第八話 日本
「なんだ。何か起こったか」
「騎士団長。まずいです。雪が深まってきました」
「む?」
裏口の扉を開けて外を見ると、レイという名の少女が必死に雪かきをしているが、今にもレイ自身が雪に埋まりそうなほどの雪だ。
「いや、これは、困りましたなぁ。明日までには麓に戻らないと部下たちが、要らぬ誤解をしてしまうかも」
「さすがに、この雪深い山に無理やり山に入ったりしないでしょ? 死ぬようなもんですよ」
「いや、シド。ランドンならやりかねないぞ?」
あの国は目的を達成するためなら、火の中でも飛び込む奴らだ。
ミフネフォールドも頷いた。
「うちの部下なら、来てしまいかねません」
「本当ですか? いや、ランドン兵の方々を雪山で遭難させるわけにもいきません。なんとかします」
「では、一晩、申し訳ないですが泊まらせていただければ」
「もちろんです。では、諸々の準備をして参ります」
「おい、シド。儂は」
「ああ、軍務尚書もごゆっくりして行ってください。まだ帰る時間じゃないでしょ?」
一国の軍務尚書を、どこかのおじさん程度にしか扱わないつもりか。
飲み屋で気安く声をかけてくるような言い草だ。
「そうそう、それより、これ。二人で試してみてください」
机の上に枡目を切った板と駒を置いた。
「なんだ? これもインサツか?」
「あはは。まあ、形は似ていますけど違います。これはゲームというものです」
「ゲーム?」
「はい、将棋とも言います」
「ショウギ?」
「戦争を模したゲームなんで、お二人にはぴったりですよ。動かし方はこうです」
どうやら、戦場を想定した遊戯らしい。
互いに駒を交互に進めて、相手の王に自分の駒を載せたら終わりだという。
それぞれの駒には動かし方がある。
相手の陣地に入ると無双化する駒もあれば、相手の駒を奪って自分の味方として使うこともできるという。
「じゃあ、寝室と明日の準備が整うまで、これでお遊びください」
「おい、儂は」
「いや、これは面白そうですな。名高いアルディラの軍師相手に、盤上遊戯ができるとは滅多にない機会。お相手いただけないでしょうか?」
「いやいや、ミフ」
「軍務尚書。ランドン最強の戦術家の程度を見極めてやってください」
「ネフォールド殿……お手柔らかに」
確かに、この男の戦術レベルを知っておきたい。
なるほど。この駒それぞれが兵と言うことか。
特徴の違う兵種を交互に動かしながら、戦い合うが、ただ攻めればいいというわけではない。相手がどんな意図で動かしているのかを見極めないと、とんだ窮地に陥ったりもする。
頭脳戦ということか。面白い。
──結果。五勝五敗の引き分けになった頃、気付けば深夜だった。
「いや、お二人とも、なかなかの熱戦でしたね」
いつから見ていたのか、シドとレイとマリが、横から盤を眺めている。
「いやはや、さすがにお強いですな。アルディラの軍務尚書を務められるだけはある」
「いや、こちらも焦りましたぞ。ランドンと
なかなかの油断ならない戦巧者であることは、このゲームでも十分に理解できた。
「いやいや、アルディラに硬く守りに入られると、あの手この手で防がれてしまいますな。守りながらの攻めもお見事でした……が、ちと『待った』が多すぎまするな」
「いや、それこそお互い様ですな。こちらも、これで勝ちという手を何度も何度も」
「ああ、いけません。お二人とも、それくらいにしましょう。喧嘩になります。互いに気持ちよく終わった方が良いものですし」
「ちなみに、シド殿はお強いのですか?」
「そりゃあ、もちろん。私よりもレイのほうが若干強いですが」
「師匠はこの遊びはそれほど強くないです」
「ひとつ、手合わせをお願いできますかな?」
「喜んで。本気でいきますよ?」
ランドン随一の騎士団長と、アルディラの傭兵王が盤上遊戯とはいえ、戦いをする。
──後世に語り継ぎたい名勝負を期待したが、速攻でシドが負け、泣きの三回勝負で、ミフネフォールドが二勝した。
