第46話 膨大な魔力

 急激に上がり始める湖畔一帯の気温。

 凍りついていたはずの湖や森の葉は解凍され、地面も強く湿った状態へと変わり切っていた。



「剣聖さん、ここからが本番ですよ!?」



 そして五つに増加したホーンの黒輪から放たれていたのは、表面がドロッと溶けて溶岩となった岩塊・その直径約三メートル。

 しかもそれらの溶岩は私を追尾するようにして動き、剣で真っ二つに切るか、あるいは直撃寸前で上手くかわして地面に着弾させるかの二択しか用意されていなかった。



 だが私がよける方向を間違えれば、左側に広がる森に着弾してしまい、一気に山火事へと発展してしまう危険性がある。

 ここからセナ達の待つ中心街までは、せいぜい三十分もあれば火の手が届いてしまうだろう。



「さすが、綺麗によけますねぇ!」

「雨粒じゃないんだ、これぐらい容易い」



 黒輪に攻撃を任せっ切りのホーンは、私と一定の距離を確実に保ちながら余裕のセリフを言い放ってくる。

 何とか私も絶対的な自信を持つ超接近戦に持ち込みたい所なのだが、次々と放たれる溶岩が行く手を阻んで来ていた。


 クソ、手数の多さが厄介だな。

 まさに攻防が一体となった優秀な遠距離戦法だ。



 ドゴォォオンッッ



 湖に着弾した溶岩が、急激な温度変化によってとてつもない爆発音をあげている。

 あれは高密度に魔素を凝縮した溶岩の球だ。直撃すれば肉体強化をしている私といえど大ダメージを受けるのは必須。



 それに何よりも私は衰えてしまった。

 ここから長期戦にするメリットはないし、少しスピードを上げる段階だ。



「ふぅっ」



 息を強く吐いた私は、再び魔力圧を高めて魔浸闘技肉体強化の精度を高める。

 そしてシッカリと溶岩の動きを目で確認しながら、糸を縫うようにして一気にホーンとの距離を詰めていくのだった。



「ハハッ!!まだスピード上がるんですね剣聖さんっ!?



 大きな口元から唾液を撒き散らし叫ぶホーン。

 残念ながらヤツの目元は血のヨロイによって覆い隠されているが、おそらく大きく見開いて煽っているに違いない。


 だがホーンはあくまでも冷静だ。

 ここまで貫いてきた戦闘スタイルは絶対に崩さない。



「全くもぅ、そんな簡単に近寄らせるワケないでしょう!?アナタと接近戦をしても勝ち目がないのは分かっているんです。悪いですけど、このまま削らせてもらいますよ!!」



 私がホーンまで残り四メートルまで迫った所で、上下左右から溶岩の球が襲い掛かる!


 止まって後ろ方向にかわすか?

 ……いや、ここで引くという選択肢は私の辞書にはない。


 このまま進みながら攻撃をよけろ。

 そしてその動きに動揺したホーンの首元に向かって剣を薙ぎ払えっ!



 【ザシュゥッ】



 クソ、よけられた……!

 首の数センチ下、鎖骨あたりを切る事しか出来なかった。



「いやいやいや、なんでそこで突っ込んで来られるんですか?人間辞めてますよねっ!?死ぬのが怖くないんですか!?」

「私はとうの昔に死んでいる。今更死を恐れる理由など……」



 だが鎖骨辺りを抑えて距離を取るホーンを眺めながら、私は言葉に詰まっていた。


 なんだ、この感情は?

 ”今更死を恐れる理由など無い”とハッキリ言うつもりだったのに、心に強いモヤがかかったような気持ちになっていたのだ。


 あぁそうか、モヤの答えはスグに分かった。



「セナか」



 今の私は、一人では生きていけないセナという少女の保護者をしている。

 三十年以上も生きる意味を失いながら世界を彷徨っていた死人の心を、出会ってたった数ヶ月の少女が塗り替えようとしているのだ。


 死んではいけな理由は、もうとっくに持っていた。



 クソ、今気付くべきでは無かったか……!!



「なぜ追撃してこないのか分かりませんが……とりあえず僕の攻撃は終わってませんよ!?」



 なぜか私の方が動揺している事には気付いたホーンは、即座に黒輪の内側の色を一部だけ変化させる。

 三つの輪は今と変わらず赤色、そして残り二つの輪を青色へと変化させていたのだ。


 これまでの攻撃から考察するに、ここからは熱と冷の混合攻撃といった所か?



「さきほどアナタは言いましたよね。”雨粒ならよけられない”と。ならそれに近い攻撃をさせていただきますよっ!」



 そう言ってホーンが手を前にバッと出すと、赤い黒輪からはそれぞれ溶岩の球、そして青い黒輪からは直径三センチほどの雹が大量に吐き出され始めていたのだ。


 もちろん両者共に追尾型。

 溶岩球は切って対処できるが、鋭い魔力を含んだ小さな雹の群れを全て切り落とすのは不可能。


 つまり今の私に出来るのは、かわし続ける事だけだったのだ。



「さすがに距離を詰められないみたいですねぇ剣聖さん!このままジワジワいかせて頂きますよ!!」



 余裕の表情で語りかけてくるホーン。

 だが私にはその言葉に返事が出来るほどの余裕は無かった。


 これは……マズいな。

 なにせ前が見えないほどの弾幕量なのだ。


 森に溶岩が着弾しないように気を使う事も出来なくなってきた。

 そのせいで森の火も徐々に広がり始め、中心街へ少しずつ火の手が迫っていっている。


 さらには……



「ッ痛!」



 雹が体に当たる頻度も徐々に増えてきていたのだ。

 肩や腕の辺りからは、自分の肌と血が少しずつ姿を現し始めている。


 ダメだ、これ以上体力を消耗するワケにはいかない。

 状況を打開する一手を打つしかない……



解離の放撃ディソキエーテ!!」



 消費魔力は膨大だが、私は範囲を大きく広げた斬撃を前方に放っていた。

 ホーンの体を全て覆い尽くせる程に縦にも横にも長い斬撃だが、あくまでもこれはホーンを仕留める為の攻撃ではない。

 これで進む道を強制的に切り開いて、ホーンに急接近する為の攻撃なのだ。



「これで、決める!」



 私は自分の放った斬撃を追いかけるようにして前へと走り出す。

 溶岩であろうが雹の幕であろうが、問答無用で道を切り裂いてくれる広範囲版の解離の放撃ディソキエーテの斬撃。



 だが斬撃と共に熱冷弾幕を通り抜けた私の目に映ったのは、ある意味”当然の状況”だった。



「どこを見ているんですか剣聖さん?最強の斬撃を持つアナタと戦っているのに、僕が同じ場所でボーッと眺めてるワケがないでしょう!?」



 そう、ホーンは再び空中へと移動し、私を遥か上から見下ろしていたのだ。

 あまりに高密度魔力の弾幕を前にしたせいで、私はホーン自身の魔力が空に移動している事にすら気付いていなかった。


 ……いや、もしかすると解離の放撃ディソキエーテを放った事により、私の魔力量に底が見え始め、魔力を感知する為の魔力すら残っていなかったのかもしれない。



 どちらにせよ間違いのない事は、今の私は間違いなく”魔力も判断力も衰えた老人”でしかない事だ。



「剣聖さん。さっきの斬撃、何発も打てないんでしょう?魔王城の最終決戦の時ですら、使うたびに魔力が大きくしぼんでいたのをよく覚えています」



 そして鋭い黒牙を見せながらニチャァっと笑うホーンは、手のひらをこちらに見せながら自信満々に言い放った。



「僕、まだ魔力の五パーセントしか使ってないですよ」

「そうか、立派だな」



 かくいう解離の放撃ディソキエーテを放った私の魔力は残り三割程度だ。


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