やらかしました

(…なんかあっついなぁ)


そこまで気温も高くないのに、額に汗が滲んで来た。まだ出てきて1時間くらいなんだけれど、今日も今日とて訓練場でアルノルトの指導だ。三ヶ月続けたマンツーマン指導も今日で最後。明日から他の団員と一緒に訓練することになる。長いようで一瞬で過ぎていった日々。アルノルトの成長ぶりに、驚かされてばかりだった気もするけれど、正直団長になってから書類仕事ばかりで退屈していたから新鮮で結構楽しかった。

これからやるのは、最後のテストだ。


火球ファイアーボール!」


短く詠唱したアルノルトの手のひらから私の身長と同じくらいの大きさの炎が現れる。そして、もう手に収まりきらないそれを、勢いよくこちらに向けて放ってきた。


「…及第点ね」


指示通りの大きな炎がこちらに迫ってくる中、私は目を細めながらつぶやく。まだまだ荒削りだが、これから彼はどんどん成長していくんだろう。上級魔術師にだってなれるかもしれない。


(楽しみね…)


呑気に弟子(?)の成長に思いを馳せている間にもそれはこちらに迫ってくる。熱風が吹きつけてきて、あまりの熱さに更に汗が滲んできた。流石にそろそろ何かしないとまずい。こんなのに当たったら、一瞬で丸焦げだ。


結界バリア


私はその言葉を小さく呟く。すると、薄い膜のようなものが現れて、素早く私の周りを半円状に覆った。結界バリア。簡単にいえば、魔力でできた防護壁だ。結界バリアを得意とするリアンのつくるものには劣るけれど、我ながら結構な強度なはずである。

そして張り終えた直後、ゴッという音を立てて火球ファイヤーボールが結界に衝突する。一瞬で炎に覆われたけれど、結界はヒビはおろか、傷の一つについていない。私は、自分を覆うようなものだったそれを、炎を包み込むように形を変えた。完全に空気が遮断され、空中に浮く透明な球体の中で、どんどん火球ファイヤーボールの勢いは弱る。するとそれは、1分もしないうちに鎮火した。


「「「「「「「おぉ〜!」」」」」」」


いつのまにか周りに集まっていた団員たちからそんな声が漏れる。初めて見たわけでもないだろうに。揃いも揃って、訓練はどうしたというんだ。


「団長」


アルノルトが心配そうな顔をして駆け寄ってくる。どうやら指示されたとはいえ、私に炎を向けた時に罪悪感を感じてしまっているようだ。私が防げないわけがないとわかっているだろうに。


「中々いいじゃない。三ヶ月、よく頑張ったわね」


私は目の前で立ち止まった彼に言う。パッと顔を明るくする彼の表情は、塔で出会った時の全てを諦めたような物とはまるで違う。何かを追い求める、生きようとする人のものだ。


(可愛いやつめ…っ!)


嬉しさと弟子(?)の可愛さで思わず頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、心臓がドクンと大きく音を立てた。まるで心臓を締め上げるような痛みに、何かに圧迫されるような苦しさと、焼けるような熱さに脂汗が垂れ、立っていられなくなる。まさか…


「団長!?」


素早く異変に気がついたカイトが崩れ落ちる体を支えてくれた。目の前にいるアルノルトは、困惑したような症状で固まってしまっている。それはそうだろう、だって今も今まで元気そうだった上司が胸を抑えて副団長に支えられているんだから。


「大丈夫ですか!?ってあつ!」


私に触れたカイトが目を見開く。そして、何かを思いついた後、厳しい表情を浮かべながら尋ねた。


「団長…最近魔術を使ったのはいつです?」

「……さん…ヶ月前、かし、ら」


しくじった。朝から感じていた不良はこれが原因だ。こうなることはわかっていたのに、最近は大丈夫だったから油断していた。


「っ、なにやってるんですか!おい、宰相閣下を呼べ!!団長が倒れた、と。あと第二の塔まで行ってソフィア様に薬を頼んで来てくれ!!」


私を楽な体制にさせながら、カイトは団員の指示を飛ばす。倒れるのが初めてなわけではないが、いつもとは真逆で必死な横顔に申し訳なさを感じる。ほんとにこの副団長には迷惑をかけてばかりだ。


「…ァナ!」


今度カイトに何か好きなものを奢ってあげようと決意しながら、私はゆるく意識を手放した。直前、大好きな彼が私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。やっぱり忙しくて最近二人で話せていない彼は、執務室にいたはずなんだから。

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