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 空が高い。刷毛ではいたような雲が伸びる。夏が去ってゆく。

「アネゴ、進学あきらめちゃうのかな」

「ワタシたちみたいにのほほんとしてたら、四年なんてすぐだろうけど、急ぐ人にはとても長いと思う。追い出したお義父とうさんが浪費してたって言うし」

「クソやろうだらけだ」

 背後で草を踏む音がした。

 振り返ると、舞島先生が立っていた。

「金子さんの家に伺ったら、たぶんここだろうって。そっくりの妹さんだね。隣に座っても、いいかな」

「もちろんです。どうぞ」雪ちゃんに寄ってスペースを空けた。アネゴが戻っても四人で座れる。

 作業着のような紺のジャケットを先生は着ていた。背中に会社のロゴらしきものがプリントされている。何か他の仕事でもしているのか。

「先生、ウチの学校へはもう来ないんですか」雪ちゃんが訊いた。

 先生は苦笑する。「ハデな立ち回りをしたからね。A高はもう、ちょっと無理かな」

「教師、やめないですよね」恐るおそるボクは訊く。

「うーん。正当防衛とはいえ、暴力だしね。あちこちで敬遠されるかも」

「スゲー強いんですね。びっくりした。憧れます」

「弱かったんだよ。いじめられっ子だった。躰も小さくて、今も大きくはないけど、母親は小学校から私学へやるつもりだった。けど、父親が反対した。男の子はもまれて強くならなけりゃダメだ、って。案の定いじめられて、ボクシングを習った。まあ、自分をまもれるくらいにはなったかな」

 アネゴと同じだ。アネゴは義父から家族をまもるために拳法を習った。

「教師になりたいけど、家業を継げと父がうるさくて。まあ、教師にならない方がいいこともあるけどね」

「何ですか、それ」雪ちゃんが興味深そうに訊く。

「金子さんと、おおっぴらにデートできること」いたずらっ子のように笑った。

 ええーっ!

 二人そろってのけぞった。

「い、いつの間にそこまで」ぶしつけな質問をする。

「進学のこととか相談受けてね。でも、そのへん散歩しながら話すくらいが精いっぱい。世間はうるさいからね」

「よかった。なんかワタシ、うれしいッ」雪ちゃんの顔が輝いた。

 そのとき気づいた。少し離れた場所にアネゴが立っていることに。

 カップホルダーを持っている。フラッペを買ってきたようだ。棒立ちになって、じっと舞島先生を見ている。

「やあ」手を上げて先生が立ち上がった。

 アネゴはホルダーを地面に置いた。背を向け、逃げるように走り去った。

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