旅立ち
第31話
シャロンはテーブルを洗い、シーツを換える事でひとまず落ち着いた。
“穢れた”シーツは、夜だというのに洗って干してある。
それでもシャロンは夕食の用意をしながら、ぶつぶつと文句を言った。
「全くもう、せっかく幸せな気分だったのに、ライリーの所為で台無しだわ」
私はそれを聞きながら、荷物をまとめていた。
「ねぇ、レムス。そんなに急がなくても良くない?」
「金貨が戻ってきたんだ。君に言われたように新しいリュートを買って来るよ」
「でも………」
「いつまでも君に食べさせてもらう訳にはいかないからね。私だって稼ぐ事はできるのだから」
「どのくらいで戻れそう?」
「そうだね………ひと月はかからないと思うよ」
その言葉にシャロンはがっかりしたような顔をした。
「長いわ………長すぎる。1日だって離れるのは嫌なのに」
私は鍋の前に立っているシャロンの傍に行って、その唇に口付けた。
「私もだよ、シャロン。でも次の町での約束を果たさなければならないからね。君も覚えているだろう?リュートが手に入ったらすぐにお伺いしますって約束だよ」
シャロンは頷いた。
「分かったわ。さ、夕食にしましょう」
私達は洗いたてのテーブルで夕食をとった。
換えたばかりのシーツの上でいつも以上に愛し合い、眠った。
翌朝、私はシャロンにキスをして家を出た。
「行ってらっしゃい、レムス。愛してるわ」
これがシャロンの最後の言葉だった。
私は森に入るまで何度か振り向き、その度に見える彼女の姿に手を振った。
リュートは昨日のまま置いてあった。
私はそれを手に取るとシャロンのいる村を通らぬように森を大きく迂回し、次の村を目指した。
その夜は森の中で眠った。
もうじき月が満ちる。
そんな夜だった。
翌日、森を出て街道を歩いた。
月に合わせ力が満ち始めている所為で、思った以上に早く町に着く。
私はそのまま約束の家に行かず、ちょっとした買い物をして宿をとった。
金貨を見せびらかし、一番いい部屋を、だ。
広く清潔感のある部屋で、私はとても気に入った。
そしてそこで贈り物を用意し、それにつける手紙を書いた。
宿の主人に贈り物と手紙を渡した。
明後日の夕方には必ず着くように、と念を押した。
宿の主人は私の出した3枚の金貨を見て大きく頷いた。
翌日は宿でリュートをつま弾きながら過ごした。
今度はディーンの為に歌う。
リュートはシャロンの為に歌った時よりも良い音を出した。
私はそれを感じて、涙を流した。
そして翌日。
私は宿を出た。
宿の支払いを終えた財布の中は空っぽ。
紅い石だけが入っている。
私は財布を首から下げてリュートを手に持ち、一昨日歩いてきた道を元に戻った。
他の荷物は全部捨てた。
私にはもう何も必要なかった。
本当は紅い石も捨てようか、とも考えたが、あまりに淋しくなりそうなので止めた。
この石は私をずっと見てきたのだ。
しばらくその存在を忘れていたのでミシェルは拗ねているかもしれないが、シャロンのいない今、付き合ってもらっても罰は当たらないだろう、と思った。
森に入り歩く。
シャロンの住む村に近い所まで来て足を止める。
座り良さそうな切り株を見付けてそこに座った。
そして。
リュートをつま弾き、歌う。
何曲も、何曲も。
声が嗄れればいい、と思いながら。
と。
「相変わらず良い声だな」
後ろから声をかけられた。
私は少々驚きながら、手を止めて振り向いた。
「こんにちは、ライリー。随分と早かったですね」
彼と会うのは月が上ってからだろう、と思っていたのに。
夕方、というにはまだ、空のほとんどを青が占めている。
「あぁ。随分と駄賃をはずんだらしいな。おかげで昼飯食い終わってすぐに動かなくちゃならなくなった。飯の後は昼寝するのが俺の流儀なのに」
ラリーは鼻を鳴らして肩を竦めた。
どうやら昼食後、手紙を読んで私を探しに森に入ったらしい。
良く見れば、ほんの少し息が上がっている。
走り回ったのか。
私は気味が好くて、くすりと笑ってしまった。
「それはそれは。食後の運動は体に悪いのにムリをさせました。ですがこれで私もあなたに一矢報いる事が出来た訳ですね」
「だな。おかげで腹の調子が悪い。食った物が腹の中でごろごろと動き回ってやがる」
ライリーはそう言って、私の正面に回り込んだ。
私はその動きに従って頭を回す。
「で?この手紙の意味だが………」
ライリーはズボンのポケットから紙を出した。
「そのままの意味です。一緒に金貨もあったでしょう?あれで足りるかどうか不安でしたが、残りは使ってしまって………私の手元にはもう何も残っていません」
「多い。俺は一仕事、金貨20枚で請け負ってるんだ。倍も入ってて驚いたぜ」
「だったら多い分は結婚のお祝いに。今度、御結婚なさるそうですね」
ライリーは顔を顰めた。
「逃げないのか?」
「逃げても無駄でしょう?私はあなたに顔も名前もバレている。何処に逃げてもあなたは私を見付けるでしょう。いつ見つかるか、いつ殺されるか、という恐怖に耐えられるほど私は強くないのですよ」
だから殺して欲しい。
私はそう言った。
ライリーは何かを逡巡するように目をぐるり、と動かした。
そして。
「………多い分の金貨、シャロンに渡さなくていいのか?」
シャロンの名を出した。
私は噴き出すかと思った。
実際、ぷっと口から息が出たし、その後も意識せずとも口元に笑みが浮かんだ。
「シャロンに?彼女は嫌がるでしょう。なにしろ狼男の稼いだ金貨だ。リュートをつま弾き、歌を歌い、女を悦ばせて稼いだ金貨。そんなものを彼女が喜ぶはずはありません」
ライリーは頭を振る。
「シャロン、淋しがってたぞ」
「それで?私が彼女の傍にいる事を望んでいないくせに、何故そのような事を言うのです?まだ私を苦しめたいのですか?」
「………ぃや」
ライリーはまた頭を振って、私から少し離れた地面に座った。
「まだ月が上ってない。それまで仕事にならないから何か歌ってくれ」
「いいでしょう。私もあなたとおしゃべりするより歌いたいのですから」
私はリュートをつま弾いた。
ライリーは私の歌に聞き入った。
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