第22話:シャドウの仕事

 王国軍が全員いなくなったのを確認した俺は、そろそろと火口付近に下りる。

 そこでまずやるべきことは、減魔鋼の処分だ。

 まあ、処分とはいっても破壊するわけではなく、この場から移動させるだけでいい。

 減魔鋼は貴重な鉱石なので、魔王軍でも十分に利用できるからな。


「それじゃあまずは、減魔鋼が少ない端っこに移動してっと」


 火口の中心付近は減魔鋼が集中し過ぎていて魔法の効果がほとんど発揮できない。

 そのため、まずは減魔鋼の効果が一番薄い端っこへ向かう。


「……うん、ここなら問題なく魔法を使えそうだな」


 体内の魔力の流れを確認しながら、俺は影魔法を発動させる。


「影魔法――影収納」


 この影収納は、俺の影の中に生物以外なら何でも入れておくことができる便利な魔法だ。

 勇ボコの勇者たちが使うものでいえばインベントリだったかな、その中に減魔鋼を入れていくのだが、ここで疑問が浮かんでくるだろう。

 どうして減魔鋼の効果があるのに、影収納が使えるのかと。

 これは一種のバグなのかもしれないが、インベントリに入れた減魔鋼はその効果を発揮しない。

 それを俺は影収納で試してみたのだが……うん、問題なさそうだ。


「これで影収納が使えなかったら、さすがに破壊するしかなかったけどな」


 勇ボコの魔王視点では試すことのできなかった試みなので、一種の賭けだったが、その賭けに勝てたようだ。

 影収納を使う時だけはどうしても外にある減魔鋼の効果を受けてしまうので、端から一つずつ、俺は減魔鋼を回収していく。


「それにしても、熱いなぁ。まあ、火口近くだから仕方ないけど」


 荒野で作業をしていた時とは違い、火口からの強烈な熱が肌を焼いていく。

 水筒の水がなくなるペースも早くなり、気づけば持ってきた水稲の中身が全てなくなってしまう。


「……あと少し……あと少し」


 自分にそう言い聞かせながら、俺は減魔鋼の回収を急ぐ。

 そうして三時間ほど作業をしていき、ようやく全ての減魔鋼を回収することができた。


「……お、終わったああああぁぁ~!」


 本当ならこの場で寝転がりたいところだが、地面も激熱なのは明白なので声を上げるだけに留める。

 そして、すぐに火口から移動したい俺は影移動を使う。

 ……ああぁぁ~。影の中は熱さを感じないし、最高だな~

 そんなことを考えながら影の中を移動し、火口を抜けて一気に火山から離れていく。

 しかし、その途中で地上に王国軍を発見してしまう。

 移動していないってことは、休憩中か?

 というわけで、俺は影の中からこっそりと近づいていき、何を話しているのか盗み聞きしようと試みた。


「なあ、あれで本当に死四天将の一人を討てると思うか?」

「どうだろうなぁ。何せ俺たちは、今まで一度も勝ててないからなぁ」


 ……なんだ。王国軍の士気はだいぶ低下しているみたいだな。


「そこ、聞こえているぞ?」

「「ひいっ!? し、失礼いたしました!!」」


 おっと、どうやら先ほどの謎めいた奴もいたのか。

 まあ、火口で若い兵士を殺す勢いで剣を向けていたからな。見せしめだったんだろうが、他の兵士は変なことを言えなくなってしまうか。


「全ては勇者様の指示だ。我らが疑うなど、あってはならない。もしも疑うようなら……いいな?」


 謎めいた奴が剣の柄に手を伸ばしたのを見て、先ほどぼやいていた二人の兵士は何度も頷き、その場からそそくさと離れていった。


「……はぁ。どうして俺がこんな役回りを与えられないといけないんだ」


 そこで謎めいた奴がため息交じりにそう口にすると、フードで隠れていたその表情が露わになる。

 ……あれ? こいつ、見たことがあるぞ?


「……いるんだろ、出てこい」


 え? まさかこいつ、俺の存在に気づいているのか?

 だとしたらマズい。この場で戦闘になれば、俺は大勢の王国軍に囲まれることに――


「バレてましたか」

「当然だ。俺を誰だと思っている」


 だが、俺の心配は杞憂に終わった。

 二人の兵士が去っていった逆の茂みから、別の兵士が顔を出したのだ。

 しかし、あの兵士は確か、剣を向けられていた奴じゃないか?


「さっきは上手く騙せたみたいですね、殿下」

「殿下と言うな。どこに耳があるか分からないからな」


 ドキッ!

 ……まあ、顔を見たところで気づいてはいたんだけどな。

 この人は王国の第二王子、レイディス・オルネティブだ。

 勇ボコにも登場した、NPCの中でもメインキャラだった。

 しかし、王族がまさか勇者の小間使いをやらされているなんて、思いもしなかったな。


「私は斬ってもいいと伝えていたのに、お優しいんですから」

「斬らなくても問題がないのに、何故無駄に血を流そうとするか」

「だから、そういうところがお優しいんですって」

「……今この場で斬ってやろうか、貴様?」

「おっと。怖い、怖い」


 ……この若い兵士も、二人のやり取りで思い出した。

 こっちはレイディスの側近であり、幼馴染みのアルスター・カルシムだ。


「まあ、私としては本気で勇者に異議を唱えたかったのですがね」

「……お前という奴は。少しは本音を隠せ、私のようにな」

「それは殿下も異議を唱えたいと言っているようなものでは?」

「お前しかいないのだから、別にいいだろう」

「どこに耳があるのか分からないのでは?」


 ドキッ! ドキッ!


「……知らん! そろそろ休憩を終えて、出発するぞ!」

「おぉ。怖い、怖い」

「本当に斬ってやろうか?」

「大急ぎで準備させていただきます」


 …………行ったか。

 さて、これは重要な情報を得られた気がするな。

 王国軍、それも第二王子が勇者の存在を良しとしていないか。

 ……これは、やることが増えたかもしれないな。

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