第5話 狂気の踊り。こわ。
それからどれくらい待たされたっけ? 椅子に腰かけ、その間、足をプランプランさせて待ったんだけど。退屈で。
レイも、気を利かせて、冷たい水をもう一杯もってきてくれた。
レイ・スターシーカ―。この子は、ホント、いい子ね。スターシーカーって、コルネットの街に、そんな奴、いなかったっけ?
「ねぇ、レイちゃんって、どこの子なの?」
気になるでしょ?
なんでシドと一緒に暮らしているのかもだけど、一体、この子、誰なの?
当然の疑問でしょ?
「おーい、エレノア。こっちにきてくれ」
レイの返事の前に、シドが裏口から入ってきてあたしの手をとって外に連れ出しちゃったから、この話はこれでおしまい。
まさか、あのスターシーカーの娘がいたなんてね。もちろん、後から知ったわ。
外の空気は澄んでいたわ。
山も悪くないわね。
故郷の森の次にいい香りがする。
空は高く、頭上を鷹が飛んでいくのが見えたわ。鷹がいるのは自然が豊かな証拠。毒さえ抜けていたら、そこら中を散策したかったけど、また今度。
今は陽の光が目の奥を刺すように眩しいだけ。
シドが目の前の小さな小屋の中に、あたしを入れたの。
「熱っ! なにこれ! 出して! バカなの?」
ひどくない? 何の説明もなく小さな小屋に閉じ込められたのよ? 毒が回ったエルフを急に灼熱の真っ暗な部屋に閉じ込めるとか、ありえる?
その熱さったら、何ていったらいいのかな。蒸し料理でも作る気? ってくらい熱いの。
これ、まさか、あたしがシドを殺そうとした仕返し?
なら、もう毒で殺して助けなきゃいいのに。
泣きそうなあたしに、シドが笑うのよ。
「ははは。それくらい我慢しろ。西エルフなら、平気だろ?」
「平気よ? 当たり前じゃないの! 急すぎてびっくりしただけ」
え。つい言い返したけど、平気かな? ってくらい熱かったの。
「じゃあ服を脱いで、床の籠に入れて? 入れたら長椅子の一番上に寝そべってくれないか?」
一刻も早く熱さから逃れるために、必死になって服を脱いだわ。
でも全然ダメ。熱いまま。服を脱いだくらいじゃ、おさまらない。
暗闇の中をみたら、そこに拳くらいの石が山と積まれているんだけど、それが熱を発しているの。火は見当たらないけど、多分、どこかに火炎魔法陣が書いてあるわね。これでこの小屋の中を暖めている……というか、灼熱の砂漠みたいな温度にしているの。
変でしょ? どういうこと?
いや、そういう難しいのを考えることすら、いまのあたしには厳しいんですけど?
「ねぇ。熱いんだけど? 汗が……」
でそう……。ああ! そういうこと?
つまり、この熱さで汗をかけってこと? 理屈はわかるけどさ。
しかも毛皮が敷かれている場所は一番上だけ。
これって一番熱い場所じゃない?
人間は知らないかもしれないけど、熱い空気は上に行くって、エルフの中では常識よ。
ただ、敷かれているこの毛皮の触り心地は一級品。
なにこれ。
まさか雪一角の毛皮?
だとしたら王族も好む品じゃない。
熱さや寒さの影響を受けない上に、燃えにくく、極上の触り心地。
ああそうか。
人間のエルフへの畏怖の気持ちを、こういう形で表現しているんでしょ?
シドも所詮、人間だもの。エルフに対しては自然な畏怖があるんだと思う。
「エレノア、脱いだか?」
「全部、脱いだわよ。もう横になってるし」
「入るぞ」
びっくりしたわよ。シドが入ってくるとは思ってなかったからさ。
シドも上半身裸だったわ。
「何よ? 別に汗かくのに付き合ってくれなくてもいいわよ?」
「そうじゃない。わああああ、なんで仰向けなんだよ!」
ちょっと? 狭い部屋で大声出さないでくれる?
頭に響くのよ。ホント、勘弁してほしい。
てか、え? うつ伏せって言ってたっけ?
「うつ伏せなの? それより、あんた、まだ他人の裸が怖いの?」
こいつ、昔から、そういう変な性癖を出していたのよね。
まだ治ってないんだ?
他人の裸を見たり、自分の裸を見せたりするのを、極端に恥ずかしがるの。変でしょ? まあ、思い返してもシドは全体的に変人そのものって感じだったわね。
「怖いんじゃなくて、恥ずかしいんだってば。この小屋なら暗くて見えないから、最初だけならいいかなって思ったんだけど。……うつ伏せになった?」
「なった」
扉を閉じると再び小屋の中は闇になったわ。真っ暗。
ちなみにシドは知らないけど、エルフは闇の中も普通に見ることができるのよねぇ。夜目が効くから。そういうのってイチイチ、エルフは言葉にしないもの。言葉にしないとわからない人間とは違って「察する」って力が強いから。
で、あいつ何したと思う?
水の入った桶から柄杓を出して、石の上に水をかけたのよ。
シュッって音がして、蒸気が上がるのが分かったわ。
「ちょ。あんた、どういうつもりなのっ?」
本気で蒸しエルフを作る気かと心配になったわ。
「いいから、いいから」
いやいや。何一つ、良くない。
そんなので部屋の温度は下がらないわよ?
むしろ、蒸気が出てきて、大変じゃないの。
けど、この部屋が汗をかくための部屋ってことは理解できたわ。
不思議なんだけど、体が芯から暖まっていくの。
蒸気になった熱さが、不思議と体全体に降り注ぐように染み渡って、しばらくしたら、鼻先からぽたりと汗が落ちたの。
あー、本当に汗がでているって。
それも火の持つ肌に刺しこむような熱ではなく、蒸気が加わることで包まれる熱さに代わっていったの。ほんと、不思議だったんだから。
もし、それが無かったら、シドにアズライールを使う所だったわ。
で、あたしが部屋の熱さに汗を出している最中、シドは何をやっていたと思う?
なんかさ、引いたわよ。
てか、あたしのほうこそ、怖かったというべきかな?
あいつ、「傭兵王」とか言われてるけど、なんか悪魔と契約でもしたんじゃないの? って思えるくらいに怖かったわ。
あいつさ。あの暗闇の中で、一人、手ぬぐいを振って、ずっと踊っていたの。
見るからに狂気の踊り。こわ。
人間界のまじないのようなものかしらね?
多分、あたしに見られていないと思っているのよねぇ。
と言っても、その必死な踊りをやめさせる気力もなく、あたしもただ、見てただけなんだけどさ。
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