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 バストサイズに変化はないと言っていた。むしろ少し減ったとか。ただ、ウエストが絞られてラインが生まれた。美は絶対値でなく変化値なのだ。

「オレ、逆に困ってるんだけど」

「何が困る? 果報者めが」

「なんか、相手がオレでいいのかな、って。オレ、きわめてフツーだし。これから雪ちゃんに、遊び慣れたイケメン軍団が群がるような気がするのだよ」

「ううむ」親友は真顔になる。「それは、ありうるなあ」

 そこへ、雪ちゃんが角を曲がって図書室から戻って来た。

「光治くん、お待たせ」

 何度見てもドキリとする。帰国してからの彼女は、淡い光のオーラをまとっている。まるでフィンランドから魔法を持ち帰ったように。

 冷たいほど澄みきった陽光が射す、北欧の深い森。オールヌードの雪ちゃんが天を指さしてポーズをとる。まるでニンフのように――そんな不埒な妄想が脳裏を駆け巡った。

 男には情動を簡潔に表示するバロメーターが付いている。その指針は常に正確で、バカ正直に真上へ振りきれようとする。あわててカバンを腰の前に移動し表示を隠した。

「じゃあ光治、オレ帰るわ」辰則が気をきかせた。

政木まさきくん、ごめんね」雪ちゃんは頭を下げる。

「おう。いいってことよ、天藤あまとうさん。おじゃま虫は消えらあ」辰則は手を上げ、男の背中を見せて去っていった。男の背中はなんだか寂しそうだ。

「天藤さん、だって。ずうっとアマユキだったのに」

「みんな対応が変わっちまったね」彼女から目を逸らし深呼吸しながら言う。バロメーターの針を、とにかく下げなきゃ。

「嬉しかった」

「え?」

「どう変わったって雪ちゃんは雪ちゃんだ、って言ってくれた。聞こえてたよ」

「いや、その、当然のことだし」

「ワタシね、痩せてから近づいてくる人は信用しない」

「うん」歩きながら彼女をチラ見する。

 湯上りみたいにツルリと素朴だ。思わず抱きしめたくなる。またぞろメーターの針が上向きかける。

「コンビニで声かけられたの。ほら、頭シマシマの遊び人」

「まだら狼……」

 隣市の繁華街で、ホストをやってるとかやってたとかいうやつだ。この田舎町ではけっこう有名人。学生から人妻まで、遊ばれた婦女は数知れないとか。誰が呼んだか、まだら狼。金と黒のツートン長髪だ。

 ──やっぱり来たか。

 マンガなら、ここで水滴型の汗がこめかみを伝う図だ。

 ボクのカノジョは競争率がはね上がり、高嶺の花になったのだ。

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