第33話 森の凶悪なハンター
”バジリスク固有の石化の呪い”
それは現代の魔法界や魔獣研究界でも全てを解明する事が出来ていない、バジリスクだけが持つ特殊な固有能力。
バジリスクの目を見れば石化してしまう。
それはまさに人智を超えた呪いとして恐れられているのだ。
◇
そんな数少ないバジリスクの知識を総動員しながら、私は視線を地面に落としてバジリスクと一定の距離を保っている。
ヘビのように長い体を持つバジリスクも、ゆっくりと
体長は……三十メートルぐらいだろうか?
人を丸呑みできるほどに大きな口と、刺々しく固そうな灰色のウロコが首周り、そして背中の部分にビッシリと生え揃っている。
おっと危ない。そのままクセで目も見てしまう所だった。
相手の目をシッカリと見れば、その生物がどのような事を考えているのかある程度分かったりもするからな。
この戦闘中のクセ、今だけは我慢しなければ。
「ふぅぅー……」
私はゆっくりと息を吐き、そして心拍数落ち着ける。
ここで最も避けるべきは、焦る事だからね。
それにこういった”強敵”を相手にする時は、一瞬の油断が命取りになるのを私は知っている。
少しでも生存率と勝率を上げる為、とにかく落ち着いて頭に血を回し、そして集中を高める。
まずこの戦いは長期化させるほど私側に不利に働く。
長引けば長引くほどバジリスクの目を見てしまう危険性が高まる上に、不安定な足場での長期戦は事故が起こりやすい。
決めるなら、いつも通り一撃だ。
それが出来る攻撃手段を私は握っている。
本当に少しずつ、私はバジリスクを刺激しないようにジリジリと右足を後ろに下げた。
そして攻撃体勢が整ったと同時に、私は構えていた剣に一気に魔力を流し込むのだ……!
【
砂漠の処刑人をも一刀両断した、全ての結合を否定する遠距離の斬撃。
その斬撃は外れる事なく、見事にバジリスクへと直撃していた……
────はずだった。
【ギュリィィイインッッッ!!!】
突如森の中に響き渡る、空気を激しく裂くような高音。
私は一瞬何が起こったのか理解出来なかったのだが、ただ一つだけ間違いのない光景が目の前に広がっている。
それは私の斬撃を受けたはずのバジリスクが、先ほどまでと変わらない様子で動き続けているという事だった。
「……まさか、弾いたのか!?」
そう言い放つ私だったが、スグにヤツの体の一部から上がる煙を見て何が起こったのかを理解する。
どうやら灰色の硬いウロコを持つバジリスクは、何もせずに私の万物を割く斬撃を弾いた訳では無かったのだ。
そう、おそらくヤツは長い体を”高速回転”して斬撃を”受け流し”ていた。
さきほど聞こえた空気を激しく切るような高音も、バジリスクが体を捻って高速回転した際に発生した音のようだ。
なるほど、それは理解した。
だが理解した上でも私の脳は激しく混乱していた。
なにせ私の剣が放つ斬撃は、高速回転したからといって防げるような生半可なモノではない。
回転していようが、問答無用で全てを斬り裂く。
これは否定しようの無い事実なのだ。
ではなぜ今のヤツは”ほぼ無傷”なのか?
おそらくそれは、ヤツが体の表面に纏っている”魔力の防護コーティング”による影響が大きいと思われた。
しかし魔力を体表で防護コーティングのようにして使えるのは、なにもバジリスクに限った話ではない。
魔力の扱いに長けているモノであれば、魔族に限らず人間でも普通に行っている防御技術の一種なのだ。
だが知っての通り、私の剣から放たれる斬撃はそのコーティングすらも無視して斬る事が出来る。
これが例え世界最強の防御魔法だったとしても、”多少時間はかかれど”必ず斬れるのだ。
だがこの”多少時間はかかる”というのがポイント。
いくら全ての結合を否定するとはいっても、何でもかんでも【即座】に斬れる訳ではない。
魔力を使った防御壁を斬る際は、その魔力構成を表面から少しずつ分解していき、最終的に二つに斬るという理屈なのだ。
つまりその魔力や魔法の内部構成が複雑であればあるほど、分厚ければ分厚いほど、斬り終えるまでに時間はかかる。
もちろん”時間がかかる”とはいっても、ほとんどが一秒にすら達しないレベルの話だ。
だが強者同士の戦いにとって、一秒はとてつもなく長い時間でもある。
おそらくこのバジリスク、自身の体の表面に纏った防御壁を上手く利用しつつ高速回転をして、器用に私の斬撃を”壁のように使って”肉体を別の方向へと逃していたのだ。
もちろん角度やタイミングを間違えれば即死は免れない。
ましてや人間や魔人では再現不可能な、あまりに高速の回転付きだ。
だがこのバジリスクは自身の肉体に斬撃が達しないよう、この完璧な角度と回転数で私の斬撃を利用して斬撃によるダメージを免れた。
この凄まじい技術と判断力……
「お前、Sランクどころじゃないな」
私の斬撃に対してここまで完璧な対処を見せたのは、魔王討伐時代に戦った魔人一体と、魔王そのもののみ。もちろん魔獣では初めての事だった。
こいつは間違いなく冒険者ギルドが指定する最大の危険度・ランクSに分類されているだろう。だが実際の実力はさらに上の特級Sランクに入っていてもおかしくないと言えるほどのものだ。
クソ、気付けば日もかなり沈んできたな。
徐々に闇へ飲み込まれてきた森の中は、人間にとっては圧倒的に不利な視界になりつつあった。
バジリスクの持つ石化能力、そして瞬時の判断力と技術力、さらには戦う時間帯。
敵ながらアッパレ、全てが私にとって悪条件になっている。
「本気を出さないと死ぬ相手……だな」
なぜか私は口角を上げて呟いていた。
だが決して楽しんでいる訳ではない。ただ久しぶりに肌で感じた”死の感覚”に脳がアテられただけだ。
「シャギャァアアアッッ!!」
だがそんな事を考えている間にも、バジリスクは私に向かって猛スピードで襲いかかって来ていた!
私は不安定な足場に足を取られぬよう細心の注意を払いつつ、周りの木を切り倒してバジリスクの動きも制限していく。
だがヤツにとってこの森は、普段から戦い慣れている有利なフィールドだ。私がその場凌ぎで木を倒そうが、木の上に登ろうが、方向を変えてそのまま別の木を伝って襲いかかってくる。
何とか"人類最速"と呼ばれていた私のスピードがあったおかげで捕まる事は無かったが、こちらから攻撃を仕掛けるスキなどは一切見せてはくれなかった。
かといって私の得意とする至近距離の戦闘を行うにしても、不安定な足場や視界の悪い森の中、そしてヤツ自身が持つ毒牙や石化の呪いなどの固有スキルの凶悪性など無視できない要素が多すぎる。
そして何よりも誤算だったのは、私自身の肉体の変化だった。
「はぁ、はぁ……ふぅ……」
全盛期では考えられない程の早い段階で、私は息切れを起こし始めていたのだ。
そんな肉体疲労の影響もあってか、そこから数分の記憶はほとんど抜け落ちている。
────
戦闘が続き、息も切れ、全身から汗が吹き出し始めた頃、ようやく自分の置かれている状況を徐々に理解し始めていた。
結論から言うと数分の間に事態は好転しておらず、むしろ悪くなる一方だった。
なにせ先程までと同様に視界は悪く、不安定な足場との相性は最悪。
幸いバジリスクが発する魔力と音のおかげで位置こそ把握は出来るが、ヤツの首から上、つまりは目を見る事が出来ない影響によって、ヤツの動きを読むのは非常に困難を極めていたのだ。
さらに再び
それはヤツが”回復能力持ち”という事だ。
というのもヤツが回転して私の攻撃を避けた直後は、体表の魔力防護壁やウロコはかなり削れている。
だが残念な事に、数秒と経てば魔力防護壁はまだしもウロコまで完全に回復してしまうのだ。
つまり同じ位置に連続で斬撃を当て続けて削るという、古典的かつ王道な戦法も効果は薄かった。
こうなってしまって、もう距離を保ちつつの戦闘はこちらの魔力が削られるだけの不利な展開にしかならない。
詰み……とまではいかないが、非常に厳しい戦況であるのは間違いなかった。
この膠着状態が続けば、間違いなく負けるのは全盛期よりも遥かに肉体の衰えた私の方だろう。
(じゃあアレを使うか……?)
いやいや、何を考えているんだ。
それだと離れた場所でマシューと待機しているセナにまで影響が出てしまうだろ!?
ダメだ、明らかに冷静さを欠いてきている。
若い時よりも目に見えて集中力の持続時間が短くなっているのを、身に染みて感じている。
もうこうなってしまっては、多少のリスクを取るしかない。
こちらから勝負を仕掛けるのだ。
────命をかけた一撃勝負を。
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