第19話 気掛かり
———都市部までの数十キロは、法定速度が定められていない荒野を極力安全な範囲で走り抜けるにしても一時間弱程度の時間を要する。
現在未だ目立った進展がないまま、ドンワーズは彼女が駆る四駆のシートから空を眺めるしかない現状にやるせなさを感じる。如何に自分が無力であるかを。
あれから特に会話は無く、ただ流れる茶色と煤けたような橙色、その色に立体感を添えるようにして盛り上がったり下がったりする地形と、点々と置かれている大小様々な岩。そんな無味な風景を、内臓まで響くようなエンジン音を肴にして味わっている。
また、その中でハンドルを握る彼女も些か冷静ではない面持ちだった。一見平静を装っているように振る舞う彼女も、内心は穏やかではない。
やがて、彼女は特筆することもない景色に耐え兼ねたのか、それとも自身が現状抱いている不安から気を紛らわす為か、同じような表情で窓の外を無気力そうに眺めていたドンワーズに向け、絞るように声を出す。
「・・・なぁドンワーズ。こんな代り映えしない景色だけ無言で流していても退屈だろう。少し、お喋りでもしないか?」
「っ・・・えぇ、いいですよ」
最後の会話から十分以上が経過していた。その最中、突然話しかけられたこともあり些か驚いたが、実際ドンワーズもこの鉛のように重く緊迫した空気を不快に感じていないと言えば嘘になるだろう。
そして不快感とは別に、彼も彼女も精神的な疲れを意識しない内に多分に負っているはずだった。
「ありがとう。・・・正直、気が滅入りそうだった」
その声は尋問中の彼女と同一人物かどうか疑う程に弱々しく、明らかな憔悴を感じさせる息遣いだった。
「・・・色々、起きましたからね・・・」
しかし、そんな彼女に対してどのような言葉を掛けるべきなのか、ドンワーズには分からなかった。少しの思案の末、結局当たり障りのないことを言うに留まる。
「私がこの任に着いてから・・・八年くらい経つか。水面下の小競り合いは多かったが、ここまで大掛かりな事態はな・・・。君や私だけじゃない、恐らく、態謁群のメンバー全員が同じ心境だろう」
一度そこで会話が途切れる。彼女が言うように、この事態に対応する皆の心境は海溝に沈む錨のようであり、どんどんと遠ざかる陽光という名の希望を、ただ見上げる事しか出来ないのかもしれない。
まだこの地に来てから程ないドンワーズですら、直近に聞いたこの地を取り巻く様々な問題、そしてそれら課題に対して思索を続ける彼女らに情が移る。
再び訪れた沈黙。その雑木林を手で優しく掻き分けるように、今度はドンワーズから言葉を発する。
「あの・・・・・・その、もし、ロロンさんの許可が下りるのであれば、あの時、ロロンさんが言及しなかった事について、個人的に聞かせてもらってもいいですか・・・?」
躊躇い混じりに息を吐きながら、慎重にそれを問う。
「あの時・・・?」
「地下で私をテストしていた時、「彼らがこの地で争いに身を投じている理由」。それについて、少しはぐらかすような態度を取っていましたよね・・・?それが気掛かりで」
「あぁ、そのことか・・・」あの時吐いた言葉を思い返すように目を細め、ぼんやりと呟く。
「この地の社会的な事情はある程度ロロンさんの説明で理解したつもりですが、緊張地の根源的な部分にだけは触れないようにしていますよね」
「・・・そういえば、君はそれについてどれほど知っているんだ?」
「信仰による対立、ということくらいしか・・・」
「・・・君がこの世界に来てからどれほど『クヴェルア』の歴史を勉強したのかは知らないが、それを知っているのであれば、私から特に言うことはないな」
「ですけど、それだけじゃ答えにはならないでしょう・・・?この地に行くことが決まってから、『クヴェルア』の歴史以外に緊張地の歴史も出来うる限り調べました。数千年前に緊張地で突如興ったとされる二つの王朝・・・。優れた文明を有し、この世界の発展を後押しするほどの技術力を有していたと。しかしその発生原因は未解明で、僅か三百年余りで突然衰退の一途を辿った・・・」
「よく勉強しているな」
「この二つの勢力が現在の東西の争いに繋がっているというのは分かるんです。でも、その勃興理由が不明なのが腑に落ちなくて——」
「真相が不明な歴史など珍しいことじゃないだろう?」
「・・・でも、あなたたちはそれを知ってる・・・違いますか?」
「・・・・・・・」
「それに、私が異界から来たと告白した時、妙な事を口走っていましたよね。炎や雷を出したり出来るのか、って」
「それは・・・」
「これは憶測ですけど、もしかしたら、その王朝が興った原因っていうのは———」
「———そこまでだ」
「っ・・・・・」
「・・・はぁ、我ながら、ボロを出し過ぎたな」
『ドンワーズ、君の憶測は正しい——』
「セル」
『——すまない』
二人のやり取りを後部座席で静かに傍聴していた機械人は、些か興奮気味に口を滑らせロロンに制される。
「・・・一度そういう疑念が生じれば、なかなか引き下がれない。その気持ちは分かる」
「・・・・・・」
「・・・私もそうだった。子供の頃・・・この地で生まれ育った私が聞く緊張地の歴史は、世間の見解とは少し異なっていたが、幼いながらも懐疑的に思わざるを得ない内容だったからな」
「それって・・・」
「何故この情報・・・いや、真相に蓋をしないといけないのか。それは、この世界の負の歴史について知る必要があるが、それを私の口で一から語るのは時間が掛かりすぎるし、正確ではないかもしれない。・・・だからまぁ、この場では、それの正体が何なのか、ということだけ体系的に説明しよう。構わないだろう、セル?」
『・・・君が彼を信頼しているのであれば、好きにすると良い。此れも、ドンワーズの事は、出会って間もないが既に警戒対象として見てはいない』
「はは、セルのお墨付きだ。よかったな」
「あ、ありがとうございます・・・はは・・・」
「———とはいえ、どこから話したものか・・・幸い、まだテシャンデームに到着するまで時間が掛かる。こんな状況だが、ゆっくり話すとしよう」
ハンドルの縁を指でコンコンと叩きながら、彼女は語り始めた。
「君が調べた通り、この地に初めて文明が生じた二千年程前——当時の緊張地には歴史に名が残るような権力者も営みもなかったという。だが、ある時変化が起きた。正確な年数までは不明だが、おおよそそれくらい前に、君が察する通り、異界から二人の人物が『クヴェルア』———緊張地に足を踏み入れた」
「本当に・・・」
「あぁ、我々が管理している古代の文献によれば、その二人は若い兄妹で、兄は炎を、もう一人の妹は雷を自在に操る超常の存在だったようだ。それで、当時の人間がそのような奇跡を目の当たりにすればどうなるかは・・・想像に難くないだろう」
「その二人を崇めた・・・」
「そう、緊張地に突如として興った二大王朝「トピス」と「ピニアン」、それがその答えだ。彼らが元居た世界である『トピピニス』から取った名前だと推測される。私に世俗的な宗教観はないが、まぁ原始的な暮らしに留まっていた人間がそういう存在を認知すれば、祭り上げたくなるのは分からなくもない。少なくともその異界人と敵対することはなかったようだ」
「二人は、何故この世界に?」
「さぁ、正確なことは分からない。君のように偶然だったのか、はたまた意思を持って来訪したのか。ただ、我々の推測では後者の説が有力だ」
「・・・どうして?」
「考えてもみろ。仮に前者のような理由で、訳も分からず突然異世界に転移して、さぁ国を興そう・・・なんて、イカれた奴がいると思うか?」
「それは・・・」
ロロンの言うことは最もらしく思える。時代背景が大幅に違うとはいえ、見知らぬ世界に突如転移し、現地人を統制して王朝を興すなど、些か突拍子が過ぎる。
「まるで自分たちには、はなからその素質があると。そう信じて疑わないかのようじゃないか?」
「・・・ですが、それだとまるで侵略の類では?」
「まぁ、そういう見方も出来るな。しかし、そのような理由は適当ではないと考えている。と言うのも、本当に力による侵略的側面が存在していたのならば、統治されていた民衆側から彼らに対して否定的な声の一つや二つはあるはずだ。だが、現存する資料を参考にしても、そういった圧政や暴力的な描写は見当たらない。それどころか、彼らは当時、農耕がようやく始まった程度の『クヴェルア』で、緊張地に住む人々に言語教示や、海洋を横断できるほどの造船技術に石材加工技術、建築技法など、まるで未来の技術を教え文明の急速な発展を促したんだ」
「・・・確かに、それほど文明水準を促進させる技術を惜しみなく伝えるということは、本気で民たちと向き合っていた証拠なのかもしれませんね。・・・では『クヴェルア』の発展具合はそういう外部による働きが大きいと・・・?」
「そうだな・・・・・・。まぁ、それが良い事とは思えないが・・・」
「はい・・・?」
「いや、何でもない。君の言う通り、この世界の発展は他所の力が大いに関係している。それだけ覚えていてくれればいい」
「・・・?わ、分かりました・・・。あ、そういえば、二人に名前はないんですか?本やネットで調べても『東王』、『西王』のような、漠然とした呼び名ばかりで二人の名前が見つからなかったんです」
「勿論、名前はある。現在世に出回っている歴史書に彼らの名前がないのは、意図的に記載していないからだ」
「どういう意図が?」
「非常に感覚的な話だが・・・。今、この地で信仰対象となっている二人は信奉者からすれば紛れもない神。神っていうのは存在自体が超神秘的、概念的なもので、そこに名前などという世俗的な属性を付与するというのは最大の侮辱に当たるらしい。以前、誤ってその名を記載してしまった、歴史に関する書籍が刊行された時、偶然それが過激派の眼に留まってしまってな。海を渡ってわざわざ出版社の本社前まで出向き、激しい抗議を行う、なんて一幕があった。その甲斐あって、無事書籍は回収されたよ」
「な、なるほど・・・それなら、この地の人々は皆『王』や『神』と呼称しているんですか?」
「まぁ、シンプルに『ケルペの主』や『創世神』、或いは王朝の名前を取って『トピスの王』『ピニアンの王』・・・こんなところだ。神だの創生者だのっていうのは呼び名が無駄に多くてかなわん」
「ケルペ・・・?そういえば、ここの正式名所ってケルペテパージュ・オプラヴェーマでしたっけ・・・」
「あぁ、そうだ。意味は知っているだろう?だが、あの意味自体は後世になって当て字のように付けられた物だ。実際は『ケルペ』と『テパージュ』、そして『オプラヴェーマ』という古代に使われた三単語で形成された言葉なんだ」
「そ、そうだったんですか?」
「オプラヴェーマというのは『起源』や『発祥』を意味する。ケルペは『光輝』といった輝きを意味する言葉。テパージュは『栄華』や『繁栄』。この地が緊張地などという物騒な名で呼ばれる以前は、ケルペとテパージュを合わせて『永煌』とし、オプラヴェーマを添えた『永煌なる始原地』という意味の名前だった」
「永煌なる・・・」
思わず復唱する。言葉一つ一つに込められた意味を改めて知り、この地に秘められた歴史の一端を垣間見たようだった。
「・・・話が逸れたが、後の考古学者らによって、彼らの真名自体は世間に明かされている。聞くところによると、当時の態謁群もその調査に巻き込まれて随分と手を焼かされたそうだが・・・」
「・・・考古学者って、外部の人間ってことですよね?教えてしまっても良かったんですか?」
「それについては、今となっては失態だったと評価せざるを得ない。この地の歴史調査が本格化したのはここ百年前後の話だ。長きに渡りこの地の王として君臨していた、神こと異界人の没後、王朝が衰退した後はその後継者を名乗る者が互いに台頭したという。後継者は両陣営を扇動し、争いは激化。その地で平穏に暮らしていた人々は争いを避けるために徐々に外海へと散っていった。それ以来、国外へと渡った人々によって危険地帯であると周知された緊張地には、長い間外からやって来る人間がほぼおらず、外国とのやり取りも最低限の貿易に留まっていた期間が存在している」
「・・・・・・」
「それに加え、当時の態謁群は現在のように諜報的活動を重視していなかったようで、緊張地内の問題を警察のように対処する側面が強い組織だった。故に外国の人間に対して強い警戒心を備えていなかった。記録を見る限り、当時の学者連中はかなり強情だったようでな。いくら態謁群が彼らの不遜な態度を邪険に思っていても、一介の学者で非戦闘員である彼らを手に掛けるわけにもいかなかったそうだ。それで最悪広まっても本質的には問題ないと判断した、名前やこの地の表面的な歴史の一部を彼らに公開するに至った。しかし、学者たちがそういった情報だけで満足すると思うか?」
「それだけに留まらなかった・・・と?」
「君が事前に調べた情報もとい、現在、一般教養として判明している緊張地に関する歴史は、当時数度に渡り行われた調査によって明らかになったことが大半だ。しかし、誰の差し金か、学術的な目的とは関係なく単純にこの地の秘密について探りにきた人間も少なくはなかったはずだ。今現在、本当に伏せておくべきことは秘匿され続けていると思われるが、実際はずっと昔に漏洩してしまっている可能性も捨てきれないんだ。この事は後に態謁群の内部で問題となり、危機意識に対する引き締めを行う転機にもなった。我々が、今のように外からの訪問者に対して積極的にアプローチを取り、危険対象だと判断し次第、執行者として処断するようになったのはこの問題を経ての事だと言われている」
「・・・当時の態謁群は、現在と在り方が違っていたんですね」
「そうだな、回りくどい説明になってしまったが経緯から説明するとこういうことだ。それで、神が活動していた当時の環境では当然ながら異界人との間で言語が通じない。だから彼らの名前は音写されたものが残っている。兄はリューリュー・ハピオレーレ。妹の方はワマントゥーニ・ハピオレーレと言う」
「リューリュー、ワマントゥーニ・・・何というか、異界らしいと言えば良いんでしょうか」
「あぁ。まさに別世界の住人といった感じの響きだ。当時、緊張地を含むクヴェルア南部に存在していた言語体系が、彼らが話していたとされる『トピピニス』の言語と交わるようにして混合言語が形成されていったという経緯があるが、それ以前の文言に関しては今でも解読不明だ」
「それで・・・最悪広まっても問題ないって、では本当に秘匿しなければならない問題が別にあるということですよね?」
「そうだ。まぁこの問題は比較的近代に芽生えたある懸念から生じたものだが、悪用・・・されないために、これだけは態謁群の間でも絶対の秘密として扱っていた。だが、先ほども言ったように過去の失態も合わせると、現在この地で起きている事は、もしかしたらそれに付随するものかもしれない。憶測の域を出ないがな」
「・・・その、問題というのが・・・件の能力のことなんですか?」
「そうだ・・・。ここまで喋ってしまった以上、もう変に隠したりはしない。それに、君になら託せると判断したからだ」
「・・・・・いいんですか・・・?」
「私は、常に最悪の状況を想定するようにしている。もし今の状態が改善されることなくここで全員死ぬ運命にあるのなら、喋っても喋らなくても同じだ。あるいは態謁群が死に絶え、この真相を継ぐ者が居なければ、それは一方的に悪の手に渡ってしまうだろう。そうなってしまうのであれば、あのデータチップを渡したように、君にでも伝えた方が賢明だと思っている。あくまでも私個人の考えだが」
「・・・・・分かりました。責任をもって、聞かせてもらいます」
「ありがとう。やはり、君を見込んで正解だった」彼女は僅かに微笑みを浮かべた。
「その能力・・・炎と雷を操るというのは、『クヴェルア』のように文明が進んだ世界から来て、そういう装備を持っていたという意味なんですか?その技術が危険だから、秘匿されたとか、ですか・・・?」
「あぁ、普通はそう考えるだろうな。だが彼らは違った。文献を見る限り、そういった外付け的な物を裏付けるような記述は何処にもないんだ。勿論、後世になってそれを裏付けるような、機械類が出土したという話もない。例えば・・・『二柱の神は、燃え盛る揺らめきと、空を支配する閃光をその御体の一部のようにして振舞った』。・・・あまり暗記はしていないが、覚えている部分で言うとこの辺りか?誇張した部分で言えば、「あの力を持った神が降臨したから、世界には炎と雷が生まれた」——とか、そんな頭が痛くなるような記述もある」
特別な装備も無しに、体から自在に炎だの雷だのを出して操る?それこそフィクションの世界ではないか。本当にそんな芸当が可能な存在が別の世界には居ると?
ドンワーズの脳内では疑問が一気に膨れ上がっていた。
「一体、どんな超常的な仕掛けなのかと。私も初めてそれを知った時は反応に困ったのを覚えている。その真相は——」
ロロンが言葉を続けようとした直後、蜃気楼に覆われ遠くに見えるテシャンデームの街並みの一部が爆ぜ、高身長なビル群から黒煙が吹き上がる。
「———!?」
「なっ・・・!」
思わず言葉を止め、まだ先に見える光景に目を凝らす。
『・・・暴動か』
「暴動だと?」
『センター街の監視カメラにアクセスした。・・・時間を掛け過ぎたようだ、都市部の緊迫が限界に達している。西側も同様だ』
「っ・・・!」
ドンワーズは思い出したように、ロロンに代わり
「ロ、ロロンさん・・・!主戦場エリアが、大変なことに!」
無数に立てられているスレッドには、この短時間でこの地で起きた様々なことについての話題が噴出していた。
最初にテシャンデームについての話題を探そうとしたが、それよりも話題度がひと際高い主戦場関連のスレッド群。無視しようかと思ったが、そのスレッドタイトルが目に入り反射的に開いてしまう。
「大変なことになってるのは知ってる・・・!落ち着け、何があった」
「こ、これを———!」
上手く説明できる自身が無いと判断したドンワーズは、運転に差し支えない程度にロロンの方に画像付きのそれを見せた。
「・・・なっ・・・東部神殿が、崩落・・・?」
視界の端でそれを視認した彼女は眉間にしわが寄り、一層緊迫した表情になる。
ドンワーズ自身、この目で主戦場を見たことはなかった。だが、投稿されているそれら惨状を示す画像の数々は、無知の彼でもその緊急性を容易に悟らせる。
都市部の現状についても、幕の存在や主戦場での壊滅的な出来事が表面化しまるで終末が訪れたかのような混沌の広がりを画面越しからも感じる。
また、その話題の中心には決まってある存在のことが言及されていた———「騎士」
「・・・のんびり歴史の授業をしている場合じゃないようだな、話の続きはまた今度だ」
『ロロン、どうするつもりだ』
「・・・ひとまず、予定通りテシャンデームに向かう。しかし、ここまで混乱が広がっている以上、沈静化は不可能だ。到着次第組合の連中と合流し、避難可能な人間だけでも少しでも遠方に逃がす。ドンワーズ、君にも手伝ってもらうぞ」
「勿論です・・・!」
「よし・・・飛ばすぞ」
言い終わる前に彼女はギアを叩き込み、すり減ったかのように年季の入った鈍色のアクセルペダルを強く踏み込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『ははは!!凄い!素晴らしい!!』
モニターの向こうでは、現在緊張地でその威力を遺憾なく発揮している例の装甲兵器の活躍を見た出資者の男たちが数人——口角を上げる者、手を叩き情緒を溢れさせる者、貧弱な語彙で隠せない喜びと興奮を露わにしている者。
分かるのは、現状の結果が彼らの期待に沿うものだったということだ。
『単身でこれだけの機動力に破壊力・・・もはやエカンデルクラスが意思を持って動いているようなものだ!!人体兵器化計画などもはや必要ない!これが完成形だ!!』
「その通りです、ディミュタこそ、装甲兵器の頂点!時代を切り開く新たな力です!」
簡易的なモニタールーム。『装甲モデル:ディミュタ』の実戦導入に際して、その動向を注視し出資者に成果物を披露すべく現在プライベートルームとして使われている手狭でブルーライトで満たされた空間には数人の人影がある。
ディミュタの設計チームの代表者、統制庁の軍事顧問、そして開発チーム関係者たち。
出資者に同調して声を上げる設計者を、軍事顧問である男は半ば呆れたように見据えた。
———そのような様子を、外部から盗聴している者がいた。特筆すべきことも無い短く生えそろった黒髪に、くすんだ茶色の瞳と痩せた背中。
出資者の一人の専用回線にアクセスし、モニターを共有。統制庁から離れた都市部近郊に佇む寂れたモーテルの一室で、自らが所属する組織の密会を傍受する彼の目の奥は焦燥に駆られている。
その理由は、件の装甲兵器の圧倒的な強さに起因していることは紛れもないのだが、他の人間とはそのベクトルが違っていた。
『いやはや、最初に動きを止めた時はどうなるかひやひやしたが、見たかね!あの驚異的な再生技術!もはや兵器だけに留まらない、あらゆる分野で応用可能な技術ではないか!』
『ふん、
過去の計画に消えた、時の資本家たちの資金を憂いながら、彼らは感嘆する。
その上機嫌な声は彼の神経を逆撫でる。
四年前、サール・ファルエという名でターヴォルに潜伏し、今では機関情報部のメンバーとして統制庁に籍を置く彼、オルカフィ・エルキオーネは、守るべき緊張地が破壊されていく光景をただ見る事しか出来ない現状にただただ歯噛みした。
もはや事が起こってしまった以上、自分の立場から何か手を施すということが極めて困難となる。その為に、以前から装甲兵器を「危惧すべき事態」と銘打ち、アレについての情報を適宜態謁群に送信していたが、彼が手に入れられる情報にも限度があり、完成形となったアレの全容を届ける前に実戦導入に踏み入れられてしまった。
今更悔やんでも仕方がないことではあった。それに加えて、オルカフィを含む機関情報部ですら知り得なかった特大の隠し玉、「華幕」。それの登場により、彼の絶望はより深いものとなっていた。
(姉さん・・・皆、頼むから無事で居てくれよ・・・)
滴る汗を拭う。彼が出来ることは少しでも情報を集めること、そして彼らの無事を願うことだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます