昭和歌謡



「てかさ、ねえねえ! 昨日上がった〇〇〇の新曲聞いた?」

「あ~! 聞いた聞いた! も~マジでキュンキュンした!」

「歌詞もメロディも最高だよね。リピ止まんないもん」

「え、待って。もう百万再生いってるじゃん」

「ヤバ~!」


 放課後の教室。

 私は友だちのHとKと居残って談笑していた。

 グラウンドからは野球部の声が聞こえる。それをかき消すように、キャッチーな歌が流れだした。Hがスマートフォンでストリーミング再生を始めたのだ。


「やっぱ〇〇〇めっちゃイイ~」

「耳から離れないもんね。私とか昨日からずっと口ずさんでるし。なんなら勝手に頭の中で流れてるまである」

「あ~! あるある! あれなに? オキニの曲とかめっちゃなるんだけど」

「そういうのなんか名前あった気がするんだけど、忘れちゃった。なんだったかな~」

「調べてみてよ」

「オッケー」


 私もスマートフォンを持ち、『頭の中 メロディ 繰り返す』と適当なワードで検索をかけた。


「あ、出てきた」

「なんて?」

「イヤーワーム現象。別名、ディラン効果だって。なになに? シンシナティ大学のジェイムズ・ケラリスとダニエル・レビティンによって世に広められた。あー……この現象の精神力学的特徴を……って意味わかんね~」

「てかジェイムズ誰だよ。絶対ヒゲのおじでしょ」

「あはは! それな。とりま、そういうのがわりとみんなあるっぽいよ」

「ふ~ん。おもろ」

「——耳から離れないといったらさあ」


 そのとき、Kが口を開いた。

 Kはどちらかというと聞き役で、いつも私とHの話を笑いながら聞いている。少しばかりみんなとセンスがずれているところがあるが、邪気のない可愛い子だ。


「なに? K」

「この前おばあちゃん家の整理手伝ってたんだけどさ」

「あー、亡くなっちゃったのけっこう前だっけ?」

「うん。土地売ることに決めたから、片づけないといけなくて」

「大変じゃん。それでそれで?」

「カセットテープって知ってる? 昔の音楽聴けるやつなんだけど」

「この前の昭和懐かしい的な番組でやってたかも。ラジカセ? って四角い機械で再生するんだよね? タイパ悪! って思って見てた」

「そうそう。おばあちゃん音楽好きだったから、たくさんカセットテープ残ってたの。それでさ、整理してたらなんか聞いてみたくなっちゃって、ネットで使い方調べて再生してみたんだよ」

「ゆうて大昔の曲でしょ? 私ら聞いてもノリ合わなくない?」

「意外といい曲もいっぱいあったよ。私ああいうのけっこう好き」

「マジで~?」

「でさ、色々聞いてたんだけどね? いっこだけよくわかんないのあったんだ」

「よくわかんない?」

「他のカセットテープはちゃんとした歌手名とか曲名のラベルがついてたんだけど、それだけ何もなかったの」

「おばあちゃんが剥がしちゃったとか?」

「どうだろ。でも、それが一番いい曲だった。たぶん〇〇〇にも負けないくらい」

「ウソ~?」

「ホントだってば。録音してきたから聞いてみてよ」


 そういってKはスマートフォンを取り出す。

 Hは興味がないのか「ちょっとトイレいってくる」と残して教室を出ていってしまった。



『″″ぷ″″″″″″″″″″の″″″″″♪』



 Kの手元から曲が流れる。

 女の人の歌声。

 しかし、質の悪い音源をさらに録音しているからか、音割れがひどくて正直なところ何を歌っているのかわからない。メロディもありきたりな昭和歌謡といった印象で、目が覚めるようなものは感じられなかった。


「ね? めちゃくちゃいい曲じゃない? 耳から離れないでしょ?」


 再生を止めて、Kは無邪気に笑顔を見せてくる。

 私は「そうだね」と愛想笑いをしながら、やっぱりKはセンスがずれているなと思っていた。





 それからというもの、Kは本当にあの昭和歌謡が気に入ったらしく、色んな場面で口ずさんでいた。わずかな歌詞のようなものを鼻歌に乗せながら。

 

 一緒に洗面所にいったときも。

 お昼を食べているときも。

 並んで下校しているときも。

 みんなで笑い合っているときも。

 カラオケで他の友だちが歌っているときも——。


 さすがにそのときばかりは「他人の歌唱中はやめておいたら?」とこっそり注意しておいたが、Kは申し訳なさそうに笑うばかりだった。


 (悪気はないんだし、しかたないか……。そのうち飽きるでしょ)

 

 私は特に深く考えることなく、Kの鼻歌を聞き流すようになっていた。





 ところが、ある日ついに聞き流すことのできない事件が起きた。

 Kが授業中に鼻歌を歌い出したのだ。

 急に、しかも割と大きな音量で。

 当然クラスメイトたちはぎょっとしたし、教師は叱った。しかし、Kはふだん何の問題もない生徒だったために、教師の顔には怒りより困惑の色のほうが強く出ていた。

 私は休み時間にKを教室から連れ出した。


「ちょっと……。最近ヤバいよ、あんた。どうしたの? みんな引いてたって」

「あはは。ごめんね」

「またそうやって笑ってごまかす。そんなにあの昭和の歌が好きなの?」

「えっと、うん。ごめんね」


 なんだか煮え切らない。

 私はため息をついてからいった。


「……なんか悩みとかあるなら聞くからさ、ちょっと今日二人で遊びにいかない?」

「えっ、やったっ。いこいこっ」


 Kは無邪気な笑顔を見せた。

 そのあとは学校帰りに商業施設へとKを連れていった。

 あんなことがあったものの、遊んでいるあいだの彼女の様子は以前とまったく変わらなくて、徐々に私の心は安堵していった。

 時間はあっというまに過ぎ、施設を出るころには日が落ちていた。

 Kがにこやかにいう。


「楽しかったあ。今日は誘ってくれてありがとう」

「今度はHも誘ってこようよ」


 私は返しながら、スマートフォンのカメラアプリを起動させる。


「それじゃあ、シメにセルフィー残しとこっか」

「うん。撮ろ撮ろ」


 私はKと顔を寄せ合う。インカメラの角度を整えて、シャッターボタンを押した。

 体を離して写真を確認していると、Kが聞いてきた。


「どう? いい感じに撮れてる?」

「……うん、うん、うん。あとでそっちに送っとく」

「お願いね」

「オッケー」

「じゃあ、また明日。学校で」


 駅で別れた私とKは、それぞれの帰路につくのだった。


 



 その日の夜だった。

 午前二時を過ぎたあたり。

 なかなか寝つけないでいた私は、少し喉を潤そうとベッドから起き上がった。


 そのとき——スマートフォンの着信音が鳴り響いた。


 予想外の音に驚きつつも、画面を見る。

 Kからの着信だった。


「……もしもし? どうしたの? K」

「あっ、ごめん。起こしちゃったよね。でも、私、歌で起きて」

「え?」

「歌がうるさくて起きて。でも、たぶん私が歌ってて。すごい大きな声で」

「ちょっと。K、落ち着いて」

「ごめん。怖くなってかけちゃった。おかしいよね。でも、ずっと流れてて」

「流れてるって……」

「耳から離れなくて。ねえ、いってたよね? これって何かの現象なんだよね? 治るんだよね? ねえ、聞いてる?」

「K! 聞いてる! だから落ち着いて!」

「ごめん。わかんない。聞こえないの。自分の声も——」


 しん、と。

 突然に何もかもが静かになった。

 次の瞬間だった。





『入″嫁″ぷ″椮″葲″㕝″꾶″揇″″䏵″Ⰻ″�″の″齃″尰″鬜″쟱″♪』





 激しく音の割れた歌謡曲が流れた。


「きゃあ!」


 あまりの音量に驚いて、スマートフォンを耳から離す。

 すでに通話は切れてしまっていた。


「…………」


 私は思い浮かべざるをえなかった。


 今日、最後に撮ったセルフィー。


 確認したときに、Kに伝えられなかったことがある。


 彼女を不安にさせるだけだと思ったから。

 ……いや、あまりのことに私自身が反応できなかった。

 だから、いえなかった。



 Kの耳元に顔を寄せるようにして佇む、真っ黒な人影のことを。





















「入嫁ぷ椮葲㕝꾶揇䏵Ⰻ�の齃尰鬜쟱」




〈昭和歌謡・終わり〉


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厭     な   話 伊丹 @furugisky

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