第2話 襲撃

「初めまして。今から君たちの聴取を担当する、本調査局局長兼、調査官のドンワーズ・ハウだ」


 四人が待つ取調室に姿を現したのはメディルと同程度のがっしりとしたスーツ越しでも分かるような筋肉質な身体に、目の前に立たれただけで威圧されるような雰囲気を放っている金髪短髪の男だった。

 目算で年齢は四十そこそこだと推察できる彼の礼儀正しい挨拶に返答はなく、また彼もその期待は皆無な様子で、その後は事務的な動作で無言でパイプ椅子を引き腰を下ろした。


「さて、出来るだけ手短に話をしたいのだが。……こちらで勝手に君らの身分を簡潔に調べさせてもらった。どうやら皆、孤児だそうだね」


 実際、彼らのことは調べても公的な戸籍記録にはなかった。その時点でまともな家の出ではないことは分かる。そして、こういった行為を働くのが過去の類似性の高い事件の統計を見て孤児であったり、既に親元を離れた人間が多いのだった。

 それ故に彼ら一人一人の名前まで特定することはかなり難しい。故に、最初に一人一人に名前を聞くことになった。


 まず本件のリーダーであるメディル・クタナ(二十九歳、男)。

そしてその補佐である三人。ナディリ・オアン(十九歳、女)、クーツ・オノア(二十歳、男)、そして最後にトルスタ・ロヒート(二十一歳、男)

 ——以上、この四人が今回の容疑者であった。


「まず初めに、君たちが今回盗み出した物。あれについて知っていることは?」


「……いや、あれについては、誰も知らない」


 僅かに逡巡した後、メディルが正直に自白した。どうやらここでは変に黙秘をするつもりはないらしく、いやに誠実に構えていた。何か別の要因が彼にそうさせているようにも見える。


「そうか、知らないなら知らないで良い。それで、君たちはどうやってあの遺跡の位置を知ったんだ?」


「それは……それは、アンタらが差し押さえた端末をくれた人物が教えてくれたんだ。端末には遺跡の情報も入ってた、そいつがどうして遺跡の位置を知っていたのかは俺たちも知らない。……本当だ!」


「ふむ……」そう僅かに漏らすと、ドンワーズは顎に手をやり、少し考え込む動作を取る。


「なぁ、調査官さんよ。俺たちはアレに関して一切知らされてねぇんだ。せめてそれが何なのかくらいは教えてくれてもいいだろ。知ってることは何でも正直に話す! だから、アレの正体を教えてくれ!大昔の豪族が残した宝物なのか?それとも——」


「黙れ」と、やや興奮気味に口を動かすメディル制するように、そのままの姿勢でピシャリと言い放った。その幾ばくかの威圧感と共に放たれた言葉はメディルを素直に黙らせるには十分であり、それから彼は開きかけた口をゆっくりと閉じた。しかしそれでも、食い下がるように再び彼の唇が動く。


「知りたいんだ……。これに手を染めてから大分経って、今まで様々な物品を扱ってきた。だが、アレから感じた異様さは錯覚なんかじゃなかった……!あれは……上手く言えんが異常だ・・・!」


「ただの思い込みだ、疲れてるんだろう。……それで、後ろの三人は何か言うことはあるか?」


 メディルの焦燥に駆られたような声を無視し、トルスタたち三人に声をかける。しかし、彼ら三人ともこういった聴取は初めてだったため、何を言っていいのか分からず、互いに目配せをしながら口ごもるばかりであった。


 けれど、必要以上に言葉を発しなかったのは、メディルが先述したことに嘘がないと知っていたからである。もちろん彼がそのように演技している可能性はゼロではないが、少なくとも彼らはメディルを疑うことはしなかった。


「……君たちがどういう風に集まって、今までどういうことをしてきたのかは私の知るところではないし、今更余罪を洗う気もない。だから、今回だけのことで良い。何でも知ってる事は話してほしい。例えば、誰に依頼されたのか……とかね」


「………俺たちはその、所謂末端ってやつで……。依頼とかそういう話はメディルさんが一任しているんです」


ドンワーズから見て一番左端に座っていたクーツがおずおずと声をあげた。


「ふむ。まぁそうだろうな」


「あ、あぁ。だが、依頼主に関しては俺も知らねぇ」


「先ほど、遺跡の位置は端末をくれた人物が教えてくれたと言ったな。その人物と面識は?」


「いや、知らない。そもそも、その人と直接話をしたわけじゃねぇし、上からそういう風に聞かされただけだ」


「その上の人物とは?」


「その……いわゆる盗掘コミュニティみたいなもんで、俺だって別に上の方の人間じゃねぇんだ。こいつら末端のちょっと上くらいの位置で、ダメそうだったらすぐに捨てられる。今回みたいにな」