「……あれ? 騎士団長は、かなりお強いですね」
「いや、偶然、偶然」
「どれ、儂ともやってみろ」
かつては戦場を駆け回った。戦いの駆け引きは熟知している。
結果、速攻でシドの負け。
「……いや、油断しました。まさか、そのような……おい、レイ、お相手をしてごらん」
レイという小姓とミフネフォールドが戦うと、今度はレイがあっという間に勝利した。
「まあ、こんなもんですね」
恐ろしいまでの秒殺を食らったミフネフォールドが今度は泣きの一戦。
指している最中に、マリと言う女が「あ、そこは……」「いや、団長、まずいです」「団長、それ危ない手になります。あ、いけません。ほら、どちらかの駒が死にます。そうじゃなくて」と途中から、マリとレイの戦いになった。
序盤、ミフネフォールドが取られて劣勢になった局面を、マリが取った駒を上手に活用しつつ、形勢逆転。
「こいつは、名勝負だ」
「おい、レイとやら、守りが手薄だ。ランドンに負けるなよ?」
「わかってますよ。年寄りは黙っててください」
……今度は年寄り扱いだ。
言いたくないが、儂は軍務尚書だぞ?
かなりえらい地位にあると思うんだが……。
……だが、もしも、私が家庭を持っていたら、きっと、こんな孫がいたかもしれない。
結果、凌ぎ切ったレイが勝利し、アルディラの面目を保った。
「これは面白いですなぁ。頭も使いますし、軍に導入してみます」
「ええ、頭の体操には丁度よろしいかと。ただ、軍で使うのであれば、もっと精緻にしたものが必要かもしれません。これはあくまでも戦場を模しただけですので」
「ええ、わかります。実際の戦場では考える時間はほとんどありませんからな」
確かに。この遊戯は実際の戦争に通じる部分はあるが、実際の戦争は、同等の勝負ではない。それに同時進行でいくつもの駒が動く。
この騎士団長は、やはり戦場が分かっている。
「これもある意味、文化の戦いです。同じルールで戦う遊びですが、今のように国ごとに対抗しあって戦うことで、互いの力量を称え、そして悔しいと思った国は努力をする。それが、これからの大陸の戦い方になるはずです」
それがシドの描く未来。
それは領土や軍事力ではない部分で戦い合い、互いを認め合う戦い。
異国の者同士が、血を流すのではなく、汗を流す戦い。
なるほど。面白い。
すぐにそうなるかは分からないが、アルディラから、このショーギとやらを大陸に広めるだけでも、我々の文化の高さを知らしめることができそうだ。
柑橘をもう一つ剥いて食べようとすると、鼻をすする音がした。
ふとみると、シドがにやけながら泣いている。
「どうしたのだ?」
皆が訝しげにシドを見た。
「いやぁ、もう日本人みたいだなぁって。こうやってコタツを囲んで遊びながら、ミカンを食べているとか、まるで
「ほう、お前もニッポンとやらに、行ったことがあるのか?」
「はい。行ったというか、そこで育ったというか……え? 『も』とは?」
「内務尚書も、そのニッポンの出らしいぞ。どこら辺にある国なんだ?」
「……え?」
「内務尚書だ。モッティ・フルムーン。あいつも十数年前にニッポンというところから来たそうだ。ここらの周辺国の名ではないな。どこかの村か? 正しい名前は、なんといったか。ダイニッポン……なんと言ったかな?」
ミフネフォールドに水を向けたが、ミフネフォールドもその村のことは知らないらしく、首を横に振った。よほどの小国か、遠方の辺境なのか。
だが、シドの顔には驚きと困惑を同居させることに成功したようだ。弟の素性を告げた時よりも、驚きながら
「閣下……。日本とは……私のいた異世界の国の名です。大日本……大日本帝国は、私が育った時代よりも古い時代の名と聞いています」
と、あの時、絞り出すように答えたシドの顔が忘れられない。
(『アルディラの老兵 ~ファイアストン軍務尚書回想録~』より)
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