第四話 遭遇

 シドが内務省に関係しそうな部分で行ったことで言えば、一部の税制と国民兵制度くらいだ。


 そちらに関して言えば、滞ったことは今のところないが……。


「内務尚書ではない、という可能性もあるだろ」


「そうなると、他の国ということになりますが、わざわざ危険を冒してアルディラの冒険者ギルドを使いますかね」


「確かにな」


 足の付かない自国の冒険者ギルドを使えばいいだけの話だ。

 若しくは、ランドンが如く自国の秘密組織を持っている国はいくらでもある。シドが歴戦の将だとしても、隙はいくらでもあるだろう。よほどの腕の立つ護衛でもつけない限り、仕留められそうなものだ。


 実際、こちらも百人もの近衛兵を手配している最中だ。

 そういえば……。


「モッティと、お前の話をしたことがある。思い出した。お前とヴィマルの話をした時のことだ」


「ああ。ヴィマルは結局、どうしているんです?」


「あいつ、勝手に軍を抜けおったわ。今はどうしているのかもわからん」


「……ヴィマルなら、私を殺すのであれば、自分の手でやるでしょうしね」


 たしかに、ヴィマルはそういう性格の男だ。

 小細工ができない代わりに、突撃作戦などに重宝する将だった。シドが抜けた後、しばらく軍に在籍したが、その後、消えた。


「モッティはお前たちのことを気にしていた」


「へぇ。内務尚書がですか?」


「少し気になる気にし方をしていた。お前とヴィマルのどっちが兵に人望があるのかとな」


「人望……」


 どちらも無いと言ってやりたかったが、どちらかと言えばシドのほうが兵からの人望はあった。


 いや。一般の兵からすれば、単にヴィマルは不人気だ。

 ヴィマルは配下の兵を危険に晒してでも勝利に拘る。

 一方でシドは兵を死なせない作戦のほうが多かった。『計画は忙しいだけだが、失敗は死につながるから』と、綿密に計画を立てるのが好きだった。


「ははぁ。なるほどねぇ。なんとなく内務尚書の気にされていることが分かってきたような」


「なんだ?」


「その前に、内務尚書配下に武力組織はありますか?」


「無いと言えば無いが……国内治安維持用の組織ならある」


「ああ、警察か。もう作ったのか」


 ケーサツが何のことか分からないが、国内での内乱や国境での小勢り合いが起きた時、軍よりも先に出動して戦線を維持する役割だ。


「なるほど。あと最近、兵士への支払いが滞っているらしいではないですか?」


「国民軍ではなく、旧貴族どもの私兵や傭兵の支払いだ。バカ貴族らが法外な値段で雇ったから、すぐには支払えないと聞いている」


「うまい言い訳ですな」


 舌打ちをした。見透かされている。

 シドの言う通り、ただの言い訳だ。内務省がわざと支払いを滞らせている。理由までは分からないが、内戦時に王軍に味方をした貴族からも苦情が来るくらいだ。


「そうか、そうか。この国に足りないのはそれか」


「何が足りないんだ」


 一人、得心しているシドだが、教えてもらえない。まあ、金が足りていないとなれば、まさにそうだろう。


「いや、それよりも閣下。この先、戦争は変わりますよ」


「今以上に変わるとは、どんな戦いになる?」


「武力のない戦いです」


「?」


「これが三つ目の相談です」


 ちょうどその時、外から雪を踏みしめる足音が聞こえた。


「シド殿、戻りました! ファイアストン卿、申し訳ない。秘密の会談の途中とは思ったが、戻らせてもらった」


 舌打ちだ。だから、日を改めようと言ったのに。


「どうぞ、どうぞ。レイ。二人にお茶を淹れてあげてくれ。最初はぬるめ。次が熱いお茶だ」


「いや、申し訳ない。助かります」


「庭はいかがでした?」


「折角の庭でしたが、雪に埋もれてしまい、その全貌を知るには残念ながら。しかし雪を被った巌の庭石は迫力がありました」


「もう少し雪が解けてから、お越しいただきさえすれば。申し訳ないことです」


「いやいや、我儘を言って、無理に来たのはこちらです。また春にも遊びに来ることにいたしましょう」


 なんだ。

 こいつ、わざわざこんな国から離れた山奥まで本気で庭を見に来たのか?

 ミフネフォールドは変わり者と聞いたことがあるが、山奥の庭を見に、わざわざ他国に忍んでくるとか、酔狂にも程があるだろう。


「庭の塀の裏にあった木は、春になると目に鮮やかな淡い紅の花をたくさん咲かせます。是非、春にもう一度」


「おお、それは見応えがありそうですな」


 と、ミフネフォールドがようやく、こちらが睨んでいるのに気付いたようだ。


「では、我らはこれにて。長逗留すると、兵が捜しに来てしまいますので。閣下、大事なお話の最中に失礼いたしました」


「えー。まだ大丈夫でしょ?」


 二人はチラとこちらを見た。


「うちの軍務尚書も泊っていけって言ってました」


「本当ですか?」


「ん? ……ああ。ランドンの名将に我が国の雪山で遭難されても困ります。何もないところですが、是非、一晩、許されるのであれば。いや、至急戻る必要もありますでしょうが」


「何もないって、あんた。私の家ですよ。自分の家みたいに言って。ランドンのお二人は、どうしても、戻らないといけませんか?」


 二人は顔を見合わせて頷いた。舌打ちしそうになる。


「今日までは、大丈夫です。実は麓の村に兵を隠しておりまして。いや、私はそのような護衛はいらず、マリだけでいいと言ったのですがね。まあ彼らに明日の夕方までに無事と連絡を入れればいいだけですので」


 こちらの顔色が変わりそうになったのを気取られただろうか。


 まずい。


 このままだと麓の村でランドン兵と我が国の兵が遭遇しかねない。

 ミフネフォールドの滞在は計算外だ。

 何かあったとしても誤解されぬよう、この場は友好的にしておいた方が無難か。

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