第7話 そのバラの色は

「カール、ご苦労様。中を見て回っても構わなくて?」


「これはお嬢様、デイヴィッド様、ようこそお越しくださいました。ぜひ見て回ってくださいませ。ちょうどバラが見頃なのですよ。ああ、奥の方ではミシェルがツツジの手入れをしていますよ。」


白髪で日に焼けた初老の庭師はそう言いながらピンク色のバラを一輪切り取り、棘を取りながらデイヴィッドに手渡した。


「我らの小さなお嬢様はバラが一番お好きなのですよ、絵本でお姫様が王子様からプロポーズの言葉と共にバラの花をもらう描写がありましてね。そのシーンが大好きで、エリック坊っちゃまにせがんで何度もプロポーズごっこをしてもらうもんですから屋敷中のバラが無くなりそうになって旦那様が慌ててガラス細工のバラを買ってきたんですよ。」


受け取ってしまったバラで理想のプロポーズを演出するように仕向けられてしまった。カールはなかなかのやり手だ。


「カールったら!デイヴィッド様、5歳の時の話なのですよ、もうずっと昔の話ですからね!」


頬を膨らませながら必死に言い訳をするステラは愛らしい。妹がいたらこんな気持ちになるのだろうと思えた。微笑んでバラを髪にさしてやる。


「似合いますよ、お姫様」


そう言って髪をひと撫でしてから王子様になりきって恭しくお辞儀をする。顔合わせ初日にプロポーズは無理だがこれくらいならしてあげられる。本物の王子様のそばで働いているのでちょっとした仕草の真似はお手のものだ。

ステラは真っ赤になって視線をあちこちに彷徨わせていたが、淑女らしくお辞儀を返してくれた。カールは満足そうにニコニコと笑いながら、すっかり大人しくなってしまったステラに変わって、あっちの赤いバラは八重咲で、こっちのバラは品種改良中でと説明してくれた。見える範囲の植物の説明が終わったところで、ステラが奥も案内すると言ってくれ、二人で整えられた小道を歩き出した。


「うちも中庭がなかなか美しいんだが室内のどこからでも見えるからこうして散策することはほとんどないんだ。」


「まぁ!どこのお部屋からでも楽しめるなんて素敵ですね、そんなお屋敷に住めるなんて今から楽しみです。」


結婚するのだから夫婦として同じ屋敷・同じ部屋で過ごすことになる。当たり前のことなのに想像をしたことがなかった。自分の部屋にステラがいて窓からあのオリーブの木を眺めている姿を思い浮かべると、胸がキュッと苦しくなった。

なぜそこにいるのがオリビアでないのか。愛する人を失った悲しみがまだ癒えていない。ステラと少し話しただけだが気立もよく、愛らしくて好ましく思う。だからこそ怖い。若くて健康だが、流行病や事故で自分より先に死んでしまうかもしれない。深く愛して、また失うのが怖い。


「もしよければうちのバラを移植しても良いでしょうか。赤い薔薇の花言葉が愛情で、私たちの結婚の記念にしたいんです。いつまでも愛し合う夫婦になれたらいいなと思って。」


照れながら理想の夫婦について話してくれるステラに、自分の気持ちを話しておかなければならない。どのタイミングで話しても傷つけてしまうなら、早いほうが傷が浅く済むだろう。















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2人目の婚約者 水越こはる @runrun3105

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