「では、その上とは既に隔絶されてる可能性が高いか」


「あぁ。連絡を試してもいいが、もう応答はしないだろうな」


「分かっているなら無駄に連絡を試みるまでもないか……」


少し考える素振りをして向き直った。ドンワーズからしても、本当に何も知らなさそうな四人を前にどうしたものかと少し混乱めいたものはあった。


 無論、今回の事を審判するのはドンワーズではなく裁判所の裁判官だ。法に関して有識者よりは知識の乏しいドンワーズでも、彼らにその意思があるかどうかは置いておいて、起こしたこと自体が強いて言うならある種、国家転覆に近しい事。当然ながら判例はないが、それを考慮しても判決は相当重いものになるのは火を見るよりも明らかだった。

 だからこそ、罪を犯したとはいえ事情を知らないただの一介コソ泥にそのような判決が下る可能性があるのは些か理不尽に思うし、ドンワーズ自身も納得しかねる。


「……———」しかし、そんなことを頭の片隅で思考しても埒が明かないので、ひとまずはその事は置いておいて当面のリスクを考えるべきだろう。


『クヴェルア』が動きだしたとなれば、それはドンワーズ自身の問題に留まらず『ダッカニア』という一つの世界の命運を左右することにも繋がりかねなかった。


 そんなことをまた頭の片隅で思考しながら、相変わらず無言のままどうしたらいいのか分からないといった様子の四人を見やる。

 その時ドンワーズが不意に思いついた案として、彼らが起こしたことの重要さから、本件を完全に本調査局個別の管轄におき司法が介入出来ないようにして四人を抱き込み、ドンワーズ個人の権限で異界探査部門を彼らの避難先として使うという案だった。


 額面上は窃盗とはいえ、異界絡み——それも『クヴェルア』が関わることとなれば、まず間違いなく判例のない判決を求められることになるだろう。

 その面倒を嫌って四人の判決を局長であるドンワーズに委ねてくれる可能性もゼロではない。そうなれば、向こうについてこの世界で最も熟知しているドンワーズ個人で自由に調査も出来る。


「…………」もちろん細かいことはある程度協議する必要はあるが、今現在、可及的速やかに下せる判断はこれである。それに、現在既に午前三時を回り、思考にも余裕がなくなってきた。ひとまずこれ以上の聴取は中断して、翌朝からまた聴取を再開したほうが良いと、そう思って僅かに席を立とうとしたその直後であった。


 僅かに閃光を感じ、遠くで聞き覚えのある、弾けるような発砲音が聞こえた。



———少し前、ダッカニア国郊外


「はぁ、結局捕まったか——」


 男は腕に取り付けられた風変りな端末をおもむろに操作し、気だるそうに呟いた。そのディスプレイには、メディルが持っているはずの端末の位置が表示されており、その現在地からその顛末は想像に難くない。


 そう大きくはない、いわゆる仮設住宅のような比較的簡素で無機質な住居から件の盗人の動向を競技でも観戦するかのように観察していた。しかし、彼らが捕らえられることは想定の範囲内であり、ことさら取り乱すようなことでもない。


「どうします?博士。遺物自体は持ち出せたみたいですけど」


博士。そう呼ばれた人物は部屋の一角で書物の積まれた机に向かって典籍に印字された文字に目を通していた。


「外に出せたならもう遠慮する必要はないじゃろう。前に説明した通り、強硬手段に出ても構わん。シアティレを連れて行きなさい」


そう言うと、彼は壁に立てかけられた人一人くらいの全長のジェラルミンケースのような梱包容器を開けた。


「接続は出来とるじゃろう?」


「えぇ、直ぐに起動を……」言いながら、彼——リメイオ・サキュナムは、箱の中の緩衝材に納まっていた〝人形〟を抱えて起動させる。起動信号を感知した人形の表面が僅かに青白く発光し、その内部に仕込まれている電子回路が薄っすらと透け出て浮かび上がる。

