったんだよ!フィクションだと思ってたんだよ!と、悲しい言い訳を心の中で叫んだ。
「足元も悪いですし、俺と手を繋いで行きましょうね」
「えっ」
リオが私の右手を握って微笑む。その微笑みの後ろに『拒否権はない』という文字が見えた。…が、数秒前に助けられたので大人しく従う他ないのだ…
「…わ、わかった」
私はモゴモゴと呟きながらリオの手を握り返した。すると彼は嬉しそうに
「フフ…役得ですね」
と笑った。
実は『ガァラ』は『魔の森』を抜けた先、というザックリとした情報はあるが、森をどう進んだらいいか等の詳細な事はギルドでも得られなかった。と言うか、ごく最近まで『魔の森』の内部の情報はあまり無かったらしい。
その原因として、定期的に『森が動く』からなんだとか。なので、一度踏破して調べて地図に起こしても、次の周期でまた変わってしまって意味がなくなるのだとか。それに加えて、山から降りてきた魔物が現れたりするので余計に人が寄り付かず、たまに冒険者が出入りする程度になって、今に至る。
ただ、地形的な作りは一貫して変わらないらしく、森に出入りする冒険者は必ず川に沿って進む事にしている(らしい)。(ギルド職員談)
『ガァラ』は温泉地ゆえに温泉が湧き、湧き水などと一緒に流れている。それはいずれ川になって下流である『魔の森』を通って『ウィト』に続く。
なので、逐一変わる地図に頼るより、実際に流れている川に沿って歩く方が確実らしい。
なので、私達も絶賛川に沿って森を歩いている所…なんだけど。
「…ちょっと、疲れてきたね…」
慣れない森歩き(?)と日頃の運動不足のせいか私は既に疲れていた。
景色も特に変わり映えしないし、薄暗いし…なんなら若干飽きてきた。
「ふむ…そうですね、そろそろ昼頃ですし、どこかで休憩しますか」
リオは空を見上げて太陽の位置を確認し、私に笑いかけた。私はうんうんと頭を縦に振る。
「うーん…と言っても、もう少し開けていて休めそうな所まで移動した方が良さそうですね」
辺りを見渡したリオが苦笑いしながら言った。私も同じように周りに視線を向ける。
確かに、こんな草ボーボーの所で座ったりしても休めないよね。変な虫とか居ても嫌だし…
「そうだね…」
「川沿いにもう少し進んでみましょう」
良さそうな場所があるはず…と自分に言い聞かせて、私達は再び歩き出した。
暫く川沿いを登ると、冒険者のキャンプ跡なのか、川辺に小さく拓けた場所に出た。小石を丸く囲った焚き火跡のようなものや、座るのに良さそうな大きさの石もある。
「おおお…!」
私はようやく探し求めていた場所に巡り会えた嬉しさから感嘆の声を上げた。
リオもこの場所にピンと来たのか、周りを素早く確認し、私に笑いかける。
「チアキ様、今日はここで野営しますか?」
「え、野営?」
休憩かと思ったら野営と言われ、私は思わず質問で返してしまった。すると、リオは「ハイ」と頷く。
「このまま進んでも、あと数時間で暗くなってしまいますし、夜の森を進むのは避けた方が良いでしょう。チアキ様もお疲れでしょうし、丁度いいのでここで早めに野営の準備を整えようかと…」
「…そっか、確かにそうだね」
リオの言葉に納得して頷く。するとリオも満足げに笑った。
「では、俺は焚き木を拾ってきますので、チアキ様は鞄から野営道具などを出しておいてもらえますか?」
「わかった、気を付けてね」
頷くと、リオは私の近くにしゃがみ、そっと私の手を取った。こちらを見つめる瞳と目が合う。
「すぐに戻ります…でも、何かあったら必ず俺を呼んでくださいね」
「う、うん…」
そして私の返事を聞いたリオは、流れるように私の手の甲に口づけを落とした。私の脳が情報を処理する頃には、何事もなかったかのように微笑んでこちらを見ている。
「では…いってきます」
と、満足げに林の方に消えていく背中を、私は赤い顔のまま茫然と眺めていた。
「…えっと、テント…テント〜」
私はうわ言のようにブツブツ呟きながら通勤カバン(改)に手を入れ中の広い空間をまさぐった。
すると、手に確かな感触があるので掴んで引きずり出すとキャンプ用品の様に一纏めに収納されたテント一式がヌルッと出てくる。
おいおい…マジで四◯元ポケットじゃんコレ…
私は、とんでもない物を手にしてしまったのかもしれない…と若干震えた。
そうする事数回、私の周りにはテントや寝袋、ランタン、ケトルなど元の世界で見た事のある様なキャンプ道具が並んだ。しかも、よく見るとテントや寝袋にはキャンプ好きな友人が愛用していた某有名アウトドアブランドらしきマークが…
「…ディオン様…アンタ神か…いや、神か…」
私はとりあえず空に向かって手を合わせて祈った。ありがたや、ありがたや…
しかも、元の世界のキャンプ道具ということは、私にも組み立てられるということだ。キャンプはやったことないが、いける気がする。
「ふ…ふふふ…はーはっはぁ!」
私は高らかに笑いながら立ち上がった。テント一式を広げると、脳内にある記憶の通りにそれらの部品を組み立てていく。
最終的にそこらにあった石でペグを地面にしっかり打ち付け固定すると、あっという間にテントが出来た。達成感と共に拳を天に掲げる。
「いえーい!某キャンプアニメの力、思い知ったか〜!全期履修済みだぞ〜!」
そう、脳内の記憶とは某キャンプアニメで培った知識。JKがゆるくアウトドアを楽しむ日常系アニメだ。当時、癒される為に見ていたアニメが今、私の中で実践的な知識として昇華されたのだった!
「いやぁ、日本のアニメ最高!クールジャパンイェ~…い…」
オタクスキルの勝利に浮かれ、優雅にくるりと振り返った。
「……」
その先には、小枝を抱えたリオがポカンとした顔でこちらを見ていた…。
「あっ…」
二人の間に微妙な沈黙が流れた。
遠くの方で聞こえた鳥の鳴き声が妙に響き渡ったのを覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます