感錮刑

掘故徹

第1話『感錮刑』

死刑より重い刑とは何だろうか。

終身刑だろうか。愛する人が目の前で犯され、ゴミの様に扱われ、殺されるのを、縛られたまま、ただただ見ることだろうか。


これは、ある男が愛する家族を守るために作り出した、死より重い罰である。


         ◇◇◇


今日、私への刑罰が決まった。


『感錮刑』、それは人が生きる上で必要不可欠な情報収集器官である「五感」を一週間に一つずつ喪失させる刑罰だ。


失う五感は囚人が決めることが出来る。

嗅覚、味覚、聴覚、視覚、触覚、どれを選んでも構わない。

この刑罰を執行された囚人は奇しくも皆、胎児の様に丸まって動かなくなってしまう。


聞くに耐えない刑罰に肝を潰していると、外から暗い金属質の足音が響いてきた。


「最初の五感は、何にする。」


人の情を感じさせない声音で、淡々と失う五感を尋ねる。彼にも家族はいるのだろうか。気にしても仕方のないことだが。


「先ずは…嗅覚。」


ブツ–––


突然、ケーブルを引き抜かれた様な、静かな電子音がした。


…あまり変化は感じられない。

もともとこの無機質な牢獄には感じていたい匂いなどはなかった。だから始めは匂いを選んだのだ。手にこびりついた、生臭いナメクジの様な匂いを嗅がなくて済むから。


「では、また一週間後。」


そう言い残し、監守は去っていった。


ある程度、身体の自由は許されているので、

無造作に横になる。

この部屋は過剰なまでに広い。端から端まで走って数秒かかるほどだ。

この刑の執行中は、頼めば幾ら高い料理でも出されるし、本や映画も見ることが可能だ。あらゆる娯楽を楽しめるようにしてある。最後に五感を存分に味わっておけということだろうか。それとも、目の見えない人間に本をプレゼントするような、意地の悪い優しさなのだろうか。


試しにカレーライスを頼んでみる。

ほかほかと湯気の立つ、スパイシーな香り…がしない、美味そうな一皿が運ばれてきた。

ひと匙食べてみると、香辛料の効いた重厚な旨みが舌の根を痺れさせた。


腹が膨れたので映画を見る。古い洋画だ。若い男が生の悦びを縛られ、苦悶する様子が描かれている。暴力的なシーンや強姦などが行われるシーンは見ないことにする。過去のある出来事がきっかけで、そういった「人の尊厳を踏みにじる様」を見ると頭痛を起こし、吐いてしまう。


私には妻と娘が居る。娘は2年前に死亡していて、妻は精神病棟に入院している。


映画を見ていると、いつの間にか瞼が垂れ下がってくる。今日はもう寝てしまおう。

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