 やがて自立したそれの表面にはプロジェクションマッピングのような演出と共に身体の細部が描かれていく。


 更に頭部からは艶やかな髪の毛が生え、各部位は相応に膨らみ、胴体や脚部からは繊維が滲み出るように現れ、その人形が着用する立体的な衣類を形成していく。

 続けて顔のパーツも生成され、あっという間に一人の〝人間〟が完成した。


「……———」完成したそれは生まれて初めて景色を見る赤ん坊のようにゆっくりと瞼を開いた。視界に映る景色は肉眼で見る景色と大差なく、目の前には同僚と博士が見える。


「おーいシアティレ、聞こえてるか…?」怪訝な顔しながら無表情の彼女を覗き込み、目の前で手を左右に振って見せ彼女の透き通った淡い碧眼にリメイオの手が映る。


「……聞こえてるわよ。ふぅ——それで?今から強襲作戦開始ってわけね、博士?」


眼前で動く物体を無視して博士のいる方向に僅かに向き直った。煩わしそうに、そう長くはない金髪のポニーテールを強引に振り、髪を整える。

〝アバートランス〟で身体生成をした直後は髪が最悪な乱れ具合になるから嫌なのだ。


「そうじゃ。場所はダッカニア中央調査局本部。ここから二時間くらいか」


「りょーかい。危険要素は?」


「うむ、今のところは確認できておらんが、ただ……」

そこまで言って、何か天敵を見たような、歯痒いといったような風で口ごもる。


「ただ……?何よ、博士?」


「ただ、ドンワーズ・ハウがいる可能性がある——————」



「っ……!?伏せろ——————!!!」


 突然のドンワーズの怒号と共に、何かが壁面に着弾した。目の前に雷でも落ちたのかと錯覚するほどの轟音。鼓膜が悲鳴を上げ、頭痛を引き起こすほどの衝撃で部屋を囲んでいた壁の一辺が吹き飛び、辺り一面は瓦礫の山と化した。

 通路を挟んだ反対側の部屋の外壁にそれは着弾したようで、三枚程度の壁に隔たれたこの部屋は、ギリギリ直接的な衝撃の影響を受けなかったようだった。しかしそれでも、着弾した側の通路の壁面は消滅していた。


「くっ……。お前たち、無事か!?」


 舞い上がっている塵を両腕で振り払いドンワーズが呼びかけるも、彼らの返事は聞こえなった。深夜の突然の襲撃。灯りをもたらしていた蛍光灯も事切れ、視界は劣悪を極める。壁に空いた穴から都合よく差し込んだ月明りを頼りに周囲の状況の把握に努める。


 気が動転していたが、ポケットに携帯端末が入っていたのを思い出し、それの外付け急いでライトを点灯させる。


「っ……!」照らされた先には最悪な光景が広がっていた。先ほどまでドンワーズらが座っていた椅子や机は衝撃で吹き飛び、座っていた四人の実行犯は事切れたように地に伏していた。

 彼らが座っていた側に飛来物が着弾したのが致命的な結果をもたらしたのだ。


「……う、うぅ……」その中で、呻き声をあげながら僅かに動く影があった。


「っ……おい、大丈夫か!しっかりしろ!」運よく一番被害が少なく一命をとりとめたトルスタだった。

 しかし高速で飛散した細かい瓦礫に身体のあちこちを撃たれ、重傷であることには変わりない。ひとまずトルスタや他三人を部屋の奥に移動させ、ドンワーズの上着を布団代わりにして横たわらせる。


「ごほっ……ぐっ! きょ、局長、ご無事ですか!?」


 足音を響かせ埃を腕で乱雑に払いながら階下で作業していた職員が駆け寄ってきた。被害はドンワーズらが居た階だけでなく、上や下の階にももたらされていた。


「私は平気だ。しかし、彼らが……。くっ……襲撃者が何処にいるか分からない以上、下手に動けない。君はとりあえず……」


 言いながら、視線を隅に横たわらせたトルスタらに向けた。


「あそこで安静にさせている青年たちを見ていてくれるか。既に何人かは死亡しているかもしれないが、息があるのが居る」


「了解しました。それと、間もなく救援部隊が来るかと思いますが、先に館内の職員を全員外に避難させますか?」


不幸中の幸いと言えようか、時間が時間なだけに建物内に駐在している人間は限られていた。


「あぁ、そうしてくれると助かる」


「では、私は局長の指示通り、彼らを見ておきます。ここに来る途中で救急キットを持ち出しておいたので、生存者の応急処置くらいは出来るかと。避難指示は内線で他の職員にやらせますので」


「助かるよ。では、頼んだ」


「局長は、犯人の対処に向かわれるのですね?」


「あぁ、こうも見計らったようなタイミングからして、誰が襲撃してきたのかは大方予想は付く」


「分かりました。しかし部隊が到着するまでは、あまり無理はしないでくださいね」


 ——やることは決まった。改めてドンワーズは襲撃により崩壊した壁面に近づく。地上五階。崩れたここからは意図せず満月の光に照らされた都市部のささやかな夜景が一望できる。既に雨は止んでおり、視界は幾分かは良好になっていた。


「そうか、さっきは気付かなかったが。だから月明かりがあったのか」


 季節柄、吹き込む風は乾燥していて少し肌寒い。最初の一撃を受けてから既に数分以上経過しているが、未だ二回目の発砲はなかった。

数棟からなる調査局の敷地外には、同規模のマンションや控えめなビルがいくつか立ち並んでいる。


「あれを使うなら……」ドンワーズが最初の襲撃にいち早く気付いた要因。それはとある大口径砲を撃つときに鳴る独特な発砲音だった。いわゆる迫撃砲に分類されている個人携行式の火砲であり、百パーセント電気エネルギーで駆動する。


 それ故に、一般的なそれとは違う鋭い発砲音が鳴るのである。個人携行式とはいえ、その砲身は二メートル超あり、普通の人間に扱えるような代物ではない。

 それの威力維持を加味した射程距離はせいぜい五十~百メートル。それを前提とし、調査局南西に位置する雑居ビル群に目星を付ける。それらを少し思考したのち、壁に空いた穴に踵を返し屋上へと足早に向かった。


 襲撃を実行した男はスコープ越しに庁舎屋上に現れたその姿を見てニヤリと口角を僅かに上げた。


「ドンワーズ……。ようやくあんたを殺せるな……」


 ドンワーズの想定通り、件の雑居ビルの屋上にその犯人は立っていた。彼の目は良い方だが、天然のスポットライトがさらにそれを視認しやすくしてくれている。


「ふむ……」


 ドンワーズは屋上から個人で携行するには少々規格外の銃身、いや砲身を構える男を真っすぐ見つめた。ドンワーズの右眼が微細な機械音を響かせながら僅かに動く。夜でも昼間のように明るい視界を提供し、ズームを行い相手の顔が鮮明になる。


「リメイオ……」


 数年ぶりに過去の知り合いの顔を見て呟き、嫌なものを見てしまったような表情をする。それと同時に、決別しきれていない自分にも苛立ち、短く舌打ちする。


 相手との距離はおよそ六十メートル。リメイオの方を見据えながら左手で首元のネクタイを少し緩め右手で拳銃を引き抜き、ゆっくりと構えた。調査局の人員であれば基本的に支給されているごく一般的な拳銃だ。


「はぁっ?なんだそりゃ。そんな豆鉄砲が届くかよ」


 スコープ越しにドンワーズが掲げる銃を見て拍子抜けする。クヴェルア製の銃と比べても遥かに矮小に見え、せいぜい護身用程度にしか使えないだろうと、そんなふうに。

 ドンワーズの動きに呼応するように、リメイオは再び身の丈以上ある砲身をガサツに持ち上げ調整し、射撃体制に入る。

 リメイオの手が仄かに青白い光を放ち、次弾を撃ち出すための電気エネルギーがそこから充填される。灰色の砲身にはそれを顕示させるように透き通った水色の光線が走り、重々しい駆動音が使用者の鼓膜を震えさせた。


「はっ、馬鹿が。そのままちんけな銃構えたまま死ねよ……」


 ドンワーズ・ハウは微動だにしなかった。向こうの発射タイミングをじっと待ち、指をトリガーにかけたまま、その時を待った。


 そして、向こうが動こうとする瞬間一—先んじてドンワーズの拳銃から閃光が迸り、リメイオの構える大口径に吸い込まれていく。ほんの一瞬のラグを経て、大口径が閃光を放ち直径一メートルの悪夢のような砲弾が産声を上げ、外界へ進出する。


 ——が、しかし。その時にはドンワーズの豆鉄砲から放たれた小さな弾丸は、既に向こうの銃口に届いていた。豆と砲弾が激突し、深夜の街に甲高い破裂音が鳴り響き僅かな発光が空間を照らす。物理的に考えれば、ドンワーズの拳銃から放たれた弾では到底砲弾相手に敵うはずもなく、いとも簡単に押しつぶされてしまう。

 だが、彼は初めから向こうの弾に押し勝とうとして発砲したのではない。確かに拳銃は普通の代物だが、違っていたのは弾の方だった。


——次の瞬間


「…………!!??!」


ドンワーズ・ハウはリメイオが構えていた火砲を足蹴にし、彼の目の前に立っていた。


「さぁ、清算の時だ。クソガキ———————」

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