第49話 剣聖の真価

 四方八方から遅いかかるホーンの黒剣。

 私はそれを限界を超えた肉体で必死にかわしつつ、反撃のスキも伺っていた。


 黒い輪によって広範囲の弾幕攻撃をされていた時よりは、ヤツの攻撃範囲は間違いなく狭まっている。

 だがスピードや殺傷能力に関しては確実に上がっており、いよいよ最終局面を迎えたと言っても過言ではなかった。



「まだそこまで動けますか剣聖さんっ!!もはや驚きを通り越して感動ですよ」



 そう言って黒剣を振るい続けるホーン。

 万物を斬る事が出来る私の剣への警戒は怠っていないが、戦闘が始まってから今が最も至近距離で戦っている。


 集中しろ、何とかスキを見つけろ。

 もう体も言う事を聞かなくなってきている。



 あっ、右上と左下から黒剣

 かわす、そして右上の黒剣を真っ二つにする。だが黒剣は再結合。


 間髪入れず正面からホーンの剣、下がって剣を切り落とす。

 そのままホーンの首を狙って薙ぎ払い。

 横から黒剣が衝突、狙いがずれる、ホーンにかわされた。


 続けて頭上と左から黒剣。

 頭上はかわせたが左の黒剣が左腕をかすり、腕が少し凍る。


 再びホーンが正面から切り掛かってくる。

 私の剣で黒剣を切り落としたがホーンが自身の左手で私の顔を潰そうとしてくる。


 かわす。だがそれと同時に切った黒剣が再結合。

 再び左から黒剣が来た、私の剣で対抗……



「あっ」



 突如右手から剣の感覚がなくなっていた。

 どうやら自分の手から流れる血で滑ったらしく、剣が右後ろに飛んでいってしまったのだ。


 取りに行くか?


 ────いや、私がホーンならここで一気に攻め落とそうとする。


 つまり言い換えれば、その瞬間ホーンの防御はガラ空きになるという事だ。

 ここで引かないよ、私は。



「終わりですねぇ剣聖ッッ!!」



 予想通りホーンは四本の黒剣に任せて一斉攻撃を始める。

 だが私は剣を拾いに行く事はせず、その四本の黒剣に立ち向かっていた。


 おそらく全てをかわし切るのは不可能だ。

 だが致命傷をさけつつホーンの目の前まで行く事が出来れば、それは大きなチャンスへと繋がる!


 恐れるな飛び込め、私ならやれるだろう!!



「ぐっ……くぅぅう!!!」



 激しく肩と腕を裂いていく黒剣。

 だが私はかわした、かわしきっていた!


 一部の傷口は焼け焦げ、一部の傷口は凍りつく。

 だがそれらが足を止める理由になるには、あまりにも軽傷だった。



「は?えぇ、ちょっと待っ……はぁあああ!?」

 


 素手のまま目の前にやってきた私に驚きの声を上げるホーン。

 だが私は臆する事なく両手でホーンの首をガッと握り締め、そして爪を立てて引き千切る作戦へと移行していた。


 これは魔力による肉体強化があれば不可能ではない。

 今全ての力を握力に込めて、この首を千切らなければ!!



「がっ……!ふざ……け……がぁっ……あぁあああ!!」



 だが唾液を流しながら苦しみの声を上げるホーンは、残る力を振り絞って右の拳を私の脇腹にドンと入れる。

 さすがに魔人の全力パンチだ、私のような人間が数十メートル突き飛ばされるには十分な力だった。



 ザザァァアッ!



 という音を立てて地面を滑っていく私の体。

 クソ、首を千切るまであと少しの所だったんだが、さすがに抵抗も無く千切らせてはくれないか。


 ……だがなぜか悔しくはない。

 不思議と絶望もない。


 あえてこの感情に名前をつけるなら、”楽しさ”……か?


 こんな時に抱いていいような感情でないのは重々承知だ。

 だが後ろに落ちていた剣を拾い上げた私の口角は、勝手に上がってしまうのだから仕方がない。

 


「いやなんで……なんで笑ってるんですかアナタ?狂ってるんですかっ!?」

「ハハッ、そうかもしれないね。だけど今は……楽しくて仕方がない」

「はぁああ!?意味不明な事言ってないで早く死んでくれってぇぇえッッ!!」



 だがこのタイミングで宙に浮くホーンの四本の黒剣から、魔力が薄まる気配を感じ取った。

 恐らく怒りで激しく動揺した事により、魔力操作にブレが出たものと思われる。


 このスキを逃せるほど私の本能は甘くはない。



「スゥ……」



 小さく息を吸った私は、極端に低い姿勢のまま駆け出していた。

 それに気付いたホーンも少し遅れて黒剣達を私に向けて動かし始める。


 だがこの一瞬の遅れを私は活かした。

 魔王戦でも見せなかった、低い姿勢からの全速力。


 狙う的が小さくなったホーンからすれば、遠隔操作かつワンテンポ操作の遅れた黒剣を私に当てるのは非常に難しくなっていたのだ。



「最後の最後に気を抜いた方が負けだよ」



 そしてホーンの目の前に到達していた私は、両手から最大限の魔力を剣へと込め、そして右側から剣を全力で薙ぎ払うっ!



「ふっ……ざけるなってぇええ!!?」



 咄嗟にホーンは手に持つ黒剣で私の剣を防ごうとする。

 だが当然ながら私の剣は一切スピードを落とす事なく、黒剣を紙のように切り落としていった。


 そしてとうとうホーンの首の左側面へと達した刃はスルスルと肉を断ち、そしてそのままホーンの太い首を……



 ────切り落とせなかった。



 なんと首の半分を過ぎた所で、私の刃が止まってしまったのだ。



「クソ……ここで限界か……!?」



 どうやら多量の魔力が循環する魔人の首を切り落とすには、私の剣に流れる魔力が必要量ほど残ってはいなかったようだ。


 そして限界をとうに超えていた私の肉体からは血が吹き出し、そして力の入らなくなった足に抗う事も出来ず、とうとう剣をホーンの首に刺したまま両膝を地面についてしまったのだった────

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