第51話 死神の弦

 轟音と共に一瞬で消え去った魔人ヴォルトスの右上半身。

 あまりに突然の事だったせいか、周りにいた魔人五体、そして私自身も驚きで言葉を失っていた。


 それにしてもここまで高密度魔力の矢であれば、通常私達レベルの戦士が事前に探知出来ないはずがない。

 だがこの場にいる誰も気付かなかった、いや、気付けなかったのは、単純に超遠距離から放たれた矢という可能性が非常に高いのだ。



 ここまで強力な矢を、私達が探知出来ない程に遠くから正確に放てる弓の名手。

 私が思い当たるのは人物は一人しかいないな。

 まさかこんな形で再会する事になるとは思ってもみなかった。



 周りを警戒する魔人達など意に介さず、”彼女”は遠くからタンッと一飛びでやって来る。


 私と魔人達の間に着地するようにして現れた、そんな彼女の名は……



「死神のつる・スクーロ……!!」



 眉をしかめながらそう呟いたのは、魔人最強の老剣士・アルバトだった。

 確かに”当時の勇者パーティー”をよく知っているアルバトからすれば、彼女の存在がいかに大きいのかよく分かっているはずだ。


 そう、彼女こそ私とレクスそしてルミナーレと共に魔王に立ち向かった勇者パーティーの弓使い。


 一瞬青年かと見間違えるほどに短い黒髪だが、目元の半分以上が隠れるほど長い前髪。

 そして少し幼さも感じさせる目鼻立ちと、エルフ特有の長耳の一方に耳飾りを付けた彼女の正体こそ……



 世界最高のエルフ弓使い・スクーロだったのだ。



「久しぶりレオ。まだ生きてる?」

「なんとか……ね」

「そっか。なら良かった」



 良いとは思えないほど私は死にかけなのだが、クールで少し鈍感な彼女にとっては”生きているか死んでいるか”以外の情報はそこまで重要ではなかったようだ。


 そして私への気遣いも程々に、彼女は左手に持つ弓を再び構えて魔人達に向き直る。

 突如として魔人達全員は死の淵に立たされていたのだ。 



 だがそんな状況でも威勢の変わらない魔人はいる。

 もちろんそれは体を再生させたばかりの、スクーロと同じ”長耳”を持つヴォルトスだった。



「スクーロォォオ……ッ!!」

「随分と元気そうだね、一族の汚点になったお兄ちゃん」



 短いながらも衝撃的な会話が聞こえたような気がした。

 だがさすがは私以上に冷静かつ冷酷なスクーロだ、それ以上の会話を続ける事はなく、早くも追撃の矢をヴォルトスに向けて放っているのだった。



 ドッッゴォォオオンッッッ!



 大きな爆発音と共に、湖畔は再び大量の土煙に包まれる。

 するとその間にスクーロはうつ伏せで動けなくなった私を脇に抱え、そのまま魔人達から十分な距離を取っていた。


 どうやら魔人達への攻撃というよりは、私を助け出す為の攻撃だったようだ。

 気付けば先ほどの場所から約四十メートル離れた位置にまで一瞬で移動したいる。



「ごめんねレオ。痛いかもしれないけど我慢して」

「いや、大丈夫……だ。だがもし……奴らが襲ってきたら……私の事はスグに捨てろ」

「言われなくてもそうするよ」



 彼女は昔と変わらない様子で淡々と言い放つ。

 別に彼女の心が冷たい訳ではない。

 戦いの勝率を高める為ならば、私達パーティーは常に最善策を取る事を約束しているのだ。


 まぁそんな約束すらも、三十年以上ぶりに思い出した訳だが……。



「さすがに強いね、あの頃よりもさらに」



 だがそんな事を思い出している内に、土煙の中から男の声が響いていた。

 この低い声は老剣士アルバトだろう。

 そして彼は淡々と語り続ける。



「僕たちは当時の勇者パーティー四人が衰えるまで力を蓄え、そして今再び動き出そうとしている。だけどスクーロ、君だけは特別だ」



 そして晴れた土煙の中から姿を現したのは、剣を抜いて佇むアルバトだった。

 どうやら至近距離のスクーロの矢を防いだのは彼のようだな。

 あの距離で傷一つ無いのは、さすがの強さと言う他ないね。



「エルフである君は三十年程度では老いる事がない。むしろ魔王様と戦っている時よりも強くなって進化しているぐらいだ。そう、僕らにとっては君の存在が最も厄介だったんだ」



 距離があるとはいえ、徐々に高まっていく緊張感。

 そしてこのまま魔人六体VSスクーロの戦いが始まっていくのかと私は危惧していた。


 ────だがそんな時だった。



【キンッ】



 なんとアルバトは剣を鞘に納めていたのだ。

 そして少し口角を上げながら、余裕のある声色で言い放つ。



「もちろん僕ら全員でかかれば、ここで君を殺す事も出来るかもしれない。だけど同時に僕らも数人が死ぬ事になるだろう。だから”今日は”戦わない。君を確実に封じ込める手段は別にあるんだ。今こちらが無駄に犠牲を出す必要はない」



 そしてアルバトは右手をパチンと鳴らしていた。

 するとここまでほとんど声を発していなかった、後方で佇む”魔法使いのような格好”をした少女が、突如右手に持っていた長い大杖に大量の魔力を込め始める。


 その直後、キュウィインッという高音と共に、彼ら魔人だけを包むようにして紫の膜のようなモノが辺り一体を覆い始めていたのだ!



 恐らくこれは攻撃魔法ではない。

 そして防御魔法でもなさそうだ。



「ま、今日はホーン君が剣聖を瀕死にまで追い込めるという事が分かっただけでも大きな収穫だったよ。それに何よりも剣聖君から漂う聖なる香り……。うん、十分すぎる収穫だ。

 なので僕らはこれにて失礼させてもらうよ。おかげで計画を狂いなく進める事が出来る」



 そしてとうとう紫の膜の表面が強く発光し始めたかと思えば、闇と静寂が包む湖畔全体まで明るく照らし始めていた。


 だがそれを見たスクーロは即座に私を地面に置き、間髪入れずに矢を放つ。

 さすがは魔人からも死神と呼ばれたアーチャーの判断力だ。


 数十キロ離れた場所からでも正確な矢を放つ事が出来る、そんな彼女の超至近距離の強力な閃光の矢。

 これを正面から受けて無事でいられる魔人など、この世には存在しないだろう。



 ────だが今日に限っては、その矢が再び魔人達に届く事は無かった。



「……逃げられたか」



 気付けば魔人達は跡形もなく姿を消していたのだ。

 どうやら先ほど使われた魔法は、空間転移系の魔法だったらしい。


 結局湖畔に残されたのは荒れに荒れた地面と、燃え盛る森。そして瀕死の剣聖と、その横で真顔で佇む最強のアーチャーだけだった。

 勝ちではないが負けとも言い切れない、どっちつかずな結果だけが残ったのだ。



 だが早くも気持ちを切り替えた様子のスクーロは、私に向かって落ち着いた口調で命令を出す。



「レオ、これから話したい事が山ほどある。火は僕が消すから、君は死なないように呼吸しておいて」



 そう言って私に無茶な生存命令を出したスクーロは、即座に天に向かって水色の矢を放ち、そのまま矢を空中で分裂させていた。


 そしてその分裂した数百の矢は燃え盛る森へと落下していき、徐々に火の手を弱めていくのだった……。



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かつて最強だった剣聖、なぜか幼女と旅に出る事になりました 〜私に子育ては無理がある〜 成瀬リヅ @ridu108